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そして銀の竜は星と踊る
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黒竜の出現に、城内は大騒ぎになっていた。イーズは慌てふためく人々の間をすり抜け、レギンの棟の隣にある小さな棟へと駆け込んだ。玄関正面の広間で立ち止まり、息を整え、階段下の物置に目を向ける。シグラッドに教えられた地下への入り口があるはずだった。
「――おや、これはこれは、アルカ様」
物置への道を阻んだのは、クノルだった。イーズはひっと叫んで、一歩跳び退く。足がすくんだ。
「網をもってこい!」
「水を!」
「兵を全員招集しろ! 黒竜が脱獄したぞ!」
二人を避け、兵たちが慌しく出撃していく。イーズはじりじりと後退し、頭をガラス窓にぶつけた。開きっぱなしの玄関から、焦げ臭いにおいが漂ってくる。庭には紫色の炎が踊り、煙が充満していた。煙と群がる兵のせいで、オーレックの姿が見えない。
「オーレック!」
イーズの声は大砲の音にかき消された。城内で大砲を撃つなど狂気の沙汰だが、それほど事態は混乱していた。番人までもが地上に出てきて、縦横無尽に庭を駆け回り、兵を翻弄している。兵や召使たちは狂騒し、イーズの声は簡単にうずもれた。
「皆、アルカ様を“保護”しなさい。どうやらアルカ様は地下であの凶暴な黒竜に捕まえられていたようだ」
クノルの命令で、兵たちがイーズの腕を捕まえた。イーズは真っ青になって、力の限り抵抗した。
「どうなさったのです、アルカ様。そんなに脅えて。ああ、よほど怖い目に合われたのですね。地下は大の大人でも気が狂う恐ろしい場所ですからなあ」
「やだ! 離して! 放っておいて!」
「そうはいわれましてもね。陛下はいたくあなたをお気に召されている。あなたの遺体を見るまでは、次の皇妃は選ばないとまでおっしゃったのですよ。放っておくわけにはいかない」
クノルの指先が、顔にかかるイーズの横髪をかきあげた。さも心配そうに顔をのぞきこまれると、腐った葉の溜まったような赤褐色の目と目が合い、イーズはぞっとした。
「そんなに脅えなくても、大丈夫ですよ、殿下」
「ひ……」
「私も考えを改めました。ティルギスの姫だというから、どんなじゃじゃ馬かと思っていましたが、幸い、貴女はとても大人しい方のようだ」
クノルは指の背で、イーズの顎から頬をなで上げた。恐怖に息を詰まらせ、空気を求めてあえぐ王女に、優越感に満ちた笑みを浮かべる。
「大人しく私のいうことを聞いていれば、安全です。王宮で怖いものなどない」
クノルは金色の指輪のついた中指を、イーズの頬に軽く押しつけた。毒薬を仕込んである指輪だ。仕掛けを知っているイーズは足が萎えて、兵に支えられて立っているような有様になった。
「だいぶお疲れのようだ。寝室にお連れしなさい」
イーズは逃げ出すという考えすら思い浮かばず、大人しく兵士に抱かれた。懐剣は深く胸に抱え込み、恐怖に囚われて縮こまる。すっかり脅えている王女に、クノルは少し呆れた顔をして、狂乱の庭に目を向けた。
見つかってしまえば、イーズにもう逃げ道はなかった。たとえまた逃げ出したとしても、本当に死体になるまでは誰かが捕まえに来るだろう。イーズが顔を前へ向けると、長く暗い回廊が、暗澹と淡々とつづいていた。
「おっと……申し訳ありません」
すれ違った老人が、床に札を何か落とした。白い髭を生やしたその老人は、以前、イーズとシグラッドたちに天体の授業をした老人だった。よたよたと危うげな動作で、落とした札を拾い集める。
「こんばんは、アルカ様。お久しぶりです」
白ひげの老人は、死んだはずのイーズに驚いた顔一つせず、平然と挨拶した。イーズは真下に目を落とす。真下にも、一枚、札が落ちていた。他はすべて裏返しに落ちたのだが、それだけが一枚、表を向いていた。
「奇遇ですね。またこれをお引きになるなんて」
白ひげの老人は札を手に取ると、イーズの前へ掲げた。馬に乗った戦士が剣を手に、勇ましく出陣しようとしている絵だ。
「戦場になんて……行かなければいいのに」
「そうですね。ケガをするかもしれないし、死んでしまうかもしれない」
「怖い」
「本当に」
老人はうなずき、でも、とつづけた。
「怖くても傷ついても、彼には得なければいけないものがあったのでしょうね。死を覚悟して戦わなければいけないときが、人にはある」
かたく閉じ合わされた腕の中に、札が差し込まれた。イーズは札を手に取ったが、それ以上、動くことはなかった。外の騒ぎを聞きながら、じっと札を見つめつづける。
外ではまだ炎が舞い、怒号が飛び交い、絶えず悲鳴が上がっていた。オーレックの咆哮が響くと、騒ぎの大元であるイーズは、唇を引き結んだ。だれもが戦っている中、イーズだけが逃げていた。震えて、縮こまり、ただ何かがどうにかなることを待っている。
「先生……出発して、この人はどうなるの?」
「勝てたかどうか、分かりませんよ。私には」
星読み師は札を扇状に広げた。一枚引いて御覧なさいと、無言のうちに促される。だが、イーズは札を取らなかった。今の自分に必要なのは、手に持った、この勇ましい戦士の札だけであるように思ったのだ。
「この札、借りてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
イーズは札を細帯に挟んで、身をよじった。兵士の腕をすり抜けて、地面に降りる。
「アルカ様」
「一人で歩けます」
「しかし、そちらは」
「私はもう充分、逃げたから」
イーズは懐剣を握り締め、玄関口へ戻った。玄関前の広間には、まだクノルがいた。戻ってきた姫を見て、目を見開く。が、すぐに余裕に満ちたにこやかな表情になった。
「どうなさったのです? アルカ様。ここは私たちに任せて、お休み下さい」
「人殺し」
イーズは鋭く、突き刺すように言い放った。クノルの笑みが一瞬、強張る。
「私を殺そうとしたくせに。あなたのいうことなんか、信用できない」
「何をおっしゃるんです。地下で迷って、頭がおかしくなりましたか?」
イーズの告発をクノルは鼻で笑った。どんな証拠があって、と嘲笑する。それでも険しい視線を向け続けられると、不快そうに眉根を寄せ、イーズの耳元でささやいた。
「ニールゲンの教訓をご存知ですか? “死体に二度、剣を突き立てよ”。完全に敵を倒すまで、安心するなという意味です。あなたが死んだと聞いたときは喜びましたが、やはり死体を確認するまでは安心してはいけませんでしたな」
「……」
「さあ、部屋にお戻り下さい。二度目の剣を私に突き刺されたくなければ」
クノルはうながすように、細く小さな肩に手をおいた。その瞬間、イーズは獲物を捕らえる隼よりも素早い動きで、クノルの腕を掴んだ。中指から金色の指輪を抜き取る。
「何をする!」
「私の父が、いってました。“絶対に勝つという自信がなければ、戦うな”って!」
のっぺりとした指輪の上部に、わずかな溝がある。イーズが爪を引っ掛けると、指輪の一部分が外れ、虹色の粉があらわれた。
「何をなさるかと思えば。持病を持っておりましてね。万が一のときのための薬ですよ。さあ、返して下さい」
「前に、陛下のお部屋でお会いしましたね。あなたが血まみれのお人形を下さった日に。
私もたいがい馬鹿です。あのときは、疑うことを知らなかった。あの日、あの部屋で、あなたは特に用事があるようでもなかったのに、部屋にいた。毒薬の瓶がちゃんと締まっていなかったのに気づいていたのに、私はあなたを見逃してしまった」
クノルは喉に息を詰まらす。すぐに何かいおうと口を開きかけたが、その前に、イーズは畳み掛ける。
「言い逃れは無駄です。あなたが取ったのは、あの棚でも珍しい部類に入る毒ですし、陛下はあそこの毒の管理に気を使っていらっしゃる。調べればすぐに分かるでしょう」
「う……」
「これで誰を殺すつもりでしたか? 『いつでもどこでも、思いのままだ。あの小娘だろうと……な』と、笑っていらっしゃいましたね。
私だろうと……――陛下だろうと? いつでもどこでも、思いのまま?」
「め、滅多なことをいうな!」
クノルは血相を変え、指輪を奪おうと少女に襲いかかった。相手が懐剣を構えたのを見ると、そばを通りかかった兵をから槍を奪い、怒鳴る。
「それを返せ、小娘! お望み通り地下に入れてやる! 二度と出てくるな!」
「叫んでやる! 地下で! 毎日、毎晩、あなたのことを何千回でも訴えてやる! 私はあなたの人形じゃない!」
「うるさい! わめくな! 死体にして放り込んでやる!」
クノルが槍を振り回した。凶刃にイーズは目を瞑ったが、槍の切っ先は硬いものにはじかれ、澄んだ音を立てただけだった。まぶたを開いたイーズの目に、青いうろこのきらめきが飛び込んだ。
「レ、レギン殿下!」
竜化したレギンが、ガチガチと歯を鳴らしてクノルを威嚇する。銀色の目に射られ、クノルは立ちすくんだ。
「誰かっ! レギン殿下が発作を――がッ!」
腕の一振りで、クノルはあっさり張り倒された。鼻から血を垂らし、床の上をはいずる。現れた青い竜に、広間は騒然となった。背後にかばわれているイーズも、いつ標的になるかと冷や汗をかいたが、レギンは大人しかった。
「大丈夫。自分でも驚きだけど、正気だ」
「どうして?」
「分からない。アルカがいるからかな」
一回り大きくなったレギンは、イーズを腕に抱くと、四つんばいで逃げ回るクノルを捕まえた。片腕で、かるがると小太りな身体を持ち上げる。
「逃がすもんか。皇帝陛下に裁きを頂いて来るんだね!」
レギンは勢いをつけて、クノルを放り投げた。丸い身体が窓を突き破り、放物線を描いて庭に落ちる。群がっていた人々が、妙な落下物に飛びのいた。
「シグラッド、そいつが君を殺そうとしていたよ! アルカのこともね!」
イーズを抱え、ゆうゆうとした足取りで近づいてくるレギンに人垣が割れる。黒竜と鎖で綱引き状態だったシグラッドは、注意の対象を変えた。姿形は変わらないものの、竜のように瞳孔が縦に割れ、金にかがやいている目をクノルに向ける。
「ほう……貴卿は私に逆らったのか?」
「へ、陛下……何かの間違いです。そんな、滅相もない」
「僕とアルカが証人だ。どっちを信じる?」
「答えるまでもないな」
シグラッドの鉄鎖が、風を切った。レギンは牙をなめ、オーレックは石の彫像で爪を研ぐ。クノルは青ざめ、逃げようとするが、もう遅い。
「お仕置きの時間だ」
赤竜、青竜、黒竜、三匹の竜に囲まれて、クノルは白目をむいて気絶した。
「――おや、これはこれは、アルカ様」
物置への道を阻んだのは、クノルだった。イーズはひっと叫んで、一歩跳び退く。足がすくんだ。
「網をもってこい!」
「水を!」
「兵を全員招集しろ! 黒竜が脱獄したぞ!」
二人を避け、兵たちが慌しく出撃していく。イーズはじりじりと後退し、頭をガラス窓にぶつけた。開きっぱなしの玄関から、焦げ臭いにおいが漂ってくる。庭には紫色の炎が踊り、煙が充満していた。煙と群がる兵のせいで、オーレックの姿が見えない。
「オーレック!」
イーズの声は大砲の音にかき消された。城内で大砲を撃つなど狂気の沙汰だが、それほど事態は混乱していた。番人までもが地上に出てきて、縦横無尽に庭を駆け回り、兵を翻弄している。兵や召使たちは狂騒し、イーズの声は簡単にうずもれた。
「皆、アルカ様を“保護”しなさい。どうやらアルカ様は地下であの凶暴な黒竜に捕まえられていたようだ」
クノルの命令で、兵たちがイーズの腕を捕まえた。イーズは真っ青になって、力の限り抵抗した。
「どうなさったのです、アルカ様。そんなに脅えて。ああ、よほど怖い目に合われたのですね。地下は大の大人でも気が狂う恐ろしい場所ですからなあ」
「やだ! 離して! 放っておいて!」
「そうはいわれましてもね。陛下はいたくあなたをお気に召されている。あなたの遺体を見るまでは、次の皇妃は選ばないとまでおっしゃったのですよ。放っておくわけにはいかない」
クノルの指先が、顔にかかるイーズの横髪をかきあげた。さも心配そうに顔をのぞきこまれると、腐った葉の溜まったような赤褐色の目と目が合い、イーズはぞっとした。
「そんなに脅えなくても、大丈夫ですよ、殿下」
「ひ……」
「私も考えを改めました。ティルギスの姫だというから、どんなじゃじゃ馬かと思っていましたが、幸い、貴女はとても大人しい方のようだ」
クノルは指の背で、イーズの顎から頬をなで上げた。恐怖に息を詰まらせ、空気を求めてあえぐ王女に、優越感に満ちた笑みを浮かべる。
「大人しく私のいうことを聞いていれば、安全です。王宮で怖いものなどない」
クノルは金色の指輪のついた中指を、イーズの頬に軽く押しつけた。毒薬を仕込んである指輪だ。仕掛けを知っているイーズは足が萎えて、兵に支えられて立っているような有様になった。
「だいぶお疲れのようだ。寝室にお連れしなさい」
イーズは逃げ出すという考えすら思い浮かばず、大人しく兵士に抱かれた。懐剣は深く胸に抱え込み、恐怖に囚われて縮こまる。すっかり脅えている王女に、クノルは少し呆れた顔をして、狂乱の庭に目を向けた。
見つかってしまえば、イーズにもう逃げ道はなかった。たとえまた逃げ出したとしても、本当に死体になるまでは誰かが捕まえに来るだろう。イーズが顔を前へ向けると、長く暗い回廊が、暗澹と淡々とつづいていた。
「おっと……申し訳ありません」
すれ違った老人が、床に札を何か落とした。白い髭を生やしたその老人は、以前、イーズとシグラッドたちに天体の授業をした老人だった。よたよたと危うげな動作で、落とした札を拾い集める。
「こんばんは、アルカ様。お久しぶりです」
白ひげの老人は、死んだはずのイーズに驚いた顔一つせず、平然と挨拶した。イーズは真下に目を落とす。真下にも、一枚、札が落ちていた。他はすべて裏返しに落ちたのだが、それだけが一枚、表を向いていた。
「奇遇ですね。またこれをお引きになるなんて」
白ひげの老人は札を手に取ると、イーズの前へ掲げた。馬に乗った戦士が剣を手に、勇ましく出陣しようとしている絵だ。
「戦場になんて……行かなければいいのに」
「そうですね。ケガをするかもしれないし、死んでしまうかもしれない」
「怖い」
「本当に」
老人はうなずき、でも、とつづけた。
「怖くても傷ついても、彼には得なければいけないものがあったのでしょうね。死を覚悟して戦わなければいけないときが、人にはある」
かたく閉じ合わされた腕の中に、札が差し込まれた。イーズは札を手に取ったが、それ以上、動くことはなかった。外の騒ぎを聞きながら、じっと札を見つめつづける。
外ではまだ炎が舞い、怒号が飛び交い、絶えず悲鳴が上がっていた。オーレックの咆哮が響くと、騒ぎの大元であるイーズは、唇を引き結んだ。だれもが戦っている中、イーズだけが逃げていた。震えて、縮こまり、ただ何かがどうにかなることを待っている。
「先生……出発して、この人はどうなるの?」
「勝てたかどうか、分かりませんよ。私には」
星読み師は札を扇状に広げた。一枚引いて御覧なさいと、無言のうちに促される。だが、イーズは札を取らなかった。今の自分に必要なのは、手に持った、この勇ましい戦士の札だけであるように思ったのだ。
「この札、借りてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
イーズは札を細帯に挟んで、身をよじった。兵士の腕をすり抜けて、地面に降りる。
「アルカ様」
「一人で歩けます」
「しかし、そちらは」
「私はもう充分、逃げたから」
イーズは懐剣を握り締め、玄関口へ戻った。玄関前の広間には、まだクノルがいた。戻ってきた姫を見て、目を見開く。が、すぐに余裕に満ちたにこやかな表情になった。
「どうなさったのです? アルカ様。ここは私たちに任せて、お休み下さい」
「人殺し」
イーズは鋭く、突き刺すように言い放った。クノルの笑みが一瞬、強張る。
「私を殺そうとしたくせに。あなたのいうことなんか、信用できない」
「何をおっしゃるんです。地下で迷って、頭がおかしくなりましたか?」
イーズの告発をクノルは鼻で笑った。どんな証拠があって、と嘲笑する。それでも険しい視線を向け続けられると、不快そうに眉根を寄せ、イーズの耳元でささやいた。
「ニールゲンの教訓をご存知ですか? “死体に二度、剣を突き立てよ”。完全に敵を倒すまで、安心するなという意味です。あなたが死んだと聞いたときは喜びましたが、やはり死体を確認するまでは安心してはいけませんでしたな」
「……」
「さあ、部屋にお戻り下さい。二度目の剣を私に突き刺されたくなければ」
クノルはうながすように、細く小さな肩に手をおいた。その瞬間、イーズは獲物を捕らえる隼よりも素早い動きで、クノルの腕を掴んだ。中指から金色の指輪を抜き取る。
「何をする!」
「私の父が、いってました。“絶対に勝つという自信がなければ、戦うな”って!」
のっぺりとした指輪の上部に、わずかな溝がある。イーズが爪を引っ掛けると、指輪の一部分が外れ、虹色の粉があらわれた。
「何をなさるかと思えば。持病を持っておりましてね。万が一のときのための薬ですよ。さあ、返して下さい」
「前に、陛下のお部屋でお会いしましたね。あなたが血まみれのお人形を下さった日に。
私もたいがい馬鹿です。あのときは、疑うことを知らなかった。あの日、あの部屋で、あなたは特に用事があるようでもなかったのに、部屋にいた。毒薬の瓶がちゃんと締まっていなかったのに気づいていたのに、私はあなたを見逃してしまった」
クノルは喉に息を詰まらす。すぐに何かいおうと口を開きかけたが、その前に、イーズは畳み掛ける。
「言い逃れは無駄です。あなたが取ったのは、あの棚でも珍しい部類に入る毒ですし、陛下はあそこの毒の管理に気を使っていらっしゃる。調べればすぐに分かるでしょう」
「う……」
「これで誰を殺すつもりでしたか? 『いつでもどこでも、思いのままだ。あの小娘だろうと……な』と、笑っていらっしゃいましたね。
私だろうと……――陛下だろうと? いつでもどこでも、思いのまま?」
「め、滅多なことをいうな!」
クノルは血相を変え、指輪を奪おうと少女に襲いかかった。相手が懐剣を構えたのを見ると、そばを通りかかった兵をから槍を奪い、怒鳴る。
「それを返せ、小娘! お望み通り地下に入れてやる! 二度と出てくるな!」
「叫んでやる! 地下で! 毎日、毎晩、あなたのことを何千回でも訴えてやる! 私はあなたの人形じゃない!」
「うるさい! わめくな! 死体にして放り込んでやる!」
クノルが槍を振り回した。凶刃にイーズは目を瞑ったが、槍の切っ先は硬いものにはじかれ、澄んだ音を立てただけだった。まぶたを開いたイーズの目に、青いうろこのきらめきが飛び込んだ。
「レ、レギン殿下!」
竜化したレギンが、ガチガチと歯を鳴らしてクノルを威嚇する。銀色の目に射られ、クノルは立ちすくんだ。
「誰かっ! レギン殿下が発作を――がッ!」
腕の一振りで、クノルはあっさり張り倒された。鼻から血を垂らし、床の上をはいずる。現れた青い竜に、広間は騒然となった。背後にかばわれているイーズも、いつ標的になるかと冷や汗をかいたが、レギンは大人しかった。
「大丈夫。自分でも驚きだけど、正気だ」
「どうして?」
「分からない。アルカがいるからかな」
一回り大きくなったレギンは、イーズを腕に抱くと、四つんばいで逃げ回るクノルを捕まえた。片腕で、かるがると小太りな身体を持ち上げる。
「逃がすもんか。皇帝陛下に裁きを頂いて来るんだね!」
レギンは勢いをつけて、クノルを放り投げた。丸い身体が窓を突き破り、放物線を描いて庭に落ちる。群がっていた人々が、妙な落下物に飛びのいた。
「シグラッド、そいつが君を殺そうとしていたよ! アルカのこともね!」
イーズを抱え、ゆうゆうとした足取りで近づいてくるレギンに人垣が割れる。黒竜と鎖で綱引き状態だったシグラッドは、注意の対象を変えた。姿形は変わらないものの、竜のように瞳孔が縦に割れ、金にかがやいている目をクノルに向ける。
「ほう……貴卿は私に逆らったのか?」
「へ、陛下……何かの間違いです。そんな、滅相もない」
「僕とアルカが証人だ。どっちを信じる?」
「答えるまでもないな」
シグラッドの鉄鎖が、風を切った。レギンは牙をなめ、オーレックは石の彫像で爪を研ぐ。クノルは青ざめ、逃げようとするが、もう遅い。
「お仕置きの時間だ」
赤竜、青竜、黒竜、三匹の竜に囲まれて、クノルは白目をむいて気絶した。
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