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白い子猫と騎士の休日
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しおりを挟む俺が人の会話を理解してるとわかってくれてからというもの、男はよく俺に向かって話しかけてくれる。以前は主に聖者が見つからないだの魔術師がどうだだの、男の愚痴ばっか聞いてる一方的なのだったけれど、なんと今は天気の話とかまでしちゃうよ。ふふん。
勿論俺は喋れないから、相槌打つくらいだし。間違いなく返せるのも"はい"と"いいえ"ぐらいである。
それ以外でも、どっちが良い? なんて質問にちゃんと返したい時は前足を載せて。あとはジェスチャーでもして、まあこれがなかなか難しいけど。二足歩行はできない。バランスが違うし、どうやって歩くんだっけっていう感覚。ううむどんどん人間離れしてしまう。
偶に壁とか使って垂直に立ち上がってみようとすると男にギョッとした顔で二度見される。そして手を離して後ろへこける。あー。
そんでママンか男に助けられるまでが一連の流れ。
男の部屋にある本棚の中。少しばかり汚れた図鑑を使ってこの国の話をされた時、季節の話も聞いた。雪が降る話も聞いた。
でもその時は、へ~地球と同じだな~ぐらいに軽く聞いてたし、他にも国の話とか、王様の話とか、魔物の話とか聞いたから、頭の隅っこにいっちゃった。なにせ俺にとって地球と同じものよりこの世界特有のものの方が印象に残るのは当然だろう。魔物の絵。植物の絵。魔石の絵。分厚い図鑑を最後まで読み終えるまで、何回も読んでもらった。男が暇な時間にしか見れないので、結局まだ読み終えてはないけど。
それから数日して、夜だけじゃなく昼の風が冷えてきたり水が冷たかったり、秋の虫を追いかけるようになって、それから男が半袖から長袖になってきて。初めて思い出した、そろそろ冬が来ることを。
冬が来たら、みんなはどこで過ごすんだろう?
真っ白な猫たちが真っ白な雪の中に埋もれゆく様子を勝手に想像して俺は(心情的に)泣いた。兄弟たちには変な顔された。
それから俺はうろうろした。
家族の後ろでうろうろ、家の中でうろうろ、どう伝えようか、伝えたら困らせてしまうのか、全員が良いよって言ってくれればいいけど、人間の家なんかやだってなって、兄弟たちに嫌われたら、母親に怒られたら。そんな不安。
寝て食って遊んで忘れて思い出してまたうろうろ。走り回って熱くなって、風に冷やされて思い出してうろうろ。コオロギみたいな虫を見つけてみんなで追いかけて咥えて思い出してうろうろして男に没収。
そんな折、しきりに挙動不審にしてたからか、ついに見かねた男が、
「最近変だぞ、」
どうした、って。
うう。
そんで俺は腹を括った。遂に訴えてみた。でも俺の言葉が理解できる魔術師がここには居ないので、にゃごにゃご訴えてみてもわからんの顔して首を捻られた。けれどこの男は、俺の話を後回しなんかしない男だったのである。
「……俺に言いたいことがある?」
「にゃ!」
お、これは。
「飯の話か?」
「んーっにゃ!」
これは長くなりそうだと判断したのかソファーに移動して。ガワの布をよじよじしようとする俺も一緒に載せられて。
そうやって一つ一つ丁寧に。冬なんて言葉が出てきそうにないから途中で本も使って。気の遠くなるような時間をかけた気もして。
お前の話か? のー!
じゃあ俺? のー、いや部分的にいえす。首を傾げて。
お前の家族? いえす!
お前の家族が何かしたか?
したわけではないのである。するかもしれないけど。
もしかしてこっから出ていこうとしてるのか?
あー、それは違う、絶対違うと思う。敵も居ないのでぬくぬくと庭先で暮らしてられる環境を捨てたりはしないと思う。
そんな感じで繰り返し、繰り返し。
「ええと、まとめればお前が言いたいのは冬の間の家族をどうにかしたいからうちに入れたいってことで合ってるか?」
大正解!
ようやく伝わった訴えに俺は嬉しくて男にジャンプした。正確にはなんか感極まって立ち上がってしまってそのままの勢いで両前足を広げて飛びついた。あっあっ服に爪引っかかっちゃう。バランス崩して転げ落ちかける前に掴まえてくれて、そのまま腕の中に引き寄せられる。
「そうか、これから外は寒いだろうと思ったんだな。お前は優しい子だな」
そんなことは。
だって数日も前に気づいたのに、なんならもっと前に冬の話を聞いたのに。言うのを迷っちゃったり遊んで忘れたりしてずっと言えなくてあぁ顎の下が気持ちよくてゴロゴロ鳴っちゃう落ち着く。
「確かに冬を越せない野生動物もいる。だが基本的にはそれぞれの生物が適した対応をして冬を無事越せているのは多分お前ならわかるだろう。冬眠したり、より暖かな場所を求めて街の裏にでも紛れ込んだりな。まあ、魔物ですら冬場を苦手とするのは多いから、魔力を持たない動物には厳しいだろうけどな」
あう……。目に見えて落ち込んだのがわかっちゃったのか、耳をくにくに弄られた。ぴぴぴ、と耳を動かす。
「ここいらの猫なんて自由気ままで人に懐かなくて、ましてお前の家族なんだから、存外冬でも逞しく過ごせそうだけどな。でもわかった。部屋を一つ空けてやろう。俺はあまり入らないようにするからそれでどうだろうか」
え。
えっ。
お部屋一つが丸々。
「にゃーぅ」
「どうせ使ってないし荷物を無駄に溜め込んでるだけの物置部屋だから、役に立つならその方が良いだろう。俺が常時使って出入りする部屋は休まらんだろうしな。無理な配慮で俺もお前も、お前の家族も落ち着かなくなる、それよりなら部屋一つを住処にしてやった方が良い」
この際だから掃除もできるし。なんて。
ほんとに?
わざわざ。男の家の部屋一つが。猫部屋に。俺のわがままで。
「なんかしょぼくれてないか?」
だって。
しょんぼり尻尾が自分の目の端に映る。
「お前は家族が無事に過ごせて安心する。俺は部屋が片付くし、お前の杞憂を晴らせる。問題は何もないだろう」
むむむ。
「自分の所為で、とか難しいことを思ってないか。そんなことはない、寧ろ俺も気にはしていたんだ、お前だけ特別にさせてしまっていることを」
「んにぃ?」
「一人だけ異世界の魂を持っているとか、国にとっては大事な存在だとか、後で色々契約事項を処理せねばならないとか。そういうのは結局人間側の都合だろう。聖者どうこうの以前にお前らは唯一無二の家族なんだから、一緒に居られる内は一緒に過ごさせてやりたい。……まあ、どちらも本人の意見を後回しにした人間の勝手なんだがな。これからしようとしてるのも、人間が勝手に決めてやることだ。そしてお前は今はただの猫。だから深く気にする必要はない」
んむむむ。
「俺は偶々部屋を掃除する。使い道がないから偶々庭先に住んでた猫を招き入れる。入ってくれれば良い。入ってくれなくても仕方ない。入ってくれなくてもまあ、お前の広い部屋が出来ると思えば良いだろう。いつか人の姿を得た時にでも使えば良い。まあ、ここから出ていくこととなれば使わないかもしれないが……」
にゃーんでそんなこと言うの。俺は君とお話したいって言ったでしょ。あと割と前から飼われる覚悟はしてんだよ。俺の面倒見てよ。今更他の人は、あんましやだよ。
指をがじがじ。
「それは出ていくのは嫌ってことなのか? なんてな。でもそう思ってくれているのなら──少し、嬉しい」
ふっ、と笑った顔。
恋人もいなさそうだし仕事で毎日疲れてそうだし、そんな男を癒せるのは俺くらいだもんね。ふふん。もっと撫でて。癒やされろ。ゴロゴロ。
じゃあそれで良いか。そうするか、と。話をまとめ終えたらしい男はまだ俺を撫でてくれる。ゴロゴロ。グルグル。みゃお。
俺が「特別」になっちゃったのは、聖者がどうこうの前に、俺が男に懐いちゃったからなのにね。全部人間の勝手とは言うけれど、家に出入りしたり、撫でられたり、それを許した俺の勝手。責任なんかないって言うけれど。そんなことは絶対ない。
俺が人間に懐かなくて、この庭に住みつかなくて、家族みんなでどっか旅してたらきっとまだ俺は見つからなかったのだろうな。そしたら男もますます捜索で大変だったろうな。うーん、もしそうだった時のこと考えたら申し訳なくなるな。想像上の申し訳なさに俺は肉球パンチ。もみもみ。
「どうした?」
と、人差し指と親指で前足ふにふに。
俺が今しあわせを感じてるのは、家族は勿論、それからこの男のおかげ。
俺のことも、家族のことも想ってくれてる。俺この男のことすき。
だから家族も懐いてしあわせ感じてくれれば良いなあなんて。ああそれは俺のわがままなんだった。男の言うとこの人間の勝手。じこけんお。でもうれしい。
嬉しくて耳がもっとぴぴぴぴぴってした。うれしい。うれしい。うれしいがとまらない。あれこれ今更だけどどうやって動いてんの? こわ。
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