白い子猫と騎士の話

金本丑寅

文字の大きさ
上 下
26 / 26
白い猫と騎士の話

6

しおりを挟む

 あまりに唐突なことを言い出したアレクを、俺は見つめた。



 確かに俺ばかりが一人考えっぱなしで、アレクは途中からずっと黙っていたけれど。アレクはカップを隅によせて、俺と正面を向き合った。

「とはいえ俺は名をつけるのが苦手なんだが、そうだな……レオ……ノエル……ミシェル……オリバー……アレキサンドロス……」
 待ってそんなゴツいのやだよ!!!!????
「嫌か」
 嫌だよ!?

 ちょっともしょんぼりした様子を見せないあたり、本当に苦手って自負してんだろうな。愛称がアレクとお揃いになったとしても嫌だな。なお感覚的にアレキサンダーまでならまだ良い。なんかでかい犬っぽいけど。
「名をつけたいのは山々なのだが昔城の外にある訓練場に迷い込んだ犬を部下が飼うことになった際、名前をつけてくれと頼んできた癖に結局全て却下して自分たちで決められたこともある男だぞ俺は」
 かなしい。

 名前自体はどこにでも居そうな名前だったから、思いつきはするけどその子のことを考えてつけてあげられないタイプなんだろうな。愛着が持てなさそうなら軽率な案は止めた方が良いと思うぞ。
「やはり部下の名前を参考にするのは駄目だな家でアイツらの名を呼んでるのは気分が悪い」
 ちょっと!!??
 フギャオンンゴロロロロァ普段は上げない声で唸ったら流石に謝られた。



 んもぅ。まったく。

 てか、これは、そもそもの話なんだけどね。
 俺、外人の名前をつけられても反応できないかもしれない。

 例えばかっこいい名前、かわいい名前にされたとて、あっ自分を呼んでるってすぐ反応できるか。できねえよな。なあアレキサンドロス。アレクの猫感はあるけれど。顔も知らない部下さんたちに恨みは何もないけどその名前はご遠慮させてもらおう。
 あと、馴染みがあっても自分のことをチョコちゃんとかいちごちゃんって呼ばれた日にゃグレて呼ばれても反応しないでやる気概はある。まあ長い名前の略称が可愛い感じになるくらいならともかく。えっ? ひとのことをみーちゃんってつけておいて?? それはそれよ。


 そも、自分でつけるならともかく、自我がある時点で他人につけられた名前。与えられた名前。それはまるでキャスト名か役職名のように、自分の名であってそうじゃないような。
「一生の名というものは難しいな。お前の家族たちからはどう呼ばれてるんだ?」
 うーん、特にないな~。俺たちはひとくくりに、家族、だから。誰かが特別じゃなくてみんな大事。
 あっちもこっちも俺もみんな大事な兄弟。そしてみんな大事なママンの息子。
 ないよ、って反応したら、少し意外と言いたげな表情してから「そうか……」なんてまた悩ませてしまった。



「もし俺に子が居ても、名をつけるのは厳しいだろうな。どんなに可愛かろうと、しばらく悩んでしまうから結局俺には任されないに決まっている。まあ、家庭を持つ気はないんだがな」
 女っ気ないもんね。でももし結婚して子供ができたらさ俺お兄ちゃんになってもいいよ。俺の弟。ふふふん。いい響きだ。
 そんで親が忙しい時の面倒見てあげるんだ。ミルクやおむつはできないけど。一緒に寝てあげるくらいなら。ふふふふん。

「どうした、なんか楽しそうな顔をして」
 あらやだにやけてた!?
 前足でほっぺもにゅもにゅしてたらアレクが片手で顎の下から挟んでもにゅもにゅ。喉ごろごろ。
「可愛い顔をしていたぞ」
 あら~~~。俺可愛いからね。しょうがないねぇ。
 でもあんまり可愛い可愛いばっか言ってると、自分の名前がカワイイちゃんだと思っちゃう猫になっちゃうんだからな! な~にそれ可愛い。

「家庭は持たんが今はお前たちが家族だものな」
 そう! それはそう! アレクは俺の家族!
 落ち着いたら兄弟たちにも家族って教えんだ。はっ、アレクはご飯出す下僕じゃないって早めに教えなければ。
 あっ、いつか兄弟たちの名前もつけてね! 不安だから一緒に考えようね。不安だからね。

「それで、そうだ、それじゃあお前は、自分の名はどんな名前が良い?」
「んみゃ」
「どんな名で呼ばれたい」

 うむ。呼ばれたい名前ねぇ。



 ぶっちゃけ、反応できんかもだのチョコちゃんはやだだのは言ったけどアレクがつけてくれるならなんだって良いんだよな。どうせそのうち慣れる。ポチでもタマでもタロウでも、ココアでもアレキ(略称)でも。
 アレクは一度部屋を出たと思うと、図鑑や本をわざわざ持ち出してきて、参考にでもかぱらぱら捲ってくれる。
 鳥の名前。花の名前。宝石の名前。地名、お菓子、魔物、でもどれもピンとこない。知ってる言葉、知らない単語。
「ぅなん」
 気になる名前、見てみたい名前、でもそれは自分がつけたい名前、呼ばれたいと思う名前じゃない。
 


「……あまり悩むようなら、それなら元の名はどうだ?」

 元。

「人間の頃の名があっただろう?」
 元の名前かぁ。あったね。
「それとも忘れてしまったか?」
 忘れてはないんだけどね。捨ててもなかったけども。

 俺の本名。最後に呼ばれたのは、いつだっけ。仕事でもそんなには呼ばれなかったからな。

 なんとなく、それ、はもう死んで過去になったものと思ってたのもあって。
 そっか、同じ名を付ければまた俺の名を呼んでくれる人がいるのか、付けても良いのか、なんて、
「ふみゃぁ」

「嫌だったか?」
「んーにゃっ」
「良いのか?」
「にゃ」
「そうか」

 それじゃあ最初に呼ばれるのはアレクがいいな、なんて。

「んにぃ」
 アレクが図鑑を閉じた後、伸ばしてくれた手に甘えてみる。ごろごろ、喉が鳴る。ぱちぱち、暖炉の火が弾ける。
「そうか……」
 何故だかアレクは嬉しそうな顔。なんでだろうね。まだ俺教えてないのにね。俺にはわかんない。





 いつの間にかみんな眠ってる、初冬の部屋。まるで巣篭りのような、俺らの家。起きてるのは二人だけ、ひそひそ内緒のお話。通じなくても二人して楽しそう。通じないなら待てば良い。通じるまで、お話すれば良い。
 撫でる手の、騎士らしくゴツゴツしてるのにちょっと丁寧なその優しさに、俺は少しずつうとうと。

 アレク、アレクセイ。俺の大事な素敵で優しい飼い主。教えてあげるよ、俺の名前はね。






 ───────






 久々の快晴に冬の鳥が番で青い空を飛ぶ。あれは雪に穴を掘って身を隠し天敵から逃れるのだと教えてもらったのは、つい先日のこと。また、兄弟の一匹があれを狙おうとして失敗し、積もった雪に埋もれたのは真新しい皆の笑い話だ。
 それを窓の縁に飛び乗って眺めていたら、庭の向こう、仄かに白く曇った窓の外を歩く影。
 えい、ガラス窓に肉球マーク。

 可愛いスタンプ越しに市場から戻ってきたアレクが荷物を抱えて、雪の間にできた小道を通っているのが見えた。夏場よりも歩きにくいだろうに、疲れた様子も見せず進む姿は飼い猫として実に誇らしい。それを俺は玄関まで迎えに行く。
 暖炉の前でごろんしてたり欠伸をしてたり自由な兄弟の間を縫って、まだちょっとばかり低いまんまの柵を、棚を伝ってぴょいぴょいと飛んで向こう側。わざわざ作ってくれた猫用扉をカタンと抜けて、暖房の入った部屋に比べて少し冷たい廊下をとたとた歩く。
 リビングに入ると珍しく普段は外に居るママンが居た。ソファーを陣取ってる。庭の方角の壁に取り付けられた、こちらも小さなサイズの扉から、点々と足跡が続いてる。

 玄関の前に着くのと同時に扉が開いた。ほんのり赤くなった頬は冷たそう。頭にちょっぴり雪をのせてるのには気付いていない。
 そんな男を見上げる俺が、すぐ足元に居るのを見つけて、彼は笑う。






「ただいま、ナギ」
「にゃ」


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

狼くんは耳と尻尾に視線を感じる

犬派だんぜん
BL
俺は狼の獣人で、幼馴染と街で冒険者に登録したばかりの15歳だ。この街にアイテムボックス持ちが来るという噂は俺たちには関係ないことだと思っていたのに、初心者講習で一緒になってしまった。気が弱そうなそいつをほっとけなくて声をかけたけど、俺の耳と尻尾を見られてる気がする。 『世界を越えてもその手は』外伝。「アルとの出会い」「アルとの転機」のキリシュの話です。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします

muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。 非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。 両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。 そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。 非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。 ※全年齢向け作品です。

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがこは
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...