69 / 95
咲良の答え①
しおりを挟む小さなアパートの扉が開かれる。蓮也の後ろからこっそり中を覗き込むと、大きなサイズなスニーカーやヒールの靴が乱雑に並べられていた。隣にある靴箱には収まり切らない分らしい。蓮也が申し訳なさそうに言った。
「ごめん、狭いし散らかってる」
「あ、全然……」
私がそう答えたとき、部屋の内部から声がした。
「あれ蓮也ー? どーしたのあんた」
短い廊下の奥に見えるリビングらしきところから、ひょこっと女の人の顔が出てきた。私は慌てて頭を下げる。
ロングヘアに少しつり目のキリッとした人。蓮也のお姉さんが目を丸くして私を見た。
「あれ。見たことあるね、えーと」
「あま……藤田咲良です」
「あーそうだ咲良ちゃんだ! へー久しぶりじゃーん!」
お姉さんはニコニコしてこちらに近づいてきた。高校生の時、会ったことのある蓮也のお姉さんは全く変わらない姿でなぜかほっとした。高校の頃、みんなで蓮也の家に遊びに行った時、フレンドリーなお姉さんも混じって遊んだことがあるのだ。
道端で泣きじゃくる私を、蓮也は家に誘ってくれた。迷っている私に、今はお姉さんと二人でアパート暮らしをしていることを教えてくれた。蓮也のお姉さんは会ったことがあったし面白い人だったから、私はお言葉に甘えてお邪魔することに決めたのだ。どうせ行くあてもなかった。
お姉さんは蓮也に不思議そうに尋ねた。
「あんた仕事は?」
「今日は休んだ」
「え!?」
声を上げたのは私だ。仕事を休んだ? が、よく考えてみれば蓮也だって社会人なのだ、仕事があるのが当然。私は彼の服の裾を掴んで言う。
「ご、ごめん。そうだよね、仕事だったよね」
「あー全然いいから。今そんな忙しい時期じゃないし有給余ってるから使いたかったし」
蓮也はそうそっけなく言うと、話題を逸らすように今度はお姉さんに言う。
「つーか姉ちゃんは今日バイト休みっつってなかった? なんで化粧してんの」
「ああ、風邪で休む子がいるから来れないかって店長に頼まれたから急遽働くことに」
「まじか」
蓮也は気まずそうに私を振り返った。てっきりお姉さんがいるものと思って私を誘ったのだ。二人きりになってしまうが、ここでじゃあ帰りますというのもなんだか言いにくい。
……それに、私はもうそういうことを気にする必要はない。だって、離婚しちゃったから。
力なく微笑んでみせる。蓮也は察したようで、私を中へ促した。
「狭いけど。上がって」
「お邪魔します」
私は頭を下げて靴を脱ぐ。お姉さんがじっとこちらを見ているのに気がつく。蓮也は気づいていないのか、何事もないように言った。
「とりあえず荷物そこ置いといたら」
「あ、ごめん場所取るけど……」
「いいよ。こっち」
多くなってしまった荷物を玄関の隅に置かせてもらう。お姉さんが不思議そうに見ているのはこれだ。どう見ても訳ありなのは一目でわかる荷物の量。
それでも彼女は何も言わずにっこり笑った。
「入って入って~お茶とお菓子ぐらい出せるよ!」
「急に来たのにすみません」
「いいって。どうぞー」
部屋に足を踏み入れる。どこか可愛らしい部屋が目に入った。置いてあるインテリアやカーテンのデザインなど、蓮也が住んでるとは思えないものばかりで少し笑ってしまう。恐らくお姉さんの趣味だろう。
「どうした」
「いや、お部屋可愛くてびっくりしちゃった。蓮也が住んでるなんて」
「全部あの人が決めたからな」
蓮也は不服そうに言う。それにまた笑ってしまった。きっとお姉さんには逆らえないタイプなのだ。でも一緒に暮らしてるぐらいだから仲がいいんだな。
私はテレビの前にあるソファに座らせてもらった。早速お姉さんがお茶を持ってきてくれる。それと焼き菓子が入ったお皿も。
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよー。可愛い女の子は大歓迎! ゆっくりしてっていいんだよ」
優しく笑いかけてくれるこの人は、きっと何か勘付いているなと思った。そりゃあの荷物と目を赤くした私をみれば分かってしまうか。私は頭を下げた。
「じゃ、今日私は夜に帰るからね。泊まっていくなら全然泊まってくれていいから! 蓮也は変なことすんなよ」
「うるせえなバイト遅れるぞ」
「ったく口が悪い弟だなほんと。可愛い妹とかならよかったのに」
ブツブツいいながらお姉さんは鞄を手にする。そして私にだけ爽やかな顔で手を振ると、そのまま家を出て行ってしまったのだ。
1
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー


ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる