84 / 95
二人の未来①
しおりを挟む「すぐにここは引っ越そうと思う」
お風呂から上がり、久々に入る蒼一さんの寝室でベッドに腰掛けて待っていた。彼も入浴を済ませ、部屋へ入ってくる。どきりとした私をよそに、隣に腰掛けた蒼一さんは第一声にそう言った。
「え?」
私は聞き返す。彼はまだ毛先を少し濡らしたまま言った。
「ここはあまりにうちの家と近すぎる。新田さんも知ってるし。だからすぐにどこか引っ越そう」
「すぐにですか?」
「本当はマンションとか、家とか買って引っ越すのが一番なんだけど、選んでる時間もないからね。どこでもいいから賃貸を借りて引っ越す。明日にでも探しに行こう」
真剣な目でそう言ってくれた。まさかそんなことを提案されるなんて思ってなかった私は驚く。蒼一さんは眉を顰めて言う。
「もう二人には絶対接触しなくていいから。あれで懲りたといいんだけど。そうだとしても、顔見るだけで気分悪いでしょ?」
「そ、そんな」
「僕は気分悪いよ。まあ、僕が言うなって話なんだけどね。僕が一番咲良ちゃんを傷つけてたから」
少しだけ視線を落として蒼一さんが言った。その切なげな表情を見て、私は強く首を振る。
「そんなことないです。私も気持ちを隠してたのがいけなかったんです」
「ううん、あまりに馬鹿だった。早くちゃんと自分の気持ちを伝えてればこんなことにならなかった。謝っても謝り切れることじゃない」
そう言った蒼一さんは、揺れる瞳でこちらを見た。そして真剣な声色で言う。
「自分でも知らなかった。こんなに臆病だったなんて。仕事だって人間関係だって、今までそれなりに軽くこなしてきたつもりだったのに、一番大事な時にだめだった。
これからはもうちゃんとする。絶対にもう咲良ちゃんに悲しい思いはさせない」
あまりに強い視線で見つめられ、私は動けなくなった。
私にとって蒼一さんは大人でいつでも余裕があって、そんな彼が自分を臆病だと言っているのは驚きだった。でもなぜかそんな言葉が嬉しい。
早くなっていく心臓の音を自覚しながら、私は小さく頷いた。そして答える。
「ありがとうございます……。臆病なのは私も同じです、蒼一さんと同じように、これからはちゃんとします。蒼一さんこそ、何か不満があったらどんな小さなことでも言ってください。必ず直します」
「不満なんて」
驚いたように目を丸くした蒼一さんは、すぐに考え込むように唸った。そして何かを思い出したような表情になると、立ち上がり私の正面に立った。彼の顔を見上げると、私の手をそっと取る。
「不満じゃないんだけど、一個聞いておこうと思ってた。なんで蓮也くんの家にいたの?」
「え」
蒼一さんはどこか困ったような顔をしていた。私は慌てて説明する。
「朝たまたま会ったんです……! 私の様子を見て心配してくれて、家に来ていいよって。実家に帰って色々聞かれるのは辛いなと思ってたから、彼の言葉に甘えたんです」
「ふうん……」
「あ! あの家は蓮也の一人暮らしじゃないですよ、朝はお姉さんもいて。夜にはバイトから帰ってくる予定だったんです」
私の説明にも、どこか彼は不満そうな顔をしていた。怒っている、とはまた違う顔だ。悲しげで拗ねたような顔で、そんな蒼一さんの顔は初めて見る気がした。
「何してたの?」
「お茶して、あとは眠くて私は寝ちゃってました」
「……ふうん……」
「…………あの、もしかして、妬いてくれてますか?」
恐る恐る、聞いてみた。そうであってほしいという私の願望でもある。だって、蒼一さんのこんなところ見たことがないから。
0
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。
待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。
しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。
※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。
欠陥姫の嫁入り~花嫁候補と言う名の人質だけど結構楽しく暮らしています~
バナナマヨネーズ
恋愛
メローズ王国の姫として生まれたミリアリアだったが、国王がメイドに手を出した末に誕生したこともあり、冷遇されて育った。そんなある時、テンペランス帝国から花嫁候補として王家の娘を差し出すように要求されたのだ。弱小国家であるメローズ王国が、大陸一の国力を持つテンペランス帝国に逆らえる訳もなく、国王は娘を差し出すことを決めた。
しかし、テンペランス帝国の皇帝は、銀狼と恐れられる存在だった。そんな恐ろしい男の元に可愛い娘を差し出すことに抵抗があったメローズ王国は、何かあったときの予備として手元に置いていたミリアリアを差し出すことにしたのだ。
ミリアリアは、テンペランス帝国で花嫁候補の一人として暮らすことに中、一人の騎士と出会うのだった。
これは、残酷な運命に翻弄されるミリアリアが幸せを掴むまでの物語。
本編74話
番外編15話 ※番外編は、『ジークフリートとシューニャ』以外ノリと思い付きで書いているところがあるので時系列がバラバラになっています。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる