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二人の未来⑤

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「本当にありがとう、ごめんね。助かった」

「離婚、しないんだろ?」

 蓮也がそう言ったので顔を上げる。彼はどこか寂しそうな、それでいて嬉しそうな複雑な顔をしていた。私は少し答えに詰まりながらも、こくんと頷いた。

「うん。するのはやめたの」

「だと思った」

 蓮也は小さく笑う。不思議に思い見てみると、蓮也は小さくため息をついた。

「詳しいことは知らないけどさ。
 あの人、いつもビシッとしてて大人な感じなのに、あんなボロボロの格好で余裕ない顔してたんだから、そりゃ俺でも勘づくよね」

 彼の言葉を聞いて思い出した。昨夜私を迎えに来てくれた蒼一さんのことを。

 確かに普段とはまるで違った蒼一さんだった。服装も髪型も乱れて、いつもなら礼儀正しいのに余裕なくあそこから立ち去った。普段とはだいぶイメージが違ったかもしれない。

「聞いた話だけど、どっかで高校の名簿でも入手したのかな。咲良と仲良い友達とか電話して話聞いたり、連絡つかない人はああやっていろんな家回って探してたらしいよ。んで俺のところにも来た、と」

 そうだったんだ……と、初めて知る事実に驚いた。確かに、行き先は誰にも告げなかったしどうして蓮也の家がわかったんだろうと思っていた。ずっと前からいろんな友達のところを探し回っていたんだ。

 蓮也は優しく微笑む。

「うまくいきそう?」

「……うん、ちゃんと話した。私の気持ちも伝えて、蒼一さんの気持ちも伝えてもらった」

 蓮也にこんなことを言うのは何だか心苦しかった。でも隠すのはもっと残酷なことなので、私はしっかり彼の目を見て告げた。

 蓮也も視線を逸らすことなくじっと私を見ている。いつだって私に正直にぶつかってきてくれた彼のそんな顔を見るのは、何だか辛かった。

 蓮也が何度か小さく頷く。

「……そっか、そうだったのか。よかった。俺、余計なことしちゃったりしたかも。蒼一って人にも謝っといて」

「え?」

「咲良」

 蓮也が低い声で私を呼んだ。つい無意識に背筋が伸びるような呼び声だった。彼はわずかに口角を上げて、私に伝えてくれた。

「本当に、好きだったよ」

 真っ直ぐ言ってくれたそんな言葉を聞いてぐっと胸が苦しくなる。なんて答えていいかわからなかった。なぜか私が泣きそうになったのを必死に堪える、私が泣く番なんかじゃない。

 昔からずっと仲良くしてくれた唯一の異性の友達だった。幼馴染みたいな感じでずっと隣にいたけど、そんな彼の気持ちに気づかなかった自分の鈍さが憎い。

 私にくるりと背を向けて立ち去ろうとする蓮也に、慌てて声をかけた。

「蓮也、ありがとう!
 いつも話聞いてくれて……背中を押してくれたから。感謝してる。本当にありがとう!」

 そういうと、進みかけた足がぴたりと止まった。ゆっくり彼が振り返る。少し鼻を赤くした短髪の彼は、白い歯を出して笑った。

「もう離婚とかすんなよ」

 ふざけたようにそう言うと、蓮也は足早にそこから去っていった。彼の後ろ姿が見えなくなるまでじっと見送る。
 
 気持ちを伝えないと後悔するよ、と言ってくれた蓮也の言葉を思い出す。あれほど説得力のあるセリフもない。彼はちゃんと私に気持ちを伝えてくれていたんだから。

 いつかきっと、またどこかで会えた時、私も彼もお互い幸せでありたいと心から思った。

「咲良ちゃん?」

 背後から声がする。振り返ると蒼一さんが玄関から出てきたところだった。私が持つ荷物を見てすぐに察したのか、すっとカバンを受け取りながら言った。

「蓮也くん、来てくれたんだ」

「はい、私の親に住所聞いたみたいで。届けてくれました」

「僕もお礼言わなきゃいけなかったのにな。昨日失礼な態度取った」

「余計なことしたのかもって、蒼一さんに謝っといてって言われました」

 言われたことをそのまま伝えると、蒼一さんは何やら思い当たる節があるらしくああ、と小さく呟いた。何かを思い出しているようにぼんやり上を見上げる。

 私は首を傾げて詳しく聞こうと思ったけれど、あえて聞かないことにした。二人の間で何かがあったのかもしれない。

 もう見えなくなったあの後ろ姿をぼんやり二人で並びながら眺めていると、蒼一さんが言った。

「僕、聞いてた。蓮也くんが咲良ちゃんを好きだってこと」

「え!」

「本人が直接言ってたから。
 ちゃんと正々堂々と好きだって言えるその真っ直ぐさは、僕にはなくて凄いなと思ってた」

 少し切なそうに言う彼に、それは私も一緒だと心の中で呟いた。

 姉の婚約者、七歳の年の差。それは私たちが恋をしていると大声で言うにはどうも大きな障害だった。私も蒼一さんも、なかなか言い出せなかった。

 臆病すぎた私たち。

「これからはいえなかった分何度も言うね。咲良ちゃんが好きだって」

 隣からそんな言葉を降らせた彼を見上げる。優しい目で見てくるその眼差しに言葉をなくした。

 私もです、と伝えたかったのに、私の喉からは何も声が出てこなかった。



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