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蒼一の戸惑い④
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「……そうか。よかった」
私はそれ以上何も聞かなかった。聞ける立場にないと思った。
蓮也は最近の咲良の様子を見るために誘ったのだろうか。それとも、彼から何か聞いただろうか?
少なくとも咲良は私にそれを報告しようとはしていない。
話が途切れそのままリビングへ入った。見慣れた私たちのリビングだ。今日はカレーの香りが充満している。
「先に食べちゃおうかな」
「温めますね」
鞄をソファの上に置いてキッチンの方を盗み見る。夕飯の準備をしている咲良の姿を見ながら、今日山下さんが言っていたことを思い出す。
『練習してるんですよ、プレゼントするケーキ。愛されてますね』
思い出し一人馬鹿みたいに赤面した。もしこの自惚が事実だったら。
いやでも流石に図々しいか。初夜の時、あれだけ顔をこわばらせていたのだ、きっと嫌だったに違いないんだ。
しかし万が一、共に生活するようになってそう意識してくれるようになったとしたら? そんな幸運な話あるだろうか。他に好きな男がいたけれど諦め、私を見てくれるようになったなどと。あまりに都合がいい気がする、でも山下さんの言う言葉では、
「蒼一さん?」
「えっ!?」
頭の中で必死に考え事をしている時に突然話しかけられ、驚きから自分の声はやや裏返った。咲良もキョトン、としている。
「どうしたんですか、なんか顔が赤いですけど。体調不良ですか?」
「い、いや違う。ちょっと仕事のこと必死に考えてて。難しいことだから」
「難しいんですか。大変ですね」
料理をテーブルに並べながら咲良は感心するように言った。世界一難しいと思うのが彼女の心の中だなんて笑ってしまう。大人っぽくていつも落ち着いている? どこがだ。
私はなるべく平然を装ってダイニングテーブルに座った。咲良も向いに腰掛ける。
「おかわりいっぱいありますよ」
「はは、ありがとう」
二人で手を合わせて挨拶をする。好物である食事は、なんだか今日は味がよくわからなかった。
毎年どうでもいい自分の誕生日が、これほど待ち遠しくなる日がくるだなんて夢にも思っていなかった。
私は必死にパソコンに齧り付いていた。
時計を見上げるのはこれで何回目だろうか、切れる集中力をなんとか繋ぎ止め、とにかく仕事を早く終わらせることに夢中になっていた。
私が今日、普段よりだいぶ気合が入っていることを、職場の人間も感じ取っているようだった。いつもより視線を感じる。不思議そうにこちらを眺めてくる人間にも気がついていたがどうでもいい。今日のために仕事もちゃんとコントロールしてきた。
待ちにまった自分の誕生日だった。この年になって誕生日にワクワクしているなんて、小学生と変わらない。だが高鳴る胸が抑えきれないでいた。
仕事なんて休んでしまおうか、と実は思っていた。だがそうなれば、咲良が私のためにこっそりケーキを焼くことができなくなってしまう。私は何も気づかないフリをして普段通り出社し、とにかく定時に上がれるように全力を尽くしていた。
流れは順調だった。一分一秒も無駄にしたくない、上がれる時間になったらすぐに立ち上がってここをでる。私はそう強く心に決めていた。
(さて、もうそろそろか)
時計を見上げて一人頷く。パソコンをシャットダウンしようとした時、こちらに近づいてくる人影に気がついた。
スーツを着こなし、髪もしっかり手入れされたその人は新田茉莉子だった。彼女は私のデスクまで近づくと声をかけてくる。
「天海さん」
「どうしたの?」
「本日これから時間ありますか?」
「ないね」
即答した。普段の私なら多少の用事ぐらいなら『どうかした?』と聞いていただろうが今日は違う。
私はそれ以上何も聞かなかった。聞ける立場にないと思った。
蓮也は最近の咲良の様子を見るために誘ったのだろうか。それとも、彼から何か聞いただろうか?
少なくとも咲良は私にそれを報告しようとはしていない。
話が途切れそのままリビングへ入った。見慣れた私たちのリビングだ。今日はカレーの香りが充満している。
「先に食べちゃおうかな」
「温めますね」
鞄をソファの上に置いてキッチンの方を盗み見る。夕飯の準備をしている咲良の姿を見ながら、今日山下さんが言っていたことを思い出す。
『練習してるんですよ、プレゼントするケーキ。愛されてますね』
思い出し一人馬鹿みたいに赤面した。もしこの自惚が事実だったら。
いやでも流石に図々しいか。初夜の時、あれだけ顔をこわばらせていたのだ、きっと嫌だったに違いないんだ。
しかし万が一、共に生活するようになってそう意識してくれるようになったとしたら? そんな幸運な話あるだろうか。他に好きな男がいたけれど諦め、私を見てくれるようになったなどと。あまりに都合がいい気がする、でも山下さんの言う言葉では、
「蒼一さん?」
「えっ!?」
頭の中で必死に考え事をしている時に突然話しかけられ、驚きから自分の声はやや裏返った。咲良もキョトン、としている。
「どうしたんですか、なんか顔が赤いですけど。体調不良ですか?」
「い、いや違う。ちょっと仕事のこと必死に考えてて。難しいことだから」
「難しいんですか。大変ですね」
料理をテーブルに並べながら咲良は感心するように言った。世界一難しいと思うのが彼女の心の中だなんて笑ってしまう。大人っぽくていつも落ち着いている? どこがだ。
私はなるべく平然を装ってダイニングテーブルに座った。咲良も向いに腰掛ける。
「おかわりいっぱいありますよ」
「はは、ありがとう」
二人で手を合わせて挨拶をする。好物である食事は、なんだか今日は味がよくわからなかった。
毎年どうでもいい自分の誕生日が、これほど待ち遠しくなる日がくるだなんて夢にも思っていなかった。
私は必死にパソコンに齧り付いていた。
時計を見上げるのはこれで何回目だろうか、切れる集中力をなんとか繋ぎ止め、とにかく仕事を早く終わらせることに夢中になっていた。
私が今日、普段よりだいぶ気合が入っていることを、職場の人間も感じ取っているようだった。いつもより視線を感じる。不思議そうにこちらを眺めてくる人間にも気がついていたがどうでもいい。今日のために仕事もちゃんとコントロールしてきた。
待ちにまった自分の誕生日だった。この年になって誕生日にワクワクしているなんて、小学生と変わらない。だが高鳴る胸が抑えきれないでいた。
仕事なんて休んでしまおうか、と実は思っていた。だがそうなれば、咲良が私のためにこっそりケーキを焼くことができなくなってしまう。私は何も気づかないフリをして普段通り出社し、とにかく定時に上がれるように全力を尽くしていた。
流れは順調だった。一分一秒も無駄にしたくない、上がれる時間になったらすぐに立ち上がってここをでる。私はそう強く心に決めていた。
(さて、もうそろそろか)
時計を見上げて一人頷く。パソコンをシャットダウンしようとした時、こちらに近づいてくる人影に気がついた。
スーツを着こなし、髪もしっかり手入れされたその人は新田茉莉子だった。彼女は私のデスクまで近づくと声をかけてくる。
「天海さん」
「どうしたの?」
「本日これから時間ありますか?」
「ないね」
即答した。普段の私なら多少の用事ぐらいなら『どうかした?』と聞いていただろうが今日は違う。
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