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白い花束
第127幕
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本条看護師は閉鎖病棟の廊下を歩いていた。目的の『452号室』には、陰鬱な美しさを纏う患者が、暇を持て余しながら、暗い瞳でベッドに腰かけていることだろう。そんな彼と今日は、少し明るい話ができるかもしれない。そう思うと、本条の足取りは自然と軽くなる。
病室の前で、看護師が慣れたようにカードキーを翳せば、白い壁のような扉は開かれた。数歩進みながらベッドに患者の姿がないことを目に留めて、窓際に視線を向ける。
本条は息を呑んだ。
飛び込んできた光景は、異様なものであった。窓際の椅子に腰かけているのは、見知らぬ麗しい青年であった。その足元には病衣の乱れた青年が床にへたり込んでいる。それが神崎薫であることに、本条は戦慄した。薫は、まるで飼い主に媚びる犬のように、椅子に座っている青年の革靴にうっとりと舌を這わせていた。
「何してるんですか、」
本条の乾いた声が、淫らな二人の世界を引き裂いた。博己は気だるげに、ドアの方に振り返った。
「邪魔が入ったな」
我に返った薫は、恥じ入るように乱れた着衣を整える。博己は、息を吐くと椅子から立ち上がり、そのまま立ち尽くしている看護師の横を通り過ぎようとした。
「君、待ちなさい」
本条は見知らぬ青年の腕を掴んだ。だが、結城博己にとって小動物の威嚇などは取るに足らないものである。鋭く睨み付けてくる瞳を鼻で笑うと、強く掴まれた腕を振り払って通り過ぎていく。
「待ちなさい。彼に何をしていたのかを聞いてるんです」
本条は再度、男の腕を掴んだ。本条千晴にとっても、相手が優秀なアルファ性であることは大きな脅威ではない。そんなことよりも、自身の担当する患者に対する不当な扱いを見逃すことは到底できなかった。
「触るな」
「…………ッ」
博己は不遜な看護師の肩を強く跳ね除けた。軽い身体は簡単に弾かれて、床に倒れ込む。
「本条さん、」
薫は鎖のついた足で看護師に駆け寄ると、小さな肩を抱き起こした。
「ごめんなさい」
「…………薫くん、どうして、」
君が謝るんだ、と聞こうとしたが、神崎薫の瞳は、冷徹な青年を縋るように見上げていた。その盲目的な瞳の色に、本条は言葉を失った。
「あの、俺は、どうすれば、……?」
薫は、立ち去ろうとする博己に指示を仰いだ。神崎薫の「総て」を決めるのは、結城博己だけであった。結城博己が命じるのなら、心臓を捧げることも厭わないだろう。
博己は飼い慣らしたオメガを見下げると、優しげに微笑んだ。
「待っていろ」
博己は、そう言い残すと病室から消えていった。後に残されたのは、男が消えていった扉をぼんやりと見つめる患者と、その患者のことをやりきれない思いで見つめる看護師だけであった。
病室の前で、看護師が慣れたようにカードキーを翳せば、白い壁のような扉は開かれた。数歩進みながらベッドに患者の姿がないことを目に留めて、窓際に視線を向ける。
本条は息を呑んだ。
飛び込んできた光景は、異様なものであった。窓際の椅子に腰かけているのは、見知らぬ麗しい青年であった。その足元には病衣の乱れた青年が床にへたり込んでいる。それが神崎薫であることに、本条は戦慄した。薫は、まるで飼い主に媚びる犬のように、椅子に座っている青年の革靴にうっとりと舌を這わせていた。
「何してるんですか、」
本条の乾いた声が、淫らな二人の世界を引き裂いた。博己は気だるげに、ドアの方に振り返った。
「邪魔が入ったな」
我に返った薫は、恥じ入るように乱れた着衣を整える。博己は、息を吐くと椅子から立ち上がり、そのまま立ち尽くしている看護師の横を通り過ぎようとした。
「君、待ちなさい」
本条は見知らぬ青年の腕を掴んだ。だが、結城博己にとって小動物の威嚇などは取るに足らないものである。鋭く睨み付けてくる瞳を鼻で笑うと、強く掴まれた腕を振り払って通り過ぎていく。
「待ちなさい。彼に何をしていたのかを聞いてるんです」
本条は再度、男の腕を掴んだ。本条千晴にとっても、相手が優秀なアルファ性であることは大きな脅威ではない。そんなことよりも、自身の担当する患者に対する不当な扱いを見逃すことは到底できなかった。
「触るな」
「…………ッ」
博己は不遜な看護師の肩を強く跳ね除けた。軽い身体は簡単に弾かれて、床に倒れ込む。
「本条さん、」
薫は鎖のついた足で看護師に駆け寄ると、小さな肩を抱き起こした。
「ごめんなさい」
「…………薫くん、どうして、」
君が謝るんだ、と聞こうとしたが、神崎薫の瞳は、冷徹な青年を縋るように見上げていた。その盲目的な瞳の色に、本条は言葉を失った。
「あの、俺は、どうすれば、……?」
薫は、立ち去ろうとする博己に指示を仰いだ。神崎薫の「総て」を決めるのは、結城博己だけであった。結城博己が命じるのなら、心臓を捧げることも厭わないだろう。
博己は飼い慣らしたオメガを見下げると、優しげに微笑んだ。
「待っていろ」
博己は、そう言い残すと病室から消えていった。後に残されたのは、男が消えていった扉をぼんやりと見つめる患者と、その患者のことをやりきれない思いで見つめる看護師だけであった。
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