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咲良の決意①
しおりを挟む昼間から仕込んで山下さんと準備した料理たちは完璧に仕上がり食卓に並べられていた。
ここ最近練習して腕を上げた誕生日のケーキも、本番である今日、一番の出来に仕上がり満足していた。チョコプレートを置いた後、山下さんとハイタッチして喜んだぐらいだった。
全て準備を整え、あとは蒼一さんの帰りをまつだけだった。今日は早く帰る、と言ってくれていた。ケーキを見てなんて言ってくれるかなとワクワクする心が収まらない。
プレゼントで購入したボールペンを何度も確認する。ペンなら仕事でも使えるだろうし、何本あっても困らないだろうなと思ったのだ。喜んでくれるといいんだけれど。
ソワソワと彼の帰宅を待っている時だった。ソファの上に置いておいたスマホが鳴る。近づいて手に取ってみると、蒼一さんからのメッセージだった。
『ごめん、急遽職場の人たちの相談を乗ることになって、少しだけ飲んでくるね。でもすぐに終わらせて帰るから』
「あらら」
私は声を漏らした。少しだけがっかりするが、こればっかりはしょうがない。仕事の一部なのだ、私には到底理解できない難しいことだろう。それにすぐに終わらせる、と言ってくれてるんだもん、待つしかない。
私は素直に納得して返事を返した。もしかしたら職場の人たちも蒼一さんの誕生日を祝ってあげたいのかも。それもありそう、うん、別にゆっくりしてきてもらっていい。
返事をし終えたスマホは適当に放り、特にやることもない自分はウロウロと料理をチェックしたりキッチンを掃除したりしてみる。なんだかんだ落ち着かないのだ。
動きながらふと、小さな包みが目に入る。蒼一さんのプレゼント、蓮也と選んだものだった。
思えば酷なことをさせてしまった、まさか蓮也が私に好意を持っていたなんて全然知らなかったから、蒼一さんへのプレゼント選びに付き合わせるなんて。
ぎゅっと自分の腕を掴む。
帰り際、まっすぐな目で私に告白をし抱きしめてきた蓮也を、そっと離して謝った。気持ちには応えられない、と正直に言うと彼はとても傷ついた顔をした。長年友達をやってきて、蓮也のあんな顔を見たのは初めてだった。
「悪いことしたな……」
彼がそんなふうに私を見ていたなんて、全然気づかなかった。
蓮也はいいやつだ。気も合うし異性で仲がいいのは彼だけ。根は真面目だしきっと付き合えば幸せになれる。
それでも、いくら女扱いされず書類上だけの妻とはいえ、私は今の環境を壊したくはなかった。辛いけど、でも蒼一さんのそばにいられるから。いつかもしかしたらお姉ちゃんを忘れて私を見てくれるかもしれない、っていうわずかな望みだけは持っていたい。
私は偽装された夫婦関係を継続する。
「……蒼一さん、何時頃になるかな」
時計を見上げてぼんやり思う。今頃どこかで食事をしてるのか、そう思えばこの夕飯はきついかも。私は食卓の上を見渡した。私もだが山下さんもかなり気合が入っていたので、量がかなりのものになっている。
「ううん、ケーキもあるもんね。ご飯は明日の夜でも食べれるようなものは明日に回そうかな」
うんそうだ、せっかく職場の人たちと外食に行っているのに、きっと蒼一さんは私のことを気にしてあまり料理には手をつけずに帰ってきてくれそうだ。それはそれで勿体無いよね、帰りだってそんなに急がなくてもいい。夜遅くなったってお祝いはできる。
「連絡しようかな、こっちのことは気にせず食事してきていいですよって」
私はそう思い立ちソファへと移動していく。適当に置かれたスマホを手に持ち、メッセージを打とうとして手を止めた。
……電話、したら迷惑かな。
普段の自分だったら邪魔になってはいけない、と電話なんてしたことなかった。用があれば必ずラインだ。でも今日はなぜか、彼の声が聞きたいと思ってしまったのだ。誕生日というイベントが私の気持ちも大きくさせたのだろうか。
出るのが無理だったらそれでいい、たまには掛けてみようか。こういうのってなんか、お、奥さんぽいっていうか……。
私はドキドキしながら今までほとんど呼び出したことのない番号を選んだ。手短に伝えればいいよね、気にせずご飯食べてきてくださいって。ゆっくりしてきていいですよって。
耳にコール音が響き渡る。ただの電話をするだけなのに心臓がうるさくてかなわない。平べったい機械を必死に耳に押し当てながら待っていると、相手が突然電話にでた。びくんと体が跳ねる。
「あ、も、もしもし蒼一さんですか!」
『もしもし?』
耳に入ってきた声を聞いて止まる。それは想像していた彼の声ではなかった。落ち着いた、それでいて綺麗な女性の声だった。
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