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咲良の答え⑦
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外はもう夜になっていた。心細いライトが道を照らしている。空はほとんどが雲で覆われていて星は見えなかった。でも、ほんの少しの隙間から満月がひっそりと顔を出していて私たちを見守っていた。転ばないように必死に足を回転させながら、蒼一さんに言わなくてはいけないことがあるんだと思い出す。
ただ、あまりに急だったから、心の準備も何もできていない。それに今、蒼一さんに話す雰囲気でもない。どこかピリピリしてる空気に、告白なんかできそうになかった。
ずんずんと二人進んでいく。人気のない静かなアパートの前には、蒼一さんの車がひっそり止まっていた。いまだ私の手首を握って進み続ける背中に、私は声をかける。
「あの、蒼一さん!? わた、私荷物が」
「また取りにくればいい」
「いや、お邪魔してたのにお礼も言えてなくて、蓮也とお姉」
私が蓮也の名前を出した途端、蒼一さんが突然足を止めた。ずっと引っ張られていた私は止まりきれず、彼の背中に勢いよくぶつかってしまう。よろめきながら体制を整えると、蒼一さんが振り返った。ぼんやりとした夜の世界に、余裕のなさそうな彼の表情が浮かび上がる。
突如、彼は私を両手に抱きしめた。息が止まりそうなほど強い力だった。ぽかん、としてしまう。
背中に回されたその腕は熱い。いつだったか家で彼に抱擁されたことがあった。立ちくらみだ、と笑っていたけれど、では一体これは何?
彼の背中に手を回す勇気はなかった。ただ棒立ちになりながら、そのぬくもりと香りに包まれてされるがままでいる。
ただ、もう会うこともないかもしれないと思っていた好きな人が目の前にいて、私を抱きしめてくれている。それだけで、自分の涙腺が緩むには十分なことだった。
もしかして、今なのかな。言うべきタイミングは。よくわからない状態だけどこれ以上のきっかけなんかないかもしれない。
私はなんとか声を出そうと思ったとき、それより早く蒼一さんの声が漏れた。
「何でよりにもよってここにいたの……」
「え」
「ううん、違うね。僕が全部悪かったんだ、咲良ちゃんが出て行ったのは僕のせいなんだから、こんなことを言う資格ないんだけど」
そして耳元で、蒼一さんが苦しそうに呟いた。
「ずっと好きだった」
聞き間違いかと疑った。夜風に紛れて落ちた何か適当な音を、私が脳内で求めていた言葉に置き換えたのかと。
だって、そんな言葉が耳に届くはずがない。ほしくてたまらなかった言葉を、蒼一さんが言うわけがないんだから。
「…………え」
それでも、信じられない私に再び彼は言葉をかけた。さっきより少し大きな声ではっきりと、呟く。
「咲良ちゃんがずっと好きだった」
夜風の悪戯などではなかった。間違いなく蒼一さんの声が私の脳を揺らした。状況についていけない自分は声も、それどころか吐息も漏らせずにただ黙っていた。
そっと蒼一さんが私を離す。視界に入ってきた顔は切なげで苦しそうな顔だった。私を覗き込むその瞳が、潤んで揺れていた。
「ずっと言えなくてごめん。臆病で、弱くてごめん。そのために苦しめた」
「……ま、ってください、……え?」
「優しくて、明るくて、人を思いやれる君が好きだった。ずっと昔から」
「嘘、です」
「嘘なんてつかない。信じられないかもしれない、でも信じてもらえるまで言う。
僕はずっと咲良ちゃんが好きだった」
真剣な目から、彼が嘘を言っていないなんてわかっていた。いや、元々彼はこんなタチの悪い冗談を言う人ではない。
ただ、あまりに急だったから、心の準備も何もできていない。それに今、蒼一さんに話す雰囲気でもない。どこかピリピリしてる空気に、告白なんかできそうになかった。
ずんずんと二人進んでいく。人気のない静かなアパートの前には、蒼一さんの車がひっそり止まっていた。いまだ私の手首を握って進み続ける背中に、私は声をかける。
「あの、蒼一さん!? わた、私荷物が」
「また取りにくればいい」
「いや、お邪魔してたのにお礼も言えてなくて、蓮也とお姉」
私が蓮也の名前を出した途端、蒼一さんが突然足を止めた。ずっと引っ張られていた私は止まりきれず、彼の背中に勢いよくぶつかってしまう。よろめきながら体制を整えると、蒼一さんが振り返った。ぼんやりとした夜の世界に、余裕のなさそうな彼の表情が浮かび上がる。
突如、彼は私を両手に抱きしめた。息が止まりそうなほど強い力だった。ぽかん、としてしまう。
背中に回されたその腕は熱い。いつだったか家で彼に抱擁されたことがあった。立ちくらみだ、と笑っていたけれど、では一体これは何?
彼の背中に手を回す勇気はなかった。ただ棒立ちになりながら、そのぬくもりと香りに包まれてされるがままでいる。
ただ、もう会うこともないかもしれないと思っていた好きな人が目の前にいて、私を抱きしめてくれている。それだけで、自分の涙腺が緩むには十分なことだった。
もしかして、今なのかな。言うべきタイミングは。よくわからない状態だけどこれ以上のきっかけなんかないかもしれない。
私はなんとか声を出そうと思ったとき、それより早く蒼一さんの声が漏れた。
「何でよりにもよってここにいたの……」
「え」
「ううん、違うね。僕が全部悪かったんだ、咲良ちゃんが出て行ったのは僕のせいなんだから、こんなことを言う資格ないんだけど」
そして耳元で、蒼一さんが苦しそうに呟いた。
「ずっと好きだった」
聞き間違いかと疑った。夜風に紛れて落ちた何か適当な音を、私が脳内で求めていた言葉に置き換えたのかと。
だって、そんな言葉が耳に届くはずがない。ほしくてたまらなかった言葉を、蒼一さんが言うわけがないんだから。
「…………え」
それでも、信じられない私に再び彼は言葉をかけた。さっきより少し大きな声ではっきりと、呟く。
「咲良ちゃんがずっと好きだった」
夜風の悪戯などではなかった。間違いなく蒼一さんの声が私の脳を揺らした。状況についていけない自分は声も、それどころか吐息も漏らせずにただ黙っていた。
そっと蒼一さんが私を離す。視界に入ってきた顔は切なげで苦しそうな顔だった。私を覗き込むその瞳が、潤んで揺れていた。
「ずっと言えなくてごめん。臆病で、弱くてごめん。そのために苦しめた」
「……ま、ってください、……え?」
「優しくて、明るくて、人を思いやれる君が好きだった。ずっと昔から」
「嘘、です」
「嘘なんてつかない。信じられないかもしれない、でも信じてもらえるまで言う。
僕はずっと咲良ちゃんが好きだった」
真剣な目から、彼が嘘を言っていないなんてわかっていた。いや、元々彼はこんなタチの悪い冗談を言う人ではない。
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