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蒼一の戸惑い⑥
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咲良がケーキを焼いている姿を想像する。山下さんの指導の元、きっと必死になってやったに違いない。どんなものが仕上がっているのか思い浮かべるだけで頬が緩みそうだった。
きっと砂糖の代わりに塩が使ってあったとしても、私は美味しいと完食する自信がある。
ソワソワしながら木村さんの到着を待った。
ところが、だ。
彼はなかなか店に現れなかった。
私と新田さんはずっと注文をしないのも店に悪いと思いドリンクだけ先に飲んでいた。チラチラと時計を眺めては来ない約束の相手を待った。
新田さんも不思議そうに首を傾げながら『来ませんねえ』と呟く。焦る気持ちをなんとか隠しながら待つも、今日ばかりは気持ちの余裕がない。
一度トイレに立ち、戻ってきた時には店へ来てから三十分以上が経過していた。それでも席に戻っても座っているのは新田さん一人だ。最初に注文した烏龍茶はすでにほとんど無くなっていた。再度時計をみた私はついに痺れを切らす。
「何か連絡あった?」
「もうすぐ着くかと」
普段の自分ならいくらでも待つだろう。仕事をしていると上手くそれを切り上げられない時があることを知っている。それでも今日だけは勘弁してほしかった、あとの364日なら文句言わず待つというのに。
私は新田さんの隣に腰掛けた後、柄にもなく苛立ちながら言った。
「僕から連絡しよう」
テーブルの上に置いてあるスマホに手を伸ばした。しかしそれを、柔らかな手が包んで止めたことに気がつく。私の手を新田さんが握っていた。
驚きで隣を見る。彼女はじっとこちらを見つめ、しっかりリップの塗られた唇から言葉を漏らした。
「すみません」
「え?」
「木村さんが話したいなんて言ってるの、嘘です」
その言葉で自分の体が停止する。彼女の手は未だ私の手の上にあった。新田さんはじっと黙ってこちらの様子を伺っていた。
ようやく脳の処理が追いついて状況を理解する。私は戸惑いながらも、その手をサラリと払い一言だけ言った。
「帰る」
そばに置いてある鞄を手に持つ。彼女を咎めることもしなかった。そんな時間すら惜しいと思ったし、とにかくここを去るのが一番だと思ったのだ。
だが新田さんはすぐに私の袖を持って止めた。
「待ってください」
「帰るね。今日は急いでるんだ」
「みてほしいものがあるんです」
そういうと彼女は素早くそばにあった鞄からあるものを取り出した。帰ろうとしつつ、それが気になってしまいチラリと視線を向ける。
新田さんが取り出したのは写真だった。
どこか野外で撮影されたものだ。中央に男女が立っている。短髪で背が高い青年に、もう一人はどこかあどけない顔立ちの女性。青年はしっかりとその腕に女性を抱きしめていた。
北野蓮也と、咲良だ。
息を止めてその写真を見つめる。それは自分の心臓が止まってしまったかのような錯覚に陥るほど、私は真っ白になった。
やや遠目だが間違いない二人。
「これ、咲良さんですよね?」
新田さんの冷ややかな声が響く。私は無言でその写真に手を伸ばして持った。穴が開くほど見つめるが、間違いなく咲良たちだった。
混乱と嫉妬、自分を落ち着かせようとする心。全てが入り混じり、体が引き裂かれそうだった。
きっと砂糖の代わりに塩が使ってあったとしても、私は美味しいと完食する自信がある。
ソワソワしながら木村さんの到着を待った。
ところが、だ。
彼はなかなか店に現れなかった。
私と新田さんはずっと注文をしないのも店に悪いと思いドリンクだけ先に飲んでいた。チラチラと時計を眺めては来ない約束の相手を待った。
新田さんも不思議そうに首を傾げながら『来ませんねえ』と呟く。焦る気持ちをなんとか隠しながら待つも、今日ばかりは気持ちの余裕がない。
一度トイレに立ち、戻ってきた時には店へ来てから三十分以上が経過していた。それでも席に戻っても座っているのは新田さん一人だ。最初に注文した烏龍茶はすでにほとんど無くなっていた。再度時計をみた私はついに痺れを切らす。
「何か連絡あった?」
「もうすぐ着くかと」
普段の自分ならいくらでも待つだろう。仕事をしていると上手くそれを切り上げられない時があることを知っている。それでも今日だけは勘弁してほしかった、あとの364日なら文句言わず待つというのに。
私は新田さんの隣に腰掛けた後、柄にもなく苛立ちながら言った。
「僕から連絡しよう」
テーブルの上に置いてあるスマホに手を伸ばした。しかしそれを、柔らかな手が包んで止めたことに気がつく。私の手を新田さんが握っていた。
驚きで隣を見る。彼女はじっとこちらを見つめ、しっかりリップの塗られた唇から言葉を漏らした。
「すみません」
「え?」
「木村さんが話したいなんて言ってるの、嘘です」
その言葉で自分の体が停止する。彼女の手は未だ私の手の上にあった。新田さんはじっと黙ってこちらの様子を伺っていた。
ようやく脳の処理が追いついて状況を理解する。私は戸惑いながらも、その手をサラリと払い一言だけ言った。
「帰る」
そばに置いてある鞄を手に持つ。彼女を咎めることもしなかった。そんな時間すら惜しいと思ったし、とにかくここを去るのが一番だと思ったのだ。
だが新田さんはすぐに私の袖を持って止めた。
「待ってください」
「帰るね。今日は急いでるんだ」
「みてほしいものがあるんです」
そういうと彼女は素早くそばにあった鞄からあるものを取り出した。帰ろうとしつつ、それが気になってしまいチラリと視線を向ける。
新田さんが取り出したのは写真だった。
どこか野外で撮影されたものだ。中央に男女が立っている。短髪で背が高い青年に、もう一人はどこかあどけない顔立ちの女性。青年はしっかりとその腕に女性を抱きしめていた。
北野蓮也と、咲良だ。
息を止めてその写真を見つめる。それは自分の心臓が止まってしまったかのような錯覚に陥るほど、私は真っ白になった。
やや遠目だが間違いない二人。
「これ、咲良さんですよね?」
新田さんの冷ややかな声が響く。私は無言でその写真に手を伸ばして持った。穴が開くほど見つめるが、間違いなく咲良たちだった。
混乱と嫉妬、自分を落ち着かせようとする心。全てが入り混じり、体が引き裂かれそうだった。
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