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5.待たせたい
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「それ、どんな人からのリクエスト?」
「え?」
随分低い声だったので驚く。皿を受け取りながら、とりあえず答えてみた。
「カスミさんです。ミチオさんは知りませんか? 結構前からずっと通ってくれてる常連さんですよ」
それを聞くと、ミチオはすぐに落胆の表情に変わった。とてもわかりやすい変化だった。
「えっと、それがどうし」
「いや、何でもない。女性なんだな。わかった作ってみるわ、それは15番のテーブルな」
そういうと、ミチオはすぐに厨房の方へ入って行ってしまった。性別を聞きたかったのか? そんな感じには見えなかったのだが。ワタルは首を傾げながらも、とりあえず受け取った料理を運びにホールへ出た。
それから少し経ち、無事ミチオは紅茶味のケーキを焼き上げた。ワタルすら感心してしまうほどの見栄えと香りで、きっとカスミは喜ぶだろうなあと楽しみになる。
カットしたケーキの隣には生クリームとチョコレートなども飾られ、豪華になる。
早速それを食事を終えた彼女のところへ持っていく。テーブルの上に丁寧にそれを置いた。
「カスミさん。お待たせしました。紅茶のケーキです」
カスミがパッと目を輝かせて見下ろした。そして、その輝きのまま、白い歯を出してふわっと笑った。
「わあ、凄い。とっても美味しそう……! これ、誰が作ったの?」
「ミチオさんって人ですよ。呼んできますか?」
「いいのいいの、忙しいのにそんなこと。そう、彼はなんか言っていた?」
「リクエスト嬉しそうでしたよ」
カスミはそれを聞いて小さく頷いた。そして添えてあるフォークで早速ケーキを頬張る。焼きたてのそれを味わうように目を閉じ、満足そうにする。
「ああ、いい香り。とっても美味しいわ、ありがとうと伝えておいてもらえる?」
「かしこまりました」
ワタルはそう言って下がる。カスミの喜びように、こちらも嬉しくなってしまった。ちらりと振り返ると、大事なものを食べるようにゆっくり味わっている。そんな光景がたまらなく幸せだと思った。
厨房に戻ったワタルは早速、カスミが大喜びしていましたとミチオに伝えた。彼は短く『そうか』と答えただけで、それ以上は何も言わなかった。
それからカスミは以前より来店のペースが落ちた。気になるメニューを制覇してしまったためだろうか。
それでも時折店に訪れては、紅茶のケーキか、時々違うものもリクエストをした。
少し変わったものが多いように思えた。時にはレストランで頼むには不思議な梅のおにぎり、とろろご飯。さつまいものケーキ、ただの目玉焼き。最初は面白いなと思っていたが、思えば外食だとそういった家庭的なものはなかなか食べられない。長く滞在していると、そういう物が欲しくなるんだろうなあと納得した。一軒くらい、家庭料理ばかりを出す店があってもいいのかもしれない。
ミチオにオーダーを通すたび、彼はどこか困ったような顔になった。とろろご飯や目玉焼きは簡単すぎて、シェフとして腕の見せ所がなくて残念に思っているのかもしれない。ワタルはそう考えていた。
ある日、またカスミが来店した。彼女は相変わらず明るくニコニコしながら隅の方の席に座り、メニューを開いてワタルを呼ぶ。
「ワタルくん、オーダーいい?」
「はい、どうぞ!」
「えっと、また一ついいかしら」
カスミが特別なものを注文するのはもはや恒例だったので、驚きもせず了承する。カスミは腕を組んで考えるようにした。
「メニュー外のものばかりだけどいいかしら」
「うちのシェフは喜んでいましたよ。今まではやっぱり、好物だったんですか?」
「ええ。私が好きなものばかり。
私はね、料理を作るのはあまり得意じゃないの。料理って奥深いと思うわ、目玉焼きですら、私が作るのと腕がある人では味が違うものなのよ」
「へえ、そうなんですか」
「色々お願いしちゃったわよね。ふふ、紅茶のケーキから始まって……色々……」
そう言いながら、カスミの目がすっと細くなる。ワタルはその表情を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。
悲しみ? いや、どこか怒り? 寂しさか、何なのか。このタイミングで一体なぜ彼女がそんな顔をするのかわからなかった。辛い過去でも思い出しているんだろうか。
「え?」
随分低い声だったので驚く。皿を受け取りながら、とりあえず答えてみた。
「カスミさんです。ミチオさんは知りませんか? 結構前からずっと通ってくれてる常連さんですよ」
それを聞くと、ミチオはすぐに落胆の表情に変わった。とてもわかりやすい変化だった。
「えっと、それがどうし」
「いや、何でもない。女性なんだな。わかった作ってみるわ、それは15番のテーブルな」
そういうと、ミチオはすぐに厨房の方へ入って行ってしまった。性別を聞きたかったのか? そんな感じには見えなかったのだが。ワタルは首を傾げながらも、とりあえず受け取った料理を運びにホールへ出た。
それから少し経ち、無事ミチオは紅茶味のケーキを焼き上げた。ワタルすら感心してしまうほどの見栄えと香りで、きっとカスミは喜ぶだろうなあと楽しみになる。
カットしたケーキの隣には生クリームとチョコレートなども飾られ、豪華になる。
早速それを食事を終えた彼女のところへ持っていく。テーブルの上に丁寧にそれを置いた。
「カスミさん。お待たせしました。紅茶のケーキです」
カスミがパッと目を輝かせて見下ろした。そして、その輝きのまま、白い歯を出してふわっと笑った。
「わあ、凄い。とっても美味しそう……! これ、誰が作ったの?」
「ミチオさんって人ですよ。呼んできますか?」
「いいのいいの、忙しいのにそんなこと。そう、彼はなんか言っていた?」
「リクエスト嬉しそうでしたよ」
カスミはそれを聞いて小さく頷いた。そして添えてあるフォークで早速ケーキを頬張る。焼きたてのそれを味わうように目を閉じ、満足そうにする。
「ああ、いい香り。とっても美味しいわ、ありがとうと伝えておいてもらえる?」
「かしこまりました」
ワタルはそう言って下がる。カスミの喜びように、こちらも嬉しくなってしまった。ちらりと振り返ると、大事なものを食べるようにゆっくり味わっている。そんな光景がたまらなく幸せだと思った。
厨房に戻ったワタルは早速、カスミが大喜びしていましたとミチオに伝えた。彼は短く『そうか』と答えただけで、それ以上は何も言わなかった。
それからカスミは以前より来店のペースが落ちた。気になるメニューを制覇してしまったためだろうか。
それでも時折店に訪れては、紅茶のケーキか、時々違うものもリクエストをした。
少し変わったものが多いように思えた。時にはレストランで頼むには不思議な梅のおにぎり、とろろご飯。さつまいものケーキ、ただの目玉焼き。最初は面白いなと思っていたが、思えば外食だとそういった家庭的なものはなかなか食べられない。長く滞在していると、そういう物が欲しくなるんだろうなあと納得した。一軒くらい、家庭料理ばかりを出す店があってもいいのかもしれない。
ミチオにオーダーを通すたび、彼はどこか困ったような顔になった。とろろご飯や目玉焼きは簡単すぎて、シェフとして腕の見せ所がなくて残念に思っているのかもしれない。ワタルはそう考えていた。
ある日、またカスミが来店した。彼女は相変わらず明るくニコニコしながら隅の方の席に座り、メニューを開いてワタルを呼ぶ。
「ワタルくん、オーダーいい?」
「はい、どうぞ!」
「えっと、また一ついいかしら」
カスミが特別なものを注文するのはもはや恒例だったので、驚きもせず了承する。カスミは腕を組んで考えるようにした。
「メニュー外のものばかりだけどいいかしら」
「うちのシェフは喜んでいましたよ。今まではやっぱり、好物だったんですか?」
「ええ。私が好きなものばかり。
私はね、料理を作るのはあまり得意じゃないの。料理って奥深いと思うわ、目玉焼きですら、私が作るのと腕がある人では味が違うものなのよ」
「へえ、そうなんですか」
「色々お願いしちゃったわよね。ふふ、紅茶のケーキから始まって……色々……」
そう言いながら、カスミの目がすっと細くなる。ワタルはその表情を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。
悲しみ? いや、どこか怒り? 寂しさか、何なのか。このタイミングで一体なぜ彼女がそんな顔をするのかわからなかった。辛い過去でも思い出しているんだろうか。
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