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蒼一の決意⑧
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『もしもーし? 珍しいわね蒼一』
久しぶりにきく綾乃の声だった。私はその瞬間ホッとする、そしてすぐに綾乃に助けを求めた。
「綾乃! 咲良が出ていった、どこにいるか分からないか?」
経緯も何も話さずそう言った。よほど自分が混乱していることがわかる。案の定、綾乃は面食らったように言った。
『え? 何よ喧嘩でもしたの?』
「そんな生易しいものじゃない。実家には帰ってなくて、友達のところにいるらしいんだ。でも全然分からなくて」
『何があったの? だってあの咲良が出ていくなんて考えられない。いつものほほんとしてて大概のことは笑って許すでしょう?』
「全部僕が悪い」
『よっぽどのことしたのね。あれだけあなたに一途な咲良が出ていくなんて』
サラリとどこか面白そうに言った綾乃の言葉を聞いて、私は言いかけた言葉をとめた。
あれだけ あなたに 一途な咲良が……
渇いた唇を少しだけ噛む。痛みが自分の心を落ち着ける唯一の材料な気がした。
『蒼一って普段要領いいくせに肝心なところ結構抜けてるから、きっと何かし』
「……綾乃」
『え?』
「咲良は……前から、僕のことが好きだったのかな?」
心にあった質問をついにぶつけた。
山下さんが教えてくれたケーキの件で、もしやという思いはあった。だが、それはこの一緒に暮らしてきた三ヶ月の間に咲良の気持ちに変化があったからなのか、それとももっと以前からのものかは分からなかった。
初めて咲良と一緒に寝る時、ガチガチに表情を固まらせていたあの子を見て、嫌なんだなと思っていた。好きな人がいると断言した言葉を聞いて、他に想いを寄せる男性がいるのだなと思っていたのだ。
しかし耳に飛び込んできたのは、綾乃の罵声だった。
『はあ!? あんたたちもう三ヶ月も一緒に暮らしてるんじゃないの? 何を今更なことを言ってんのよ!』
その確かな答えを聞いて、私はその場に座り込んだ。全身の力が抜け、もはや立っている余力などなかった。
綾乃は続ける。
『まさか今気づいたっていうの? 馬鹿じゃないの!』
「……無理矢理嫁いだのかと思ってた」
『あのね! そもそも、あの子は私の大事な妹なの。いくら自分が結婚するのが嫌だからって、その皺寄せが妹にいくのをわかってながらあんなことするはずないでしょ?
私は知ってたからよ。蒼一の気持ちも、咲良の気持ちも。だからあの計画を持ちかけたのよ!』
息荒くそう怒鳴る綾乃の声を聞きながら、ただ自分の愚かさに目眩を覚えた。
今まで自分がやってきた行動が全て蘇ってくる。
初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。
咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。
好きな男がいるのかと聞いたこと。
震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。
咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。
なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。
『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』
「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」
手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。
「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」
『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』
「ごめん」
『謝るのは私じゃないでしょ』
厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。
たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
もうそばにはいなくなってしまったあの愛しい人を、このまま手放す気なんてなかった。
「咲良を探したい」
私の決意に、綾乃は一つだけ息を吐いた。
久しぶりにきく綾乃の声だった。私はその瞬間ホッとする、そしてすぐに綾乃に助けを求めた。
「綾乃! 咲良が出ていった、どこにいるか分からないか?」
経緯も何も話さずそう言った。よほど自分が混乱していることがわかる。案の定、綾乃は面食らったように言った。
『え? 何よ喧嘩でもしたの?』
「そんな生易しいものじゃない。実家には帰ってなくて、友達のところにいるらしいんだ。でも全然分からなくて」
『何があったの? だってあの咲良が出ていくなんて考えられない。いつものほほんとしてて大概のことは笑って許すでしょう?』
「全部僕が悪い」
『よっぽどのことしたのね。あれだけあなたに一途な咲良が出ていくなんて』
サラリとどこか面白そうに言った綾乃の言葉を聞いて、私は言いかけた言葉をとめた。
あれだけ あなたに 一途な咲良が……
渇いた唇を少しだけ噛む。痛みが自分の心を落ち着ける唯一の材料な気がした。
『蒼一って普段要領いいくせに肝心なところ結構抜けてるから、きっと何かし』
「……綾乃」
『え?』
「咲良は……前から、僕のことが好きだったのかな?」
心にあった質問をついにぶつけた。
山下さんが教えてくれたケーキの件で、もしやという思いはあった。だが、それはこの一緒に暮らしてきた三ヶ月の間に咲良の気持ちに変化があったからなのか、それとももっと以前からのものかは分からなかった。
初めて咲良と一緒に寝る時、ガチガチに表情を固まらせていたあの子を見て、嫌なんだなと思っていた。好きな人がいると断言した言葉を聞いて、他に想いを寄せる男性がいるのだなと思っていたのだ。
しかし耳に飛び込んできたのは、綾乃の罵声だった。
『はあ!? あんたたちもう三ヶ月も一緒に暮らしてるんじゃないの? 何を今更なことを言ってんのよ!』
その確かな答えを聞いて、私はその場に座り込んだ。全身の力が抜け、もはや立っている余力などなかった。
綾乃は続ける。
『まさか今気づいたっていうの? 馬鹿じゃないの!』
「……無理矢理嫁いだのかと思ってた」
『あのね! そもそも、あの子は私の大事な妹なの。いくら自分が結婚するのが嫌だからって、その皺寄せが妹にいくのをわかってながらあんなことするはずないでしょ?
私は知ってたからよ。蒼一の気持ちも、咲良の気持ちも。だからあの計画を持ちかけたのよ!』
息荒くそう怒鳴る綾乃の声を聞きながら、ただ自分の愚かさに目眩を覚えた。
今まで自分がやってきた行動が全て蘇ってくる。
初めて家に来た日に、指一本触れないと断言したこと。
咲良はそのままでいいと言ったのに、新しいベッドを買って寝室を別にしたこと。
好きな男がいるのかと聞いたこと。
震える声で進みたいと言ったのにできないと言ったこと。
咲良を傷つけてきた全てが……あまりに苦しい。
なんて馬鹿なんだ、自分は。拒絶されるのを恐れるあまり正直になろうとせず、逃げてばかりいた愚かさ。どうしてもっと早く自分の気持ちを伝えなかったんだろう。
『蒼一は鈍いみたいだけど、流石に一緒に暮らし始めればすぐお互い気づくと思ってたのよ。なのに……信じられないわ』
「……言葉もない。まさか、思ってもみなかったんだ」
手で顔を覆ったまま情けない声を漏らす。
「元々は綾乃の婚約者で、七も歳が離れてるし……兄としか思われてないと思ってた」
『馬鹿ね、本当に馬鹿。蒼一は頭いいくせに肝心なところで馬鹿だわ』
「ごめん」
『謝るのは私じゃないでしょ』
厳しく言われた言葉に顔を上げる。手のひらに握った指輪を取り出し、それを眺めた。眉間に皺を寄せ、固く口を結ぶ。
たくさん傷つけた。傷つけるだけ傷つけて逃してしまった。
もうそばにはいなくなってしまったあの愛しい人を、このまま手放す気なんてなかった。
「咲良を探したい」
私の決意に、綾乃は一つだけ息を吐いた。
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