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オメガの行方
第99幕
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河島隼人は、自室で荷造りをしていた。全国大会への出場権を手にした河島選手は、明朝には競技会場のある土地に向けて、旅立たねばならなかった。
河島隼人のコンディションは絶好調と言って良いだろう。学友たちは、地区大会では懸命に河島選手を応援したが、インターハイに出場できたことで満足したのか「ベータなのだから、どうせ1回戦で敗退するだろう」と噂した。けれど、隼人は周囲の雑音には耳を貸さずに、試合に向けて神経を尖らし続けた。そうやっていれば、「他のこと」を考えずに済んだ。
スーツケースに必要最低限の荷物を詰め込むと、ふっと肩の力を抜いた。なんとはなしに、使われることがない隣のベッドに目に止めるが、直ぐに目を逸らす。
本来なら、さっさと部屋を移ってしまうべきだったが、ルームメイトになる予定の学友から、一週間程待って欲しいとの申し出があり、それならば、河島選手の全国大会への挑戦が終わってからにしようという話で、決着がついていた。
「薫、」
自分で呟いた名前に、隼人は、堪らない気持ちになった。神崎薫との不誠実な関係は清算して、クラスメイトとしての関係を構築し直していかなければならない。薫が学園に戻ってきたならば、その時は、なんでもないような笑顔で迎えようと心に決めていた。だが、本当に、そんな器用な真似が、自分にできるのだろうか。
河島隼人は、初めて経験した失恋の痛みをどのように癒していけばいいのか、わからなかったし、相談できる相手もいなかった。更に言葉を重なるならば、想い人は悪い男に心を奪われていて、放っておくことが正しいこととも思えなかった。例え、自分に振り向かなくても、薫を傷つけて、蔑むような暴君だけには渡したくはない。
隼人は、薫の面影を求めてクローゼットを開いた。空のクローゼットは空虚なもので、持ち主が不在になってから一ヶ月以上を経過した今では、オメガの独特の甘い香りは希薄なものになっていた。
もしかすると、「神崎薫」の存在事態が、自らが生み出した幻だったのでないかと、隼人は、そんな都合の良い空想に耽る。
トントンと軽いノック音に、隼人は慌てて薫のクローゼットを閉めた。隼人の返事を待たずに、扉を開けて顔を覗かせたのは、怪訝そうに眉を寄せている寮長であった。
「河島、」
「どうしたんですか、」
隼人は何事かと首を傾げる。寮長の背後から腕が伸び、扉が大きく開く。
「薫は、ここには……?」
「え……?」
扉の向こうから、顔を覗かせて部屋を見回している男には、見覚えがあった。神崎薫の兄であり、アルファ性の男である。
「だから、神崎は、寮には戻ってきてないって言ったじゃないですか」
いつも眠たげな寮長は、背後の男を見上げながら、面倒臭そうに溜め息を吐いた。
「薫がいなくなったんだ、」
隼人から見た「神崎響」は、アルファ性にしては温和で、落ち着いた大人の雰囲気を持った紳士であった。けれど、今、この場に居る男は、どこか焦燥感に駆られているようであった。
「薫と仲が良かった君なら、何か知ってるんじゃないか?」
響が知る限り、薫と頻繁に連絡をやり取りしていたのは、「河島隼人」だけであった。部屋に暴漢に押し入られた薫が、もし、逃げ果せたのなら、頼れるのは、唯一の友人だろう。そうでなくても、彼は「何か」を知っているはずである。
どこか縋るような響の眼差しに、隼人は口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。寮長に視線を投げ掛ければ、眠たげな瞳と目が合った。これ以上、ここに居ては更に面倒事に巻き込まれる予感がして、長身の男に挟まれた寮長は「じゃあ、俺はこれで」と、逃げるように飄々と立ち去っていった。
河島隼人のコンディションは絶好調と言って良いだろう。学友たちは、地区大会では懸命に河島選手を応援したが、インターハイに出場できたことで満足したのか「ベータなのだから、どうせ1回戦で敗退するだろう」と噂した。けれど、隼人は周囲の雑音には耳を貸さずに、試合に向けて神経を尖らし続けた。そうやっていれば、「他のこと」を考えずに済んだ。
スーツケースに必要最低限の荷物を詰め込むと、ふっと肩の力を抜いた。なんとはなしに、使われることがない隣のベッドに目に止めるが、直ぐに目を逸らす。
本来なら、さっさと部屋を移ってしまうべきだったが、ルームメイトになる予定の学友から、一週間程待って欲しいとの申し出があり、それならば、河島選手の全国大会への挑戦が終わってからにしようという話で、決着がついていた。
「薫、」
自分で呟いた名前に、隼人は、堪らない気持ちになった。神崎薫との不誠実な関係は清算して、クラスメイトとしての関係を構築し直していかなければならない。薫が学園に戻ってきたならば、その時は、なんでもないような笑顔で迎えようと心に決めていた。だが、本当に、そんな器用な真似が、自分にできるのだろうか。
河島隼人は、初めて経験した失恋の痛みをどのように癒していけばいいのか、わからなかったし、相談できる相手もいなかった。更に言葉を重なるならば、想い人は悪い男に心を奪われていて、放っておくことが正しいこととも思えなかった。例え、自分に振り向かなくても、薫を傷つけて、蔑むような暴君だけには渡したくはない。
隼人は、薫の面影を求めてクローゼットを開いた。空のクローゼットは空虚なもので、持ち主が不在になってから一ヶ月以上を経過した今では、オメガの独特の甘い香りは希薄なものになっていた。
もしかすると、「神崎薫」の存在事態が、自らが生み出した幻だったのでないかと、隼人は、そんな都合の良い空想に耽る。
トントンと軽いノック音に、隼人は慌てて薫のクローゼットを閉めた。隼人の返事を待たずに、扉を開けて顔を覗かせたのは、怪訝そうに眉を寄せている寮長であった。
「河島、」
「どうしたんですか、」
隼人は何事かと首を傾げる。寮長の背後から腕が伸び、扉が大きく開く。
「薫は、ここには……?」
「え……?」
扉の向こうから、顔を覗かせて部屋を見回している男には、見覚えがあった。神崎薫の兄であり、アルファ性の男である。
「だから、神崎は、寮には戻ってきてないって言ったじゃないですか」
いつも眠たげな寮長は、背後の男を見上げながら、面倒臭そうに溜め息を吐いた。
「薫がいなくなったんだ、」
隼人から見た「神崎響」は、アルファ性にしては温和で、落ち着いた大人の雰囲気を持った紳士であった。けれど、今、この場に居る男は、どこか焦燥感に駆られているようであった。
「薫と仲が良かった君なら、何か知ってるんじゃないか?」
響が知る限り、薫と頻繁に連絡をやり取りしていたのは、「河島隼人」だけであった。部屋に暴漢に押し入られた薫が、もし、逃げ果せたのなら、頼れるのは、唯一の友人だろう。そうでなくても、彼は「何か」を知っているはずである。
どこか縋るような響の眼差しに、隼人は口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。寮長に視線を投げ掛ければ、眠たげな瞳と目が合った。これ以上、ここに居ては更に面倒事に巻き込まれる予感がして、長身の男に挟まれた寮長は「じゃあ、俺はこれで」と、逃げるように飄々と立ち去っていった。
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