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白い猫と騎士の話
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しおりを挟むあまりに唐突なことを言い出したアレクを、俺は見つめた。
確かに俺ばかりが一人考えっぱなしで、アレクは途中からずっと黙っていたけれど。アレクはカップを隅によせて、俺と正面を向き合った。
「とはいえ俺は名をつけるのが苦手なんだが、そうだな……レオ……ノエル……ミシェル……オリバー……アレキサンドロス……」
待ってそんなゴツいのやだよ!!!!????
「嫌か」
嫌だよ!?
ちょっともしょんぼりした様子を見せないあたり、本当に苦手って自負してんだろうな。愛称がアレクとお揃いになったとしても嫌だな。なお感覚的にアレキサンダーまでならまだ良い。なんかでかい犬っぽいけど。
「名をつけたいのは山々なのだが昔城の外にある訓練場に迷い込んだ犬を部下が飼うことになった際、名前をつけてくれと頼んできた癖に結局全て却下して自分たちで決められたこともある男だぞ俺は」
かなしい。
名前自体はどこにでも居そうな名前だったから、思いつきはするけどその子のことを考えてつけてあげられないタイプなんだろうな。愛着が持てなさそうなら軽率な案は止めた方が良いと思うぞ。
「やはり部下の名前を参考にするのは駄目だな家でアイツらの名を呼んでるのは気分が悪い」
ちょっと!!??
フギャオンンゴロロロロァ普段は上げない声で唸ったら流石に謝られた。
んもぅ。まったく。
てか、これは、そもそもの話なんだけどね。
俺、外人の名前をつけられても反応できないかもしれない。
例えばかっこいい名前、かわいい名前にされたとて、あっ自分を呼んでるってすぐ反応できるか。できねえよな。なあアレキサンドロス。アレクの猫感はあるけれど。顔も知らない部下さんたちに恨みは何もないけどその名前はご遠慮させてもらおう。
あと、馴染みがあっても自分のことをチョコちゃんとかいちごちゃんって呼ばれた日にゃグレて呼ばれても反応しないでやる気概はある。まあ長い名前の略称が可愛い感じになるくらいならともかく。えっ? ひとのことをみーちゃんってつけておいて?? それはそれよ。
そも、自分でつけるならともかく、自我がある時点で他人につけられた名前。与えられた名前。それはまるでキャスト名か役職名のように、自分の名であってそうじゃないような。
「一生の名というものは難しいな。お前の家族たちからはどう呼ばれてるんだ?」
うーん、特にないな~。俺たちはひとくくりに、家族、だから。誰かが特別じゃなくてみんな大事。
あっちもこっちも俺もみんな大事な兄弟。そしてみんな大事なママンの息子。
ないよ、って反応したら、少し意外と言いたげな表情してから「そうか……」なんてまた悩ませてしまった。
「もし俺に子が居ても、名をつけるのは厳しいだろうな。どんなに可愛かろうと、しばらく悩んでしまうから結局俺には任されないに決まっている。まあ、家庭を持つ気はないんだがな」
女っ気ないもんね。でももし結婚して子供ができたらさ俺お兄ちゃんになってもいいよ。俺の弟。ふふふん。いい響きだ。
そんで親が忙しい時の面倒見てあげるんだ。ミルクやおむつはできないけど。一緒に寝てあげるくらいなら。ふふふふん。
「どうした、なんか楽しそうな顔をして」
あらやだにやけてた!?
前足でほっぺもにゅもにゅしてたらアレクが片手で顎の下から挟んでもにゅもにゅ。喉ごろごろ。
「可愛い顔をしていたぞ」
あら~~~。俺可愛いからね。しょうがないねぇ。
でもあんまり可愛い可愛いばっか言ってると、自分の名前がカワイイちゃんだと思っちゃう猫になっちゃうんだからな! な~にそれ可愛い。
「家庭は持たんが今はお前たちが家族だものな」
そう! それはそう! アレクは俺の家族!
落ち着いたら兄弟たちにも家族って教えんだ。はっ、アレクはご飯出す下僕じゃないって早めに教えなければ。
あっ、いつか兄弟たちの名前もつけてね! 不安だから一緒に考えようね。不安だからね。
「それで、そうだ、それじゃあお前は、自分の名はどんな名前が良い?」
「んみゃ」
「どんな名で呼ばれたい」
うむ。呼ばれたい名前ねぇ。
ぶっちゃけ、反応できんかもだのチョコちゃんはやだだのは言ったけどアレクがつけてくれるならなんだって良いんだよな。どうせそのうち慣れる。ポチでもタマでもタロウでも、ココアでもアレキ(略称)でも。
アレクは一度部屋を出たと思うと、図鑑や本をわざわざ持ち出してきて、参考にでもかぱらぱら捲ってくれる。
鳥の名前。花の名前。宝石の名前。地名、お菓子、魔物、でもどれもピンとこない。知ってる言葉、知らない単語。
「ぅなん」
気になる名前、見てみたい名前、でもそれは自分がつけたい名前、呼ばれたいと思う名前じゃない。
「……あまり悩むようなら、それなら元の名はどうだ?」
元。
「人間の頃の名があっただろう?」
元の名前かぁ。あったね。
「それとも忘れてしまったか?」
忘れてはないんだけどね。捨ててもなかったけども。
俺の本名。最後に呼ばれたのは、いつだっけ。仕事でもそんなには呼ばれなかったからな。
なんとなく、それ、はもう死んで過去になったものと思ってたのもあって。
そっか、同じ名を付ければまた俺の名を呼んでくれる人がいるのか、付けても良いのか、なんて、
「ふみゃぁ」
「嫌だったか?」
「んーにゃっ」
「良いのか?」
「にゃ」
「そうか」
それじゃあ最初に呼ばれるのはアレクがいいな、なんて。
「んにぃ」
アレクが図鑑を閉じた後、伸ばしてくれた手に甘えてみる。ごろごろ、喉が鳴る。ぱちぱち、暖炉の火が弾ける。
「そうか……」
何故だかアレクは嬉しそうな顔。なんでだろうね。まだ俺教えてないのにね。俺にはわかんない。
いつの間にかみんな眠ってる、初冬の部屋。まるで巣篭りのような、俺らの家。起きてるのは二人だけ、ひそひそ内緒のお話。通じなくても二人して楽しそう。通じないなら待てば良い。通じるまで、お話すれば良い。
撫でる手の、騎士らしくゴツゴツしてるのにちょっと丁寧なその優しさに、俺は少しずつうとうと。
アレク、アレクセイ。俺の大事な素敵で優しい飼い主。教えてあげるよ、俺の名前はね。
───────
久々の快晴に冬の鳥が番で青い空を飛ぶ。あれは雪に穴を掘って身を隠し天敵から逃れるのだと教えてもらったのは、つい先日のこと。また、兄弟の一匹があれを狙おうとして失敗し、積もった雪に埋もれたのは真新しい皆の笑い話だ。
それを窓の縁に飛び乗って眺めていたら、庭の向こう、仄かに白く曇った窓の外を歩く影。
えい、ガラス窓に肉球マーク。
可愛いスタンプ越しに市場から戻ってきたアレクが荷物を抱えて、雪の間にできた小道を通っているのが見えた。夏場よりも歩きにくいだろうに、疲れた様子も見せず進む姿は飼い猫として実に誇らしい。それを俺は玄関まで迎えに行く。
暖炉の前でごろんしてたり欠伸をしてたり自由な兄弟の間を縫って、まだちょっとばかり低いまんまの柵を、棚を伝ってぴょいぴょいと飛んで向こう側。わざわざ作ってくれた猫用扉をカタンと抜けて、暖房の入った部屋に比べて少し冷たい廊下をとたとた歩く。
リビングに入ると珍しく普段は外に居るママンが居た。ソファーを陣取ってる。庭の方角の壁に取り付けられた、こちらも小さなサイズの扉から、点々と足跡が続いてる。
玄関の前に着くのと同時に扉が開いた。ほんのり赤くなった頬は冷たそう。頭にちょっぴり雪をのせてるのには気付いていない。
そんな男を見上げる俺が、すぐ足元に居るのを見つけて、彼は笑う。
「ただいま、ナギ」
「にゃ」
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