そして銀の竜は星と踊る

サモト

文字の大きさ
上 下
12 / 20
そして銀の竜は星と踊る

12.

しおりを挟む
 狩猟祭の日、イーズを助けた鳥の巣頭の兵はバルクといった。城の警備隊長の一人だった。もとは東の小国の出身で、父親に勘当されて国を飛び出し、あちこち放浪していたところを、ニールゲンの重臣に拾われ、ファブロ城へ出仕することになったのだという。

「ティルギスとはちょっと縁があるんですヨ」
「縁?」
「制圧された側と制圧した側っていう」

 バルクの出身国は、昔、ティルギスが制圧した国の名だった。悪い意味での因縁だ。イーズは表情を凍らせたが、バルクに恨んでいる様子はなかった。

「全然、姫サンが想像しているような悲惨なことはなかったんですよ。キレーなもんですネ。ティルギスの攻め方は。

 ある日突然騎兵がやってきて、ここの土地は今からアデカ王の支配下になるって宣言されて、皆がぽけーっとしてる間に、ちゃっちゃと支配体制整えられて、気づいたらティルギスのモンになっちゃってたんですよネ。

 ウチはもともとのんびりした地味な国だから、戦った経験もないし、逆らっても無駄だって皆諦めてたのもあるんでしょうけど。

 支配されてるっていっても、べつに何か押し付けられるわけでもないデス。ティルギスはただ、交易の拠点が欲しかっただけみたいで、かけられた税も多くなかったし。

 逆にティルギスが攻めてきてくれたおかげで土地が豊かになりましたヨ。駐屯してるティルギス兵を警戒して盗賊が寄ってこないし、物資の中継地点になったおかげで、色んなものが手に入りやすくなりましたし。ホント、ティルギス様様です」

 どうもどうも、とバルクはイーズを拝んだ。拝まれた方は、複雑な心持になる。イーズは茶の入ったカップを持ち直した。口をつけていないので、たっぷりと中身が残っており、カップはまだ温かい。

「スンマセン。やっぱそんな粗茶、お口に合いませんよね」
「ううん! そういうわけじゃないよ……ごめんなさい」

 以前なら、ためらうこと飲んでいただろう。だが、最近は安全を確かめてからでないと、食べ物を口にできなくなっていた。まず疑うクセがついていた。命の恩人であるバルクが淹れてくれた茶ですら飲めないでいる自分に、イーズは嫌気が差した。後ろめたさが湧く。

 だが、バルクは、ちょっと小首を傾げただけで、無理に茶を勧なかった。自分だけ茶をすすり、気軽な調子で話をつづける。

「ところで、あれから姫サン、どうです? なんにもないですかネ?」
「とりあえず、生きてる。動物の死体が贈られてきたり、上から植木鉢が落ちてきたりしたけど」
「この間の件は、運悪く野犬に襲われたってことで片づけられちゃいましたしネ。おっかなくって、外出歩けないねえ」

 バルクはよしよし、とイーズの頭をなでた。あまりに馴れ馴れしい態度に、部下たちは大丈夫なのかと不安そうにする。だが、イーズは全く気にしておらず、むしろ、こういった気軽な態度を歓迎していた。

「姉サン、よけりゃ、部下を二人くらい貸しましょか。一人じゃ大変でしょ」
「あ、姉さん……。私はあなたより年下だと思いますが」

 シャールは、バルクの気安い態度に調子が狂ったのだろう、反感を露にするよりも、まずどもった。

「見た目がそんな感じだからさ。いいじゃん、美人な姉サンで。で、どう? いる?」
「警備兵なら、すでに部屋の外に二人いらっしゃいます」
「信頼してる? 疲れた顔してるねえ。よく眠れてないんじゃない?」
「……」

 部屋の壁にもたれ、シャールは眉間にしわを寄せて腕組みする。バルクの言うとおり、疲労していた。目の下にうっすらクマができていた。

「貸してください。助けて欲しいです」
「アルカ様」
「素直でいいね、姫サンは」
「城内の兵の警備位置というのは、それぞれの隊で決まっているものでしょう? あなたの隊は、アルカ様の部屋とはまったく違う場所のはずですが、大丈夫なのですか」
「何とかする策もないのに、こんな提案したりしまセン」

 バルクはのらくらとした口調で受け答え、部下を一人呼びつけた。何事かささやく。部下は一つうなずいて、どこかへ去っていった。

「姫サンも大変だねえ。違う国に嫁ぎにきて、あんなおっちゃんにいぢめられて、ライバルも現れて」

 古びた木製の椅子に腰掛け、バルクは机の上の紙袋に手を伸ばした。ガサガサと中をあさり、焼き菓子を取り出す。半分に割ると、一方を口にしながら、もう片方をイーズに差し出した。

「甘いもんが好きでネ。よく買うんだ。食べる?」

 イーズは元気よくうなずき、半分受け取った。一口で頬張ると、大きな口、とからかわれ、顔を赤くする。

「まだあんよ。なんでニールゲンに留まろうって思ったかって、菓子がうまいからなんだヨ」
「そんな理由で?」
「ケッコー大事な所っしょ」

 バルクはイーズを自分の膝の上に招くと、どれがいい、と紙袋の中を開けて見せた。好き嫌いは分かれるだろうが、バルクの気張らない態度がイーズには好ましかった。半分に割ってもらった菓子を口に運ぶ。茶もようやく一口、口にした。

「次、どれにする?」
「これ食べてもいい?」
「うーん、おじちゃんはこっち食べたいから、こっちネ」
「聞いた意味ないよ」

 位置がちょうどよかったのだろう、イーズは頭にあごをのせられた。無遠慮もいいところだったが、イーズは嫌でなかった。兄弟とでも話している気分で、バルクと楽しくじゃれあった。

 しかしながら、シャールは眉間を狭くした。カツカツと靴音を響かせて、バルクに詰め寄る。

「無礼な。アルカ様を離しなさい」
「シャール」
「私はあなたを信用したわけではありません」

 シャールは挑むように宣言し、バルクの腕の中から主人を取り返した。空になった両腕を広げ、バルクは天井を仰ぐ。怖い怖い、と肩をすくめた。その態度がさらに怒りをあおり、シャールの顔にはありありと嫌悪が表れた。

「戻りましょう、アルカ様。そろそろ次の教師が来る時間ですから」
「う、うん……」

 シャールがイーズを引くと、バルクの指示を受けて去っていった兵がちょうど帰ってきた。うろこの形をした赤いバッチをバルクに渡す。

「待った、姉さん。話がついたから、下見ついでに一緒に行きますよ」
「話がついた? もう?」
「ちゃんと上にも了解とって来たらしいから、大丈夫デス」

 バルクは胸についている黄色いうろこ形のバッチを外した。赤いうろこのバッチと付け替える。赤色は、今までイーズのところの警護をしていた隊長のバッチなのだろう。

「そんなに簡単に変われるものなんですか?」

 あまりに容易に話が進みすぎて、逆にシャールは不安そうにした。バルクは視線を上向け、言おうかどうしようか逡巡するそぶりをする。

「俺は今まで、ブレーデン殿下のところの警護をしていたんデス。でもね、俺はブレーデン殿下のお母上に嫌われてましてネ」
「なぜです?」
「“こんな外見のみっともない男を、王宮の中にうろつかせるな!”って」

 シャールはげんなりした表情になった。こんな男に任せていいのかと、心配そうにする。

「上のお人も、俺の位置を変えたいって思ってたトコロだと思うんですよネ。ま、そんなワケですが、どうぞよろしくお願いします、殿下に姉サン」
「よろしくお願いします、バルクさん」
「アルカ様、こんな男に挨拶なんてしないでください」

 丁寧に頭を下げるイーズに、シャールは額を押さえた。

「でも、シャール。今までみたいに、名前も知らないような人に警護されるよりはいいと思う。知っている人がそばにいるだけでも、ほっとするもん」
「そうかもしれませんが、こんな男を……」
「バルクさん、この隊の人って何人いるの? 皆の名前も教えて。衛兵さんたちって、目が合ってもそらされちゃうから、話しかけづらくて」
「そりゃあ、高貴なお方と目を合わせるなんてとんでもないですカラ」

 と、いいながら、バルク自身はイーズの目を遠慮なく見ている。澄んだ薄茶色の目は穏やかで、どこまでも広がる麦畑を連想させた。バルクののんびりとした故郷の景色がそのまま映し出されているように、イーズは感じた。

「バルクさんはティルギスには行ったことあるの?」
「呼び方、バルクでいいっスよ。ティルギスはいったことないデスけど――」
「アルカ様!」

 談笑しはじめる二人に、たまりかねてシャールが怒鳴った。強引にバルクとイーズを引き離す。

「いい加減にしてください。あなたはティルギスの王女です。皇妃になる王女なんです。もっとご自分の立場を自覚してください!」

 頬を打たれた気がした。本当に打たれたわけではないのに、イーズはそんな錯覚に陥った。

 はっと我に返る。親しみやすいバルクの態度に、すっかり失念していた。ニールゲンの皇妃に相応しい立ち居振る舞いを身につけようと努力していたのに、完全に忘れていた。自分の立場を。

「ご――ごめんなさい……」

 シャールにこれほどの剣幕で叱責されるのは初めてで、イーズは胃がずんと重たくなった。今や、イーズの行動の一つ一つで、ティルギスという国の評価も左右されてくる。貴人が庶民と親しくすることは品位を損なうことと、ニールゲンでは評価されているのだから、イーズの今の行動は不適切だった。

「気を…気をつけます」

 狩猟祭のときから、失敗ばかり重ねている。シャールが怒るのも無理はない、とイーズは震えた。きつく掴まれていた手を離されると、見切られた気分になって、地面に立っている感覚がなくなった。崖から宙に突き落とされたようだった。

「あ――アルカ様」
「早く戻りましょう」

 声が震えそうになるのを、イーズは必死で抑えた。言葉をさえぎられたシャールは、何かいいたげにしていたが、平気なふりをするのに精一杯のイーズは気づかなかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...