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秘匿された遊戯室

第25幕

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 発情期以外は避妊する必要はないのか、と問われると否である。精子の死滅する期間には個体差がある。三日で死滅する場合もあれば、一週間体内で子宮を探し続けることもある。
 精子が生きている間に発情期を迎えれば、やはり妊娠の可能性は十分にあった。

 抑制剤はヒートの際に振り撒くフェロモンを抑え、理性を保つための薬であって、避妊薬ではない。雄に精子を注がれれば、緊急避妊をするしかなく、薫はアフターピルを口に含み妊娠の可能性を排除した。

 そして、アフターピルを服用した後は、薫は必ず体調を崩した。両性具有の薫は、身体が丈夫な方ではなかった。安産型のオメガの雌は、ベータの雌より丈夫であったが、オメガの雄はそうではない。雄と雌の相反する生殖器を要する複雑な身体は、常にホルモンバランスが不安定である。

 アフターピルは、一次的にホルモンバランスを操作して、受精卵が子宮に着床するのを阻害することによって、妊娠を防ぐ薬である。ならば薫の体質に合わないのは当然である。ホルモンが乱されれば、体調の変化は顕著となる。妊娠初期のように身体は微熱を発し、頭痛と嘔吐感を伴って、丸一日は身体がだるくて力が入らない。
 毎日服用するタイプの低量ピルも存在するが、副作用は似たものであり、年中体調を崩し続けるわけにもいかず、薫は服用を避けていた。

 薬を服用した後は、ベッドで一日中、安静に過ごしたいところではあったが、薫は成績が良い方ではなかったし、授業を休みすぎれば悪目立ちしてしまう。それは、薫の望むところでない。ありふれた平凡な生徒であるために、熱っぽい身体を引きずって、薫は学舎に通い続けた。

 隼人は、そんな薫に寄り添って、妊婦の新妻を気遣う愛妻家の夫のように、甲斐甲斐しく世話をした。

 けれど、それはあくまでも、真似事に過ぎない。隼人と薫は婚姻関係ではなかったし、恋人同士でもなかった。妊娠初期も偽造であるし、薫の体内に留まっている精液は、他の男のものだった。

 それでも、隼人は薫に頼られることに優越を感じ、薫の世話を焼けることが幸せだと思えた。薫は隼人に甘えるようにしなだれかかり、まるで相思相愛のような幸福な空気を纏った。

 されど、そんなものは儚いまやかしでしかない。

 薫は、薬の副作用が治まって、数日もしないうちに、隼人の腕の中をすり抜けて、深夜に部屋を抜け出してしまう。隼人は眠った振りをして、薫は眠った振りをしている隼人に気付かない振りをする。

 薫は、他の男に、散々可愛がられて、汚されて、傷つけられて、部屋に戻る。隼人は、そんな薫に寄り添って、新しい傷痕を手当てしてやって、古い傷痕を労るように優しく撫でる。そうして、二人は、心に負った傷を舐め合うように抱き合って眠る。

 そんなことを三度も繰り返した。けれど、そんな甘美で危ういバランスさえも、博己によって壊される。


 風薫る五月の始めのことである。
 新緑が学園を包み、若葉の匂いが薫り立つ暖かい夜のことだった。
 薫は隼人の腕の中で、微睡み始めていた。隼人は薫に対する淫らな劣情を抑え込んで、薫が安心して眠れるように、ただ優しく背中を擦っていた。薫はまるで幼い子供が母親に甘えるように、隼人に依存しつつあった。

 トントンと軽やかに、部屋のドアをノックする音が響いた。
 いつかの夜を思い出し、隼人と薫はびくりと肩を揺らして硬直した。

 トントンと急かすように、もう一度ノックされる。
 隼人が起き上がって、ドアに向かう。
 薫は絶望的な気持ちで、隼人の後ろ姿を見つめた。

「久しぶりだな」

 開いたドアの向こうには、柔らかく微笑む麗しい美青年が佇んでいる。隼人はドアを閉めそうになったけれど、そんなことが許されるはずもない。
 博己は、隼人の胸を押し退けて、いつかのように軽やかにベータの部屋に足を踏み入れる。
 爽やかな笑顔を張り付けたまま、尊大な来訪者はベッドの上で怯えて布団を手繰り寄せる薫の前に立った。
 見上げてくる薫の頭をポンポンと叩いて、軽い挨拶のように、幸の薄い唇に、触れるだけの口付けをした。

「どうして、」
「遊戯室が満室だったからな」

 薫のジャージのファスナーを下ろしながら、博己は片眉を上げて、意地悪く笑った。

「ここで、するんですか、」

 隼人の存在を無視して、薫の衣服を脱がしていく博己に、隼人は震える声で問いかけた。

 ここで、俺の目の前で、
 薫を犯して、
 薫を苛めるのか、

 博己は顔だけ振り向いて、隼人に優しく微笑んだ。

「隼人も交ざりたかったら、好きに入ってこいよ」

 博己は挑発的な笑いを隼人に向け、薫は救いを求めるように隼人に視線を向けた。
 非力な隼人は、博己と薫から目を逸らし、俯いて見なかったことにしようとした。
 薫も俯いて目を瞑り、薫を見捨てる隼人のことを見なかったことにしようとした。

 博己は二人の様子に満足げに笑って、薫をベッドに押し倒した。



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