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二人の未来①

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「すぐにここは引っ越そうと思う」

 お風呂から上がり、久々に入る蒼一さんの寝室でベッドに腰掛けて待っていた。彼も入浴を済ませ、部屋へ入ってくる。どきりとした私をよそに、隣に腰掛けた蒼一さんは第一声にそう言った。

「え?」

 私は聞き返す。彼はまだ毛先を少し濡らしたまま言った。

「ここはあまりにうちの家と近すぎる。新田さんも知ってるし。だからすぐにどこか引っ越そう」

「すぐにですか?」

「本当はマンションとか、家とか買って引っ越すのが一番なんだけど、選んでる時間もないからね。どこでもいいから賃貸を借りて引っ越す。明日にでも探しに行こう」

 真剣な目でそう言ってくれた。まさかそんなことを提案されるなんて思ってなかった私は驚く。蒼一さんは眉を顰めて言う。

「もう二人には絶対接触しなくていいから。あれで懲りたといいんだけど。そうだとしても、顔見るだけで気分悪いでしょ?」

「そ、そんな」

「僕は気分悪いよ。まあ、僕が言うなって話なんだけどね。僕が一番咲良ちゃんを傷つけてたから」

 少しだけ視線を落として蒼一さんが言った。その切なげな表情を見て、私は強く首を振る。

「そんなことないです。私も気持ちを隠してたのがいけなかったんです」

「ううん、あまりに馬鹿だった。早くちゃんと自分の気持ちを伝えてればこんなことにならなかった。謝っても謝り切れることじゃない」

 そう言った蒼一さんは、揺れる瞳でこちらを見た。そして真剣な声色で言う。

「自分でも知らなかった。こんなに臆病だったなんて。仕事だって人間関係だって、今までそれなりに軽くこなしてきたつもりだったのに、一番大事な時にだめだった。
 これからはもうちゃんとする。絶対にもう咲良ちゃんに悲しい思いはさせない」

 あまりに強い視線で見つめられ、私は動けなくなった。

 私にとって蒼一さんは大人でいつでも余裕があって、そんな彼が自分を臆病だと言っているのは驚きだった。でもなぜかそんな言葉が嬉しい。

 早くなっていく心臓の音を自覚しながら、私は小さく頷いた。そして答える。

「ありがとうございます……。臆病なのは私も同じです、蒼一さんと同じように、これからはちゃんとします。蒼一さんこそ、何か不満があったらどんな小さなことでも言ってください。必ず直します」

「不満なんて」

 驚いたように目を丸くした蒼一さんは、すぐに考え込むように唸った。そして何かを思い出したような表情になると、立ち上がり私の正面に立った。彼の顔を見上げると、私の手をそっと取る。

「不満じゃないんだけど、一個聞いておこうと思ってた。なんで蓮也くんの家にいたの?」

「え」

 蒼一さんはどこか困ったような顔をしていた。私は慌てて説明する。

「朝たまたま会ったんです……! 私の様子を見て心配してくれて、家に来ていいよって。実家に帰って色々聞かれるのは辛いなと思ってたから、彼の言葉に甘えたんです」

「ふうん……」

「あ! あの家は蓮也の一人暮らしじゃないですよ、朝はお姉さんもいて。夜にはバイトから帰ってくる予定だったんです」

 私の説明にも、どこか彼は不満そうな顔をしていた。怒っている、とはまた違う顔だ。悲しげで拗ねたような顔で、そんな蒼一さんの顔は初めて見る気がした。

「何してたの?」

「お茶して、あとは眠くて私は寝ちゃってました」

「……ふうん……」

「…………あの、もしかして、妬いてくれてますか?」

 恐る恐る、聞いてみた。そうであってほしいという私の願望でもある。だって、蒼一さんのこんなところ見たことがないから。

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