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海辺の別荘
第159幕
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博己と薫が同じ食卓についたのは初めてのことであった。息の詰まるような静寂の中、向い合わせのアルファとオメガの青年は目の前のサーモンのマリネや鱈のポワレなどを口に運ぶ。
ダイニングテーブルに並べられたケータリングのオードブルも、こうして美しい青年たちが食卓を囲んでいれば、さながら社交界のサロンで振る舞われるディナーのようであった。
「家政婦には、明日より食事を準備するように伝えました」
使用人の男が、グラスにミネラルウォーターを注ぐ。
長く使われていない別荘であったが、週に三度は高齢の家政婦が出入りしている。所有者のほんの気紛れで、いつでも泊まれるように清掃するのが彼女の仕事であった。そして、そんな彼女の仕事がひとつ増えることになったのだ。
博己は、目の前のオメガに視線を向ける。存外に、薫の所作は美しいものであった。背筋はすらりと伸びており、音を立てることもなく静かにナイフを滑らせている。そうして、フォークは幸の薄い唇へ。食事の所作のひとつをとっても、その育ちの良さが窺い知れる。
博己の視線に気がついて、薫は僅かに小首を傾げる。博己は視線を逸らして、素知らぬ振りで食事を続けたのだった。
「それでは、私はこれで」
食事が終わり、使用人が食器を下げれば、後に残されるのは青年たちだけである。博己の微かな溜め息と、立ち上がる気配に薫は身を竦める。
「来い」
薫はびくりと肩を震わせるが、それでも云われるままに博己の背中を追った。さほど歩かされたわけではない。ダイニングのすぐ側にある部屋の扉が開かれる。博己が灯りをつければ、シングルベッドが二つ並んでいた。
薫は思わず腰が引けた。ディナーの前に苛められたアナルが疼くのを感じて、頬を染める。
「ここがお前の部屋だ」
「え、」
博己は振り返り、薫を見下ろした。
「そのチョーカーにはGPSがついている」
薫は目を見開いて、首輪を撫でた。連れ回されて所在不明となったオメガの居場所を、結城博己が的確に突き止めた理由を知る。
「ここから逃げたら、命の保証はない」
「逃げたりなんか」
薫は自嘲気味に笑う。
最初から逃げるつもりなどなかったし、逃げる場所は何処にもなかった。
それでも、博己の瞳は凍るように冷たいものであった。この美貌のオメガは、博己に従順な犬に成り下がっている。しかし、ほんの少し目を離せば、意図も容易く、手からすり抜けていく。それはすでに何度も繰り広げられた事実であった。
「あの」
薫は小さな声をあげた。扉から離れようとした博己は振り返る。
「おやすみなさい」
薫は少しだけ口角を持ち上げた。そのぎこちない笑顔に、博己は不愉快そうに片眉をあげると向かいの部屋へ消えていったのであった。
ダイニングテーブルに並べられたケータリングのオードブルも、こうして美しい青年たちが食卓を囲んでいれば、さながら社交界のサロンで振る舞われるディナーのようであった。
「家政婦には、明日より食事を準備するように伝えました」
使用人の男が、グラスにミネラルウォーターを注ぐ。
長く使われていない別荘であったが、週に三度は高齢の家政婦が出入りしている。所有者のほんの気紛れで、いつでも泊まれるように清掃するのが彼女の仕事であった。そして、そんな彼女の仕事がひとつ増えることになったのだ。
博己は、目の前のオメガに視線を向ける。存外に、薫の所作は美しいものであった。背筋はすらりと伸びており、音を立てることもなく静かにナイフを滑らせている。そうして、フォークは幸の薄い唇へ。食事の所作のひとつをとっても、その育ちの良さが窺い知れる。
博己の視線に気がついて、薫は僅かに小首を傾げる。博己は視線を逸らして、素知らぬ振りで食事を続けたのだった。
「それでは、私はこれで」
食事が終わり、使用人が食器を下げれば、後に残されるのは青年たちだけである。博己の微かな溜め息と、立ち上がる気配に薫は身を竦める。
「来い」
薫はびくりと肩を震わせるが、それでも云われるままに博己の背中を追った。さほど歩かされたわけではない。ダイニングのすぐ側にある部屋の扉が開かれる。博己が灯りをつければ、シングルベッドが二つ並んでいた。
薫は思わず腰が引けた。ディナーの前に苛められたアナルが疼くのを感じて、頬を染める。
「ここがお前の部屋だ」
「え、」
博己は振り返り、薫を見下ろした。
「そのチョーカーにはGPSがついている」
薫は目を見開いて、首輪を撫でた。連れ回されて所在不明となったオメガの居場所を、結城博己が的確に突き止めた理由を知る。
「ここから逃げたら、命の保証はない」
「逃げたりなんか」
薫は自嘲気味に笑う。
最初から逃げるつもりなどなかったし、逃げる場所は何処にもなかった。
それでも、博己の瞳は凍るように冷たいものであった。この美貌のオメガは、博己に従順な犬に成り下がっている。しかし、ほんの少し目を離せば、意図も容易く、手からすり抜けていく。それはすでに何度も繰り広げられた事実であった。
「あの」
薫は小さな声をあげた。扉から離れようとした博己は振り返る。
「おやすみなさい」
薫は少しだけ口角を持ち上げた。そのぎこちない笑顔に、博己は不愉快そうに片眉をあげると向かいの部屋へ消えていったのであった。
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