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咲良の答え⑩

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「私はその、蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだとずっと思ってて」

「え?」

「いなくなって引きずってるのかなって。新田さんはお姉ちゃんと似たタイプだったし、お似合いだったから……私はそんな対象に見えてると思われてなかったんです」

 小さくなって言うと、彼は黙ってハンドルに突っ伏し顔を隠した。ボソリと小声で言う。

「……綾乃は親友って感じだったから。いや、言い訳はよくないな。第三者からは状況的にそう見えるのはしょうがない、ちゃんと言わなかった僕のせいだ。ごめん」

「い、いえ私が勝手に思い込んでただけで」

「ケーキは?」

 蒼一さんがやけに低い声で聞いてきた。その顔を見ると、どこか怒っているとさえ思えるような顔。私は正直に答えた。

「あの、蒼一さんに電話かけたんです。ゆっくり食事してきていいですよって伝えたくて……そしたらその、新田さんが出て。『誕生日ぐらい二人で食事に行こうと蒼一さんから誘われた』って、聞いて。美味しいケーキも食べるって言ってたから、作った物はゴミ箱に……」

 私の答えに、彼は大きく上を仰いだ。はあと深いため息も聞こえてくる。そんな様子が気になって、私は隣を見つめた。

「……くそ」

「蒼一さん?」

 彼からそんな言葉聞いたことが無かった私は驚いて声を出してしまった。そもそも、蒼一さんが苛立ってるところすら見たことないというのに。

 彼はゆっくり頭を戻すと、私の方を向いた。そしてしっかりした声で言う。

「正直に言う。あの日、大事なプロジェクトに関わってる人から相談があると聞いて新田さんと店に行った。その人はなかなか来なかった。途中で携帯を置いたままトイレに出たのは覚えてる。
 結局は相談があるなんて新田さんの嘘だとわかったんだ。その後彼女に告白されて、断って帰った。それが真相」

「え……」

「その……正直、彼女の好意は薄々感じてた。でもまさか、そういうことをするなんて思ってなくて。自分は甘いな」 

 蒼一さんは再び大きなため息を吐いた。私はあの日電話で交わした会話を思い出す。

 全部嘘だったんだ。新田さんの。そういえば確かに、新田さんからは会うたびにちょっと敵意を感じていた。

 真実を知って手が震える。私は愕然としてつぶやいた。

「ごめんなさい……私、蒼一さんの言葉より新田さんの言葉を信じたなんて」

「それまでの僕の態度がいけなかったんだ、咲良ちゃんは悪くない」

「でも。なんで蒼一さんを信じなかったんだろう。すごく簡単な答えだったのに。私」

「咲良ちゃん」

 震える私の手を、蒼一さんが握った。そのぬくもりを感じただけで、ぴたりと自分の手が収まるのを自覚する。顔を上げると、蒼一さんがじっとこちらを見ていた。

「僕は遠回りしすぎた。臆病だったせいで、前に進むことを恐れてたから。
 でももう迷わない。欲しいものはちゃんと欲しいと声を上げる。最初から全部やり直したい」

 そう言った彼は、もう片方の手でポケットを漁った。何かを取り出して囁く。

「初めからこうすればよかったんだ」

 大きな手がそっと開く。見覚えのあるものだ。傷ひとつない銀色にひかる小さな輪は、彼の手の真ん中で輝いていた。

 あ、と小さく声を漏らす。たった一度だけ身につけた指輪だった。

「僕と結婚して。君と一緒にいたいから」




 それはお姉ちゃんの身代わりなどではなく、私に向けられた言葉。

 私はただ、無言で蒼一さんの顔と目の前にある指輪を交互に見つめた。喜びと切なさで声をなくしてしまった。

 せっかく止まった涙がまたこぼれ落ちる。そんな私を見て、彼は何も言わずに指輪をはめてくれた。左手の薬指がくすぐったくて、違和感だ。

 輝く小さな石が、あんまりにも美しかった。それを目に焼き付けながら蒼一さんの顔を見上げてみれば、優しく微笑んでいた。

 声にならない声ではい、と言い、私は何度も頷いた。

 こんな言葉をもらえる日が来るなんて想像もしてなかった。だって、私たちの始まりは突然の結婚式から。心も通じ合えないまま過ごしてきた。好きですと言葉に出せずに押し殺す毎日だった。

 流れる涙を、蒼一さんが再び拭いた。そして笑顔を無くし、少しだけ私から視線を逸らした。

「でも……もしかしたら。咲良ちゃんには苦労かけることもあるかもしれない」

「え?」

「思い描いていた生活にはならないかも。
 それでも、僕の隣にいてくれますか」

 真っ直ぐな瞳に見つめられ、一瞬息をのんだ。それは蒼一さんの言う『苦労をかける』なんて言葉のせいではなく、彼のガラス玉みたいな目があまりに綺麗だったからだ。

「蒼一さんが隣にいてくれるなら……私にとってどんな人生も幸せです」

 今度はしっかり声を出して伝えた。掠れた声で格好はつかなかったが、とにかく彼に伝わればそれで十分だと思った。

 再びゆっくりとその腕に包まれる。今度は優しい力だった。緊張と安心感という両極端な感情に挟まれ、ただ必死に彼のシャツにしがみついた。

 何かを決意するように、蒼一さんが頷く。

 

 車の外は分厚い雲が未だ空を覆っていた。

 私たちを見守っていた月さえも、まるで隠れるように見えなくなった。


 

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