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4.長い時を経て
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「……あ、恋人、ですか」
サラリと答えられたことに面食らう。ヒロシは頷いた。
「結婚の約束もしてました。でも、叶わなかった。幼馴染だったんです、彼女が小さな頃から知っている。僕の方がちょっと年上だったんですけど、後ろをついて回る可愛い子でした」
「へえ、幼馴染!」
「可愛い子でした。サエって言うんですけど、近所の男子の中でも人気で……しまった、惚気か」
恥ずかしそうに言うヒロシにワタルは笑った。何度も会ってきたのに、こんな話を聞くのは初めてだ。嬉しくて心が躍る。
幼馴染の恋人がいたとは。まるで漫画や小説に出てきそうな関係ではないか。
「サエさんっておっしゃるんですか! 早くくるといいですね」
「ええ、サエは必ず来てくれます」
「いい人なんでしょうね」
「いい子です。ただそれより、僕らは約束していたんです」
そう言ったヒロシの表情が突然、固くなる。ワタルもどきりとしてしまうほど、彼の目の色は悲しみに満ちていた。
じっとワタルを見上げる。そのまっすぐな視線に、動けない、と思った。悲痛な叫びが、目の奥に潜んでいる気がして。
「…………別れる時にね。もし帰って来れなかったら、待っているよって。僕はずっと待っているから、いつか必ず来てねって、約束したんです」
そこまで言ったヒロシは、ふいっと視線を落とした。その様子に、見えない壁を感じた。
ワタルはただ立ち尽くし、一歩も動けなかった。
理解したのだ。どうもぼんやりした言い方は、これ以上聞いてくれるなという意思を感じる。言いたくない理由がそこにある。
でも、言葉に出さなくてもわかる。
ワタルとは比べ物にならないほどの大人びた雰囲気、人には言えない心の傷。もう帰ってこれないかもしれないと分かっている旅立ち。
自分と生きてきた時代がだいぶ違うと、ワタルは知った。
愛する人を置いて、戻れるかわからない戦いに行く。そして多分、ヒロシは戻って来れなかった。サエを置いたまま、遠い地で亡くなったんだろう。
結婚の約束も、果たせずに。
「……オムライスと、コーヒーでしたね、すぐにお持ちします」
震える声でワタルは答えた。ヒロシはにっこり笑って頷いた。
裏へ入ると、ケンゴが辛そうな顔をしてこちらを見ていた。どうも、働きながらヒロシの話を聞いていたらしい。そして勘づいたんだろう。
オーダーを通したあと、ワタルはため息をついた。そんな彼に、ケンゴが近づく。
「辛いなあ。俺らには理解できない苦しみがあるんだろうなあ」
「……平和って、ありがたいよね」
ヒロシがあまり自分の話をしたがらないわけがようやくわかった。特にワタルたちのような若くて時代が違う人には話しにくいのかもしれない。今日は随分話してくれた方だ、誰かに話したい気分だったんだろうか。
長い時間、たった一人の女性を想って待ってる。それは美談のようで、でもあまりに残酷だった。
ワタルやケンゴには分かることのない体験だ。
「サエさん、早く来てあげてほしいな」
ケンゴが小声で言った。ワタルは頷く。
「再会できたら……それはとっても感動的だろうね」
「できたら、な。できなかったらのことを考えると、辛くてたまらねえけどな」
「できないなんて。そんな事」
「何十年も経てば人は変わるだろ。もしかしたら、変わざるを得なかった環境だったかも。生きるだけでも大変な時代だろうからなあ」
それは正しい意見でもあった。ワタルはぐっと言葉に詰まる。
悲しい思いをして離れ離れにされ、その後も会えずにいるなんて。そんなことがあるのなら、神様なんていないとすら思う。
どうかサエさんが、ここに来てほしい。
そう強く強く、祈った。
サラリと答えられたことに面食らう。ヒロシは頷いた。
「結婚の約束もしてました。でも、叶わなかった。幼馴染だったんです、彼女が小さな頃から知っている。僕の方がちょっと年上だったんですけど、後ろをついて回る可愛い子でした」
「へえ、幼馴染!」
「可愛い子でした。サエって言うんですけど、近所の男子の中でも人気で……しまった、惚気か」
恥ずかしそうに言うヒロシにワタルは笑った。何度も会ってきたのに、こんな話を聞くのは初めてだ。嬉しくて心が躍る。
幼馴染の恋人がいたとは。まるで漫画や小説に出てきそうな関係ではないか。
「サエさんっておっしゃるんですか! 早くくるといいですね」
「ええ、サエは必ず来てくれます」
「いい人なんでしょうね」
「いい子です。ただそれより、僕らは約束していたんです」
そう言ったヒロシの表情が突然、固くなる。ワタルもどきりとしてしまうほど、彼の目の色は悲しみに満ちていた。
じっとワタルを見上げる。そのまっすぐな視線に、動けない、と思った。悲痛な叫びが、目の奥に潜んでいる気がして。
「…………別れる時にね。もし帰って来れなかったら、待っているよって。僕はずっと待っているから、いつか必ず来てねって、約束したんです」
そこまで言ったヒロシは、ふいっと視線を落とした。その様子に、見えない壁を感じた。
ワタルはただ立ち尽くし、一歩も動けなかった。
理解したのだ。どうもぼんやりした言い方は、これ以上聞いてくれるなという意思を感じる。言いたくない理由がそこにある。
でも、言葉に出さなくてもわかる。
ワタルとは比べ物にならないほどの大人びた雰囲気、人には言えない心の傷。もう帰ってこれないかもしれないと分かっている旅立ち。
自分と生きてきた時代がだいぶ違うと、ワタルは知った。
愛する人を置いて、戻れるかわからない戦いに行く。そして多分、ヒロシは戻って来れなかった。サエを置いたまま、遠い地で亡くなったんだろう。
結婚の約束も、果たせずに。
「……オムライスと、コーヒーでしたね、すぐにお持ちします」
震える声でワタルは答えた。ヒロシはにっこり笑って頷いた。
裏へ入ると、ケンゴが辛そうな顔をしてこちらを見ていた。どうも、働きながらヒロシの話を聞いていたらしい。そして勘づいたんだろう。
オーダーを通したあと、ワタルはため息をついた。そんな彼に、ケンゴが近づく。
「辛いなあ。俺らには理解できない苦しみがあるんだろうなあ」
「……平和って、ありがたいよね」
ヒロシがあまり自分の話をしたがらないわけがようやくわかった。特にワタルたちのような若くて時代が違う人には話しにくいのかもしれない。今日は随分話してくれた方だ、誰かに話したい気分だったんだろうか。
長い時間、たった一人の女性を想って待ってる。それは美談のようで、でもあまりに残酷だった。
ワタルやケンゴには分かることのない体験だ。
「サエさん、早く来てあげてほしいな」
ケンゴが小声で言った。ワタルは頷く。
「再会できたら……それはとっても感動的だろうね」
「できたら、な。できなかったらのことを考えると、辛くてたまらねえけどな」
「できないなんて。そんな事」
「何十年も経てば人は変わるだろ。もしかしたら、変わざるを得なかった環境だったかも。生きるだけでも大変な時代だろうからなあ」
それは正しい意見でもあった。ワタルはぐっと言葉に詰まる。
悲しい思いをして離れ離れにされ、その後も会えずにいるなんて。そんなことがあるのなら、神様なんていないとすら思う。
どうかサエさんが、ここに来てほしい。
そう強く強く、祈った。
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