53 / 168
悪夢の痣
第53幕
しおりを挟む
外界から断絶された地下室は、まるで時間が止まっているようだった。昼も夜も関係なく、常に、かび臭く、薄暗い。
汚れたシーツの上で、小さく身を丸めて、静かに眠りに落ちているオメガは、傷だらけで汚れきってきた。
無音であるはずの室内には、どこか優しげな水音が反響していた。
部屋の片隅にある水場は、シャワーヘッドがあるだけの簡素な造りであった。博己は、ぬるいシャワーを頭から浴びて、不快な汗や体液を洗い流した。排水溝に流れていく汚水を眺めながら、薫のとの関係性の揺らぎをどのように捉えるべきか、と自問自答を繰り返していた。
薫が纏う闇は底が知れない程に深い。博己の輝くような未来に浸食して、飲み込んでいくような得たいの知れなさを感じて、博己の胸をざわつかせる。たった一人の最下層のオメガなどに、恐れを感じるなど、最上層の頂点に位置するアルファには受け入れ難い事実であった。
博己は、シャワーを終えると、タオルで濡れた身体を拭いて髪の水気を取る。この部屋はドライヤーの一つもない。仕方なく、湿った髪をかきあげて、自身の衣服に袖を通した。シャツに誰のものともつかない乾いた精液がこびりついていることに気がついて、眉を曇らせる。
薫は相変わらず、静かな寝息を立てていた。
ベッドの上で眠っている憐れなオメガに手を伸ばし、自らがつけた喉元の噛み痕を撫でる。深く噛みついた痕からは、血液が流れ、時間の経過と共に、赤黒い瘡蓋になっていた。
ベッドの隅に転がっていた首輪に気がつくと、鎖を外して薫の首に巻き付けてやった。
博己が唯一、薫に贈ったものである。
カチンと施錠される音が響き、薫の瞼がぴくりと動いた。
「薫、」
博己は薫の頬に手を添える。
薫の瞼が開き、涙に濡れた瞳には、僅かに光が差し込んだ。薫の視界は赤く染まり、自身の顔を覗き込む人影が見えた。
「い、いや……ッ」
パンッと乾いた音が静かな部屋に木霊した。
薫は咄嗟に博己の手を払い除けてしまったのだ。
たくさんの手に押さえつけられて、虐め抜かれた薫は、今も凌辱されているかのように、酷く怯えて錯乱していた。
博己は払われた手を眺めた。
薫は自由になる手足に、視界が開けていることに、少しずつ正気を取り戻し、博己の手を叩き落としたことに、ようやく気がついた。
「……ぁ、ごめんなさい、」
薫は血の気が引いた顔で博己を見上げた。
博己に抵抗するなど、あってはならない。
博己は表情のない顔から、薄く笑った。
その様子に、薫はびくりと肩を震わせ、折檻を覚悟して、固く目を瞑る。
けれど、博己は無言のまま薫に背を向けた。
「あの、博己、……あの、ごめんなさい、」
遠退いていく博己の気配に、薫に怖々と瞼を開き、唇を震わせた。
知らない男たちの慰みものにされた。
博己の手を叩いてしまった。
博己に背を向けられた。
捨てられる、
薫は恐怖に戦慄して、博己を追いかけようとベッドから身を乗りだし、必死に男の背中に腕を伸ばす。
瞬間、バランスを崩して床に転げ落ちた。
「……い、いた、……あの、博己、ごめんなさい、」
床にぶつけた肩が痛み、手足は痺れて動かない。一晩で五人の男を相手した薫は、身も心もズタズタだった。
博己は背後で追い縋ろうとする薫に振り返ると、片眉を上げた。そうして、薫に向かって、何か小さなものを投げつけた。コツンと音を立てて床に転がったのは、この部屋の鍵であった。
「片付けて帰れよ」
立ち去る博己は、いつになく覇気のない微笑を浮かべていた。
「博己……」
赤いライトが照りつける地下室には、床に這いつくばり、汚れて惨めなオメガが一人いるだけであった。
汚れたシーツの上で、小さく身を丸めて、静かに眠りに落ちているオメガは、傷だらけで汚れきってきた。
無音であるはずの室内には、どこか優しげな水音が反響していた。
部屋の片隅にある水場は、シャワーヘッドがあるだけの簡素な造りであった。博己は、ぬるいシャワーを頭から浴びて、不快な汗や体液を洗い流した。排水溝に流れていく汚水を眺めながら、薫のとの関係性の揺らぎをどのように捉えるべきか、と自問自答を繰り返していた。
薫が纏う闇は底が知れない程に深い。博己の輝くような未来に浸食して、飲み込んでいくような得たいの知れなさを感じて、博己の胸をざわつかせる。たった一人の最下層のオメガなどに、恐れを感じるなど、最上層の頂点に位置するアルファには受け入れ難い事実であった。
博己は、シャワーを終えると、タオルで濡れた身体を拭いて髪の水気を取る。この部屋はドライヤーの一つもない。仕方なく、湿った髪をかきあげて、自身の衣服に袖を通した。シャツに誰のものともつかない乾いた精液がこびりついていることに気がついて、眉を曇らせる。
薫は相変わらず、静かな寝息を立てていた。
ベッドの上で眠っている憐れなオメガに手を伸ばし、自らがつけた喉元の噛み痕を撫でる。深く噛みついた痕からは、血液が流れ、時間の経過と共に、赤黒い瘡蓋になっていた。
ベッドの隅に転がっていた首輪に気がつくと、鎖を外して薫の首に巻き付けてやった。
博己が唯一、薫に贈ったものである。
カチンと施錠される音が響き、薫の瞼がぴくりと動いた。
「薫、」
博己は薫の頬に手を添える。
薫の瞼が開き、涙に濡れた瞳には、僅かに光が差し込んだ。薫の視界は赤く染まり、自身の顔を覗き込む人影が見えた。
「い、いや……ッ」
パンッと乾いた音が静かな部屋に木霊した。
薫は咄嗟に博己の手を払い除けてしまったのだ。
たくさんの手に押さえつけられて、虐め抜かれた薫は、今も凌辱されているかのように、酷く怯えて錯乱していた。
博己は払われた手を眺めた。
薫は自由になる手足に、視界が開けていることに、少しずつ正気を取り戻し、博己の手を叩き落としたことに、ようやく気がついた。
「……ぁ、ごめんなさい、」
薫は血の気が引いた顔で博己を見上げた。
博己に抵抗するなど、あってはならない。
博己は表情のない顔から、薄く笑った。
その様子に、薫はびくりと肩を震わせ、折檻を覚悟して、固く目を瞑る。
けれど、博己は無言のまま薫に背を向けた。
「あの、博己、……あの、ごめんなさい、」
遠退いていく博己の気配に、薫に怖々と瞼を開き、唇を震わせた。
知らない男たちの慰みものにされた。
博己の手を叩いてしまった。
博己に背を向けられた。
捨てられる、
薫は恐怖に戦慄して、博己を追いかけようとベッドから身を乗りだし、必死に男の背中に腕を伸ばす。
瞬間、バランスを崩して床に転げ落ちた。
「……い、いた、……あの、博己、ごめんなさい、」
床にぶつけた肩が痛み、手足は痺れて動かない。一晩で五人の男を相手した薫は、身も心もズタズタだった。
博己は背後で追い縋ろうとする薫に振り返ると、片眉を上げた。そうして、薫に向かって、何か小さなものを投げつけた。コツンと音を立てて床に転がったのは、この部屋の鍵であった。
「片付けて帰れよ」
立ち去る博己は、いつになく覇気のない微笑を浮かべていた。
「博己……」
赤いライトが照りつける地下室には、床に這いつくばり、汚れて惨めなオメガが一人いるだけであった。
10
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
壊れた番の直し方
おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。
顔に火傷をしたΩの男の指示のままに……
やがて、灯は真実を知る。
火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。
番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。
ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。
しかし、2年前とは色々なことが違っている。
そのため、灯と険悪な雰囲気になることも…
それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。
発情期のときには、お互いに慰め合う。
灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。
日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命…
2人は安住の地を探す。
☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。
注意点
①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします
②レイプ、近親相姦の描写があります
③リバ描写があります
④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。
表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。
運命の番と別れる方法
ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。
けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。
浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。
そんな時にとんでもない事件が起こり・・。
弟の性奴隷だった俺がαに飼い馴らされるまで
あさじなぎ@小説&漫画配信
BL
α×β。
俺は雷を操る力を持っているため、子供の頃から家電製品を壊してきた。
その為親に疎まれて育った俺、緋彩は、高校進学時から家を出て、父方の祖父母が住んでいた空き家にひとり暮らししている。
そんな俺を溺愛する、双子の弟、蒼也との歪んだ関係に苦しみながら、俺は大学生になった。
力を防ぐ為にいつもしている黒い革手袋。その事に興味を持って話しかけてきた浅木奏の存在により、俺の生活は変わりだす。
彼は恋人役をやろうかと言い出してた。
弟を遠ざけるため俺はその申し出をうけ、トラウマと戦いながら奏さんと付き合っていく。
※最初から近親相姦あり
※攻めはふたりいる
地雷多めだと思う
ムーンライトノベルズにも載せてます
目が覚めたらαのアイドルだった
アシタカ
BL
高校教師だった。
三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。
ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__
オメガバースの世界?!
俺がアイドル?!
しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、
俺ら全員αだよな?!
「大好きだよ♡」
「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」
「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」
____
(※以下の内容は本編に関係あったりなかったり)
____
ドラマCD化もされた今話題のBL漫画!
『トップアイドル目指してます!』
主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。
そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。
持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……?
「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」
憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実……
だけどたまに優しくて?
「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」
先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?!
____
『続!トップアイドル目指してます!』
憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた!
言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな?
なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?!
「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」
誰?!え?先輩のグループの元メンバー?
いやいやいや変わり過ぎでしょ!!
ーーーーーーーーーー
亀更新中、頑張ります。
螺旋の中の欠片
琴葉
BL
※オメガバース設定注意!男性妊娠出産等出て来ます※親の借金から人買いに売られてしまったオメガの澪。売られた先は大きな屋敷で、しかも年下の子供アルファ。澪は彼の愛人か愛玩具になるために売られて来たのだが…。同じ時間を共有するにつれ、澪にはある感情が芽生えていく。★6月より毎週金曜更新予定(予定外更新有り)★
ひとりぼっちの180日
あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。
何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。
篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。
二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。
いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。
▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。
▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。
▷ 攻めはスポーツマン。
▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。
▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
安心快適!監禁生活
キザキ ケイ
BL
ぼくは監禁されている。痛みも苦しみもないこの安全な部屋に────。
気がつくと知らない部屋にいたオメガの御影。
部屋の主であるアルファの響己は優しくて、親切で、なんの役にも立たない御影をたくさん甘やかしてくれる。
どうしてこんなに良くしてくれるんだろう。ふしぎに思いながらも、少しずつ平穏な生活に馴染んでいく御影が、幸せになるまでのお話。
発情期がはじまったらαの兄に子作りセッされた話
よしゆき
BL
αの兄と二人で生活を送っているΩの弟。密かに兄に恋心を抱く弟が兄の留守中に発情期を迎え、一人で乗り切ろうとしていたら兄が帰ってきてめちゃくちゃにされる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる