上 下
52 / 95

咲良の決意①

しおりを挟む


 昼間から仕込んで山下さんと準備した料理たちは完璧に仕上がり食卓に並べられていた。

 ここ最近練習して腕を上げた誕生日のケーキも、本番である今日、一番の出来に仕上がり満足していた。チョコプレートを置いた後、山下さんとハイタッチして喜んだぐらいだった。

 全て準備を整え、あとは蒼一さんの帰りをまつだけだった。今日は早く帰る、と言ってくれていた。ケーキを見てなんて言ってくれるかなとワクワクする心が収まらない。

 プレゼントで購入したボールペンを何度も確認する。ペンなら仕事でも使えるだろうし、何本あっても困らないだろうなと思ったのだ。喜んでくれるといいんだけれど。

 ソワソワと彼の帰宅を待っている時だった。ソファの上に置いておいたスマホが鳴る。近づいて手に取ってみると、蒼一さんからのメッセージだった。

『ごめん、急遽職場の人たちの相談を乗ることになって、少しだけ飲んでくるね。でもすぐに終わらせて帰るから』

「あらら」

 私は声を漏らした。少しだけがっかりするが、こればっかりはしょうがない。仕事の一部なのだ、私には到底理解できない難しいことだろう。それにすぐに終わらせる、と言ってくれてるんだもん、待つしかない。

 私は素直に納得して返事を返した。もしかしたら職場の人たちも蒼一さんの誕生日を祝ってあげたいのかも。それもありそう、うん、別にゆっくりしてきてもらっていい。

 返事をし終えたスマホは適当に放り、特にやることもない自分はウロウロと料理をチェックしたりキッチンを掃除したりしてみる。なんだかんだ落ち着かないのだ。

 動きながらふと、小さな包みが目に入る。蒼一さんのプレゼント、蓮也と選んだものだった。

 思えば酷なことをさせてしまった、まさか蓮也が私に好意を持っていたなんて全然知らなかったから、蒼一さんへのプレゼント選びに付き合わせるなんて。

 ぎゅっと自分の腕を掴む。

 帰り際、まっすぐな目で私に告白をし抱きしめてきた蓮也を、そっと離して謝った。気持ちには応えられない、と正直に言うと彼はとても傷ついた顔をした。長年友達をやってきて、蓮也のあんな顔を見たのは初めてだった。

「悪いことしたな……」

 彼がそんなふうに私を見ていたなんて、全然気づかなかった。

 蓮也はいいやつだ。気も合うし異性で仲がいいのは彼だけ。根は真面目だしきっと付き合えば幸せになれる。

 それでも、いくら女扱いされず書類上だけの妻とはいえ、私は今の環境を壊したくはなかった。辛いけど、でも蒼一さんのそばにいられるから。いつかもしかしたらお姉ちゃんを忘れて私を見てくれるかもしれない、っていうわずかな望みだけは持っていたい。

 私は偽装された夫婦関係を継続する。

「……蒼一さん、何時頃になるかな」

 時計を見上げてぼんやり思う。今頃どこかで食事をしてるのか、そう思えばこの夕飯はきついかも。私は食卓の上を見渡した。私もだが山下さんもかなり気合が入っていたので、量がかなりのものになっている。

「ううん、ケーキもあるもんね。ご飯は明日の夜でも食べれるようなものは明日に回そうかな」

 うんそうだ、せっかく職場の人たちと外食に行っているのに、きっと蒼一さんは私のことを気にしてあまり料理には手をつけずに帰ってきてくれそうだ。それはそれで勿体無いよね、帰りだってそんなに急がなくてもいい。夜遅くなったってお祝いはできる。

「連絡しようかな、こっちのことは気にせず食事してきていいですよって」

 私はそう思い立ちソファへと移動していく。適当に置かれたスマホを手に持ち、メッセージを打とうとして手を止めた。

 ……電話、したら迷惑かな。

 普段の自分だったら邪魔になってはいけない、と電話なんてしたことなかった。用があれば必ずラインだ。でも今日はなぜか、彼の声が聞きたいと思ってしまったのだ。誕生日というイベントが私の気持ちも大きくさせたのだろうか。

 出るのが無理だったらそれでいい、たまには掛けてみようか。こういうのってなんか、お、奥さんぽいっていうか……。

 私はドキドキしながら今までほとんど呼び出したことのない番号を選んだ。手短に伝えればいいよね、気にせずご飯食べてきてくださいって。ゆっくりしてきていいですよって。

 耳にコール音が響き渡る。ただの電話をするだけなのに心臓がうるさくてかなわない。平べったい機械を必死に耳に押し当てながら待っていると、相手が突然電話にでた。びくんと体が跳ねる。

「あ、も、もしもし蒼一さんですか!」

『もしもし?』

 耳に入ってきた声を聞いて止まる。それは想像していた彼の声ではなかった。落ち着いた、それでいて綺麗な女性の声だった。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

欠陥姫の嫁入り~花嫁候補と言う名の人質だけど結構楽しく暮らしています~

バナナマヨネーズ
恋愛
メローズ王国の姫として生まれたミリアリアだったが、国王がメイドに手を出した末に誕生したこともあり、冷遇されて育った。そんなある時、テンペランス帝国から花嫁候補として王家の娘を差し出すように要求されたのだ。弱小国家であるメローズ王国が、大陸一の国力を持つテンペランス帝国に逆らえる訳もなく、国王は娘を差し出すことを決めた。 しかし、テンペランス帝国の皇帝は、銀狼と恐れられる存在だった。そんな恐ろしい男の元に可愛い娘を差し出すことに抵抗があったメローズ王国は、何かあったときの予備として手元に置いていたミリアリアを差し出すことにしたのだ。 ミリアリアは、テンペランス帝国で花嫁候補の一人として暮らすことに中、一人の騎士と出会うのだった。 これは、残酷な運命に翻弄されるミリアリアが幸せを掴むまでの物語。 本編74話 番外編15話 ※番外編は、『ジークフリートとシューニャ』以外ノリと思い付きで書いているところがあるので時系列がバラバラになっています。

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

処理中です...