68 / 95
蒼一の決意⑧
しおりを挟む
『もしもーし? 珍しいわね蒼一』
久しぶりにきく綾乃の声だった。私はその瞬間ホッとする、そしてすぐに綾乃に助けを求めた。
「綾乃! 咲良が出ていった、どこにいるか分からないか?」
経緯も何も話さずそう言った。よほど自分が混乱していることがわかる。案の定、綾乃は面食らったように言った。
『え? 何よ喧嘩でもしたの?』
「そんな生易しいものじゃない。実家には帰ってなくて、友達のところにいるらしいんだ。でも全然分からなくて」
『何があったの? だってあの咲良が出ていくなんて考えられない。いつものほほんとしてて大概のことは笑って許すでしょう?』
「全部僕が悪い」
『よっぽどのことしたのね。あれだけあなたに一途な咲良が出ていくなんて』
サラリとどこか面白そうに言った綾乃の言葉を聞いて、私は言いかけた言葉をとめた。
あれだけ あなたに 一途な咲良が……
渇いた唇を少しだけ噛む。痛みが自分の心を落ち着ける唯一の材料な気がした。
『蒼一って普段要領いいくせに肝心なところ結構抜けてるから、きっと何かし』
「……綾乃」
『え?』
「咲良は……前から、僕のことが好きだったのかな?」
心にあった質問をついにぶつけた。
山下さんが教えてくれたケーキの件で、もしやという思いはあった。だが、それはこの一緒に暮らしてきた三ヶ月の間に咲良の気持ちに変化があったからなのか、それとももっと以前からのものかは分からなかった。
初めて咲良と一緒に寝る時、ガチガチに表情を固まらせていたあの子を見て、嫌なんだなと思っていた。好きな人がいると断言した言葉を聞いて、他に想いを寄せる男性がいるのだなと思っていたのだ。
しかし耳に飛び込んできたのは、綾乃の罵声だった。
『はあ!? あんたたちもう三ヶ月も一緒に暮らしてるんじゃないの? 何を今更なことを言ってんのよ!』
その確かな答えを聞いて、私はその場に座り込んだ。全身の力が抜け、もはや立っている余力などなかった。
綾乃は続ける。
『まさか今気づいたっていうの? 馬鹿じゃないの!』
「……無理矢理嫁いだのかと思ってた」
『あのね! そもそも、あの子は私の大事な妹なの。いくら自分が結婚するのが嫌だからって、その皺寄せが妹にいくのをわかってながらあんなことするはずないでしょ?
私は知ってたからよ。蒼一の気持ちも、咲良の気持ちも。だからあの計画を持ちかけたのよ!』
息荒くそう怒鳴る綾乃の声を聞きながら、ただ自分の愚かさに目眩を覚えた。
今まで自分がやってきた行動が全て蘇ってくる。
初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。
咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。
好きな男がいるのかと聞いたこと。
震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。
咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。
なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。
『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』
「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」
手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。
「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」
『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』
「ごめん」
『謝るのは私じゃないでしょ』
厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。
たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
もうそばにはいなくなってしまったあの愛しい人を、このまま手放す気なんてなかった。
「咲良を探したい」
私の決意に、綾乃は一つだけ息を吐いた。
久しぶりにきく綾乃の声だった。私はその瞬間ホッとする、そしてすぐに綾乃に助けを求めた。
「綾乃! 咲良が出ていった、どこにいるか分からないか?」
経緯も何も話さずそう言った。よほど自分が混乱していることがわかる。案の定、綾乃は面食らったように言った。
『え? 何よ喧嘩でもしたの?』
「そんな生易しいものじゃない。実家には帰ってなくて、友達のところにいるらしいんだ。でも全然分からなくて」
『何があったの? だってあの咲良が出ていくなんて考えられない。いつものほほんとしてて大概のことは笑って許すでしょう?』
「全部僕が悪い」
『よっぽどのことしたのね。あれだけあなたに一途な咲良が出ていくなんて』
サラリとどこか面白そうに言った綾乃の言葉を聞いて、私は言いかけた言葉をとめた。
あれだけ あなたに 一途な咲良が……
渇いた唇を少しだけ噛む。痛みが自分の心を落ち着ける唯一の材料な気がした。
『蒼一って普段要領いいくせに肝心なところ結構抜けてるから、きっと何かし』
「……綾乃」
『え?』
「咲良は……前から、僕のことが好きだったのかな?」
心にあった質問をついにぶつけた。
山下さんが教えてくれたケーキの件で、もしやという思いはあった。だが、それはこの一緒に暮らしてきた三ヶ月の間に咲良の気持ちに変化があったからなのか、それとももっと以前からのものかは分からなかった。
初めて咲良と一緒に寝る時、ガチガチに表情を固まらせていたあの子を見て、嫌なんだなと思っていた。好きな人がいると断言した言葉を聞いて、他に想いを寄せる男性がいるのだなと思っていたのだ。
しかし耳に飛び込んできたのは、綾乃の罵声だった。
『はあ!? あんたたちもう三ヶ月も一緒に暮らしてるんじゃないの? 何を今更なことを言ってんのよ!』
その確かな答えを聞いて、私はその場に座り込んだ。全身の力が抜け、もはや立っている余力などなかった。
綾乃は続ける。
『まさか今気づいたっていうの? 馬鹿じゃないの!』
「……無理矢理嫁いだのかと思ってた」
『あのね! そもそも、あの子は私の大事な妹なの。いくら自分が結婚するのが嫌だからって、その皺寄せが妹にいくのをわかってながらあんなことするはずないでしょ?
私は知ってたからよ。蒼一の気持ちも、咲良の気持ちも。だからあの計画を持ちかけたのよ!』
息荒くそう怒鳴る綾乃の声を聞きながら、ただ自分の愚かさに目眩を覚えた。
今まで自分がやってきた行動が全て蘇ってくる。
初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。
咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。
好きな男がいるのかと聞いたこと。
震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。
咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。
なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。
『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』
「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」
手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。
「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」
『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』
「ごめん」
『謝るのは私じゃないでしょ』
厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。
たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
もうそばにはいなくなってしまったあの愛しい人を、このまま手放す気なんてなかった。
「咲良を探したい」
私の決意に、綾乃は一つだけ息を吐いた。
1
お気に入りに追加
298
あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!
まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。
お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。
それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。
和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。
『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』
そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。
そんな…!
☆★
書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。
国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。
読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

あなたを愛する心は珠の中
れもんぴーる
恋愛
侯爵令嬢のアリエルは仲の良い婚約者セドリックと、両親と幸せに暮らしていたが、父の事故死をきっかけに次々と不幸に見舞われる。
母は行方不明、侯爵家は叔父が継承し、セドリックまで留学生と仲良くし、学院の中でも四面楚歌。
アリエルの味方は侍従兼護衛のクロウだけになってしまった。
傷ついた心を癒すために、神秘の国ドラゴナ神国に行くが、そこでアリエルはシャルルという王族に出会い、衝撃の事実を知る。
ドラゴナ神国王家の一族と判明したアリエルだったが、ある事件がきっかけでアリエルのセドリックを想う気持ちは、珠の中に封じ込められた。
記憶を失ったアリエルに縋りつくセドリックだが、アリエルは婚約解消を望む。
アリエルを襲った様々な不幸は偶然なのか?アリエルを大切に思うシャルルとクロウが動き出す。
アリエルは珠に封じられた恋心を忘れたまま新しい恋に向かうのか。それとも恋心を取り戻すのか。
*なろう様、カクヨム様にも投稿を予定しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる