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二人の未来⑦
しおりを挟む蒼一さんは積まれた段ボールを見渡しながら話題を変えるようにして言った。
「さて。引っ越しも無事済んだことだし、狭いけど新生活だね。咲良ちゃん、今更だけど約束しよう」
「約束ですか?」
「一番大事なこと。
嘘をつかず、言いたいことはちゃんと言う。まずはこれだ」
柔らかく笑って蒼一さんがそう言った。私も釣られて頬が緩む。
今まではお互い様子見しながらの生活だった。でもそんな遠慮はいらない、今後はちゃんと夫婦として暮らしていこう。蒼一さんはそう言ってくれてるんだ。
彼はさらに続ける。
「きっと咲良ちゃんから見て苛立つ時もあるだろうし、不満だって絶対出てくる」
「ええ、そんなこと」
「それが普通なんだよ。暮らしてきた環境も違うんだ、全部の価値観が合うわけがない。
大事なのはそれをどこまでお互い歩み寄るか、だよ。一人が我慢するのは一番だめだ」
真剣な彼の表情に、私は頷いた。そうだ、彼の言うことは尤もなこと。私だって蒼一さんから見たら至らないことなんてたくさんある。それを二人で少しずつ歩いていくんだ。
「はい、わかりました」
「うん。頑張ろうね」
蒼一さんは笑いながら早速段ボールを漁り出す。私も荷解きを始めようとした時、言おうと思っていたことを思い出し、伝えたくて声を出した。
「蒼一さん」
「ん?」
「あの話なんですけど……
挙式だけ、もう一回してもいいですか?」
段ボールから手を離し、蒼一さんが振り返った。少し驚いた顔をしている。
多分今までの私だったら遠慮していらないです、と言っていたと思う。実際話を聞いた直後は二回目の結婚式なんて、と思っていた。
でもやっぱりやろうと思う。それは、これからはちゃんと二人で夫婦として歩んでいこうという決意の表明というか、ケジメのようなものとして。
蒼一さんがふにゃりと嬉しそうに笑った。そして大きく頷く。
「うん、そうしよう! 友達や、咲良ちゃんのご両親だけ呼ぶとか」
「それも考えたんですけど……もう盛大な式は一度やってるし、二人きりでもいいかなって。ゆっくり穏やかにやりたいなあって」
なぜか恥ずかしくなって俯く私の手を、蒼一さんが握った。目を細めて私を見下ろし、優しい声で答えてくれる。
「そっか、分かった。じゃあちょっと遠出とかする? 僕ら新婚旅行とかなかったし」
「旅行ですか!」
「うん、どうかな」
「楽しみです!」
一気にテンションが上がって飛び跳ねる私を見て、蒼一さんが笑った。
その後、私たちは新生活をスタートさせた。
今までずっと緊張だらけだった家は、次第に居心地のいいものへと変わっていった。もちろんまだ心臓が速まる場面も多々あるのだが、並んで座ってテレビを見たり、休日は二人して寝坊してみたり、食べたいケーキが被ってジャンケンしてみたり。そんなたわいないやりとりが全て幸福に思えるものだった。
そして約束通り、挙式に向けてもすぐに準備を始めた。私は初めてのことに戸惑いながら、資料などを集めたりして色々調べ抜いた。
式場や衣装の選択。髪型やメイク、ブーケの種類。思った以上に悩むことが多い。目をぐるぐるさせながら困っている私と、なぜか楽しそうにしている蒼一さん、普通は立場が逆ではないのだろうか。
でも、何度も行うドレスの試着にも笑顔で付き合ってくれ、褒めながらもそれとなく意見を出してくれる蒼一さんに、スタッフの人が「素敵なパートナーですね」と耳打ちしてくれたのはいい思い出だ。こんな体験をするなんて思ってもみなかった。
そして私たちは海の見える教会に二人で足を運び、ついにその日を迎えた。
並べられたメイク道具やアクセサリー。掛けられたウェディングドレス。控え室で、ドキドキしながらそれを眺めた。
天気には恵まれ、青空と真っ白な雲が美しく見える日だった。教会から見える海は濁りのない色で、うっとりするほどの絶景が広がっていた。
この日のために磨き抜いた自分が大きな鏡に映っている。そこへ、メイク係の人が笑顔で声を掛け、私の肌に触れ出した。そういえば前の結婚式も、こうやってメイクしてもらったんだっけ。ほんと、あんまり記憶に残ってないや。
自分で施すものとはどこか違う。プロの技術とはすごいもので、あのパーティーの時も思ったが彼らがしてくれるとぐっと大人っぽく見えるのはなんでなんだろう。普段とは違うファンデーションの香りに目を瞑る。
髪型も髪飾りも、自分で選んだものだ。丁寧に巻かれていく髪をじいっと見つめる。
今回の式は来客などいないというのに、それでも緊張してしまっていた。ワクワクもするしドキドキもする。二回目でも結婚式ってこんな感じなんだ、と感心した。私が緊張しやすいだけなのかな。
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