片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

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咲良の決意④

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 会ったのはあのパーティーが最後。近くに住んでいるというのに、顔を合わせることもなかった。一応連絡先は結婚した直後に登録したのだが、使われる日が来るとは思っていなかった。

 すぐさま通話ボタンを押して耳に当てる。少し裏返った声で返事をした。

「も、もしもし!」

『もしもし? 咲良さんですか』

 やはりお母様だった。私は無意識に背筋を伸ばす。緊張で手汗をかいてしまう。

「はいそうです、ご無沙汰しております!」

『あのね。今日の午後少し時間あるかしら?』

「え?」

『うちでお茶しながらお話したいことがあるの』

 思っても見ない誘いに息が止まった。蒼一さんのお母様が私をよく思っていないことは自覚している。だからこそ、お茶に誘われるだなんて! 夢にも思っていなかった。

 私は単純に嬉しかった。結婚してしばらく経つし、ようやく嫁として接してくれるようになったのだと感激する。

「もちろん大丈夫です!」

『そう、よかった。三時にうちの家に来て下さいね。美味しい紅茶を用意しておきます』

「あり、ありがとうございます!」

 つい吃りながら返事をした後、電話は切れた。私はスマホを両手で握りしめてその場で跳ねる。

 やっぱり、なんだかんだ好きな人の母親と仲良くなれるのは嬉しい。わだかまりをいつかどうにかしたいと思っていたのだ。

「はっ! 紅茶を用意しておくって言われたんだ、なんかお菓子でも買っていった方がいいかな!」

 私は狼狽えながら独り言を呟く。すぐにスマホでどんなものがいいか検索した。午後ならまだ時間があるし、美味しいお菓子でも持っていこう。

 ワクワクした気持ちに微笑んだ。同時に色々と頭の中で考えてしまう。自分の着ている洋服を眺めた。

「もうちょっと品のいい服にしよう……ワンピースとか? なんかいいのあったかな」

 ようやく誘ってもらえたんだ、仲良くとまではいかなくても、少しでもイメージを良くしたい。平日の午後ならお父様は仕事だろうし、二人だろうな。山下さんはいるのかな? ちょっと緊張しちゃう。

 そんなことを考えながら、私はとりあえず着替えるために寝室に走っていった。

 身だしなみを整え、その後は調べ上げた情報を頼りに外出し、美味しい洋菓子を買いに行った。お母様なら舌も肥えているだろうし変なものは買えない。ドキドキしながら店で時間をかけて吟味し、店員さんに勧められたものを購入した。

 緊張のため中々昼食も喉を通らず、時計と睨めっこしてばかり。約束の時刻が近くなると落ち着かず意味もなくうごきまわっていた。

 さて家を出ようとしたところ、玄関でばったり山下さんに会った。お母様のことで完全に忘れていたが、まだ今日の夕飯を作っていなかったのだ。

 私はお母様に呼び出されたことを告げ、今日は山下さんに料理を全てお願いすることにした。彼女は快く承諾してくれたが、どこか浮かない顔をしている気がした。

 だが急いでいた私は特に気にもとめず、そのまま家を出たのだった。







 うるさい心臓をなんとか抑えながらインターホンを鳴らす。手土産があることを再度確認し、姿勢を正してその場に立っていた。

 そのままスピーカーから返事はなく、直接玄関のドアが開かれた。大きくて広い玄関に、お母様が立ってそっと微笑んでいた。

「あ、こんにちは!」

「こんにちは、時間ぴったりね。どうぞ」

 招かれるままそうっと足を踏み入れる。ここにくるのは何も初めてではない、むしろ子供の頃だって何回か来ている。なのに今日はまるで別の場所に思えた。

 大理石の玄関から見えるカーブした階段。あそこで子供の頃は走り回って遊んだ。リビングから見える中庭ではボール遊びをした。いつだって蒼一さんは年下の私の遊びに付き合ってくれたんだ。

 靴を揃えてお母様に続く。掃除の行き届いたリビングへ向かうと、花のようないい香りがした。

「どうぞ掛けて」

「あ、あの、これ、お口に合えばいいんですが……」

「あらわざわざありがとう。突然呼び出したのに」

「手伝います!」

「いいのよ。ソファにでも座ってて」

 断られた私は、困りながらも言われた通りおずおずとソファに腰掛けた。ふかふかな座り心地の大きな黒いソファだった。落ち着かず、でもソワソワするのも行儀が悪いのでなんとかそのまま前を向いて待っていた。

 ふわりと紅茶のいい香りがした。お母様がそれをトレイに乗せて持ってきてくれる。

「ありがとうございます……!」

「お砂糖は?」

「このままで大丈夫です」

 お母様は私の目の前に腰掛けた。優雅な動きでついうっとりとしてしまう。洗練された女性だよなあと感心した。とても綺麗だし、天海家の奥様という名に相応しいと思う。

 置かれた紅茶をそっと手に取る。とてもいい香りだった。私はそっと啜る。

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