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咲良の戸惑い⑦

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 私は黙り込んだ。蓮也も何も言わなかった。

 しばらくそのまま沈黙を流し、氷の溶けたオレンジジュースと冷え切った紅茶をお互い見つめていると、蓮也が口をひらいた。

「でよっか」

「あ、うん」

 二人で席を立つ。会計を済ませ、そのまま外へと出た。

 扉を開けると、外はまだ十分明るかった。あまり人気のない道通りを蓮也と歩き出す。

 今日は蓮也と出かけるため、食事作りは山下さんに全て任せてある。今から帰って、お風呂に入ってまた蒼一さんを待つ時間が始まる。最近帰りが早いから、今日もそうだろうか。二人で食べる食事の時間が何より好きだった。

 ぼんやりとそう考えながら歩いていると、隣の蓮也がポツリと声を出す。

「あのさ」

「え?」

「言おうかどうしようか迷ってたけど、やっぱり言っとく」

 そう言った彼が突然ピタリと足を止めた。私も釣られて歩みを止め、隣の彼を見上げる。蓮也が力強い目で私を見ていることに気がつき、なぜかは分からないが胸がどきりと鳴った。

 目が合ったまま動けなくなる。蓮也は迷うそぶりもなく、しっかりと言葉を発した。

「俺は咲良がずっと好きだった」

 思ってもみない言葉に、完全にフリーズした。

 蓮也とは中学から高校、大学とずっと一緒だった腐れ縁だ。唯一気が合う異性で、今までもずっと仲良く過ごしてきた。馬鹿なことやったり、笑い合っていただけの関係。

 そんな彼が私をそんなふうに想ってくれていたなんて、想像もしたことがなかった。

 言葉をなくしたまま立ち尽くす。瞬きすら忘れて唖然としていた。

「だから許せなかった。姉ちゃんの代わりに政略結婚させられたのが。心配してたのも俺の気持ちがおさまらないからだ。優しいからじゃない」

「蓮也……?」

「昔からずっとずっと咲良が好きだ。咲良が本当に好きなやつと幸せになってるなら諦められるけど、こんな形で手の届かないところへいくのは納得いかない」

 頭がぐるぐると混乱し、心臓がうるさく暴れ回った。蓮也からの告白なんて予想外すぎる。まさか、私をずっとそんなに想っていてくれたなんて。

「咲良、咲良が本当に幸せじゃないならこんな結婚やめろよ!」

「待って、わた、私は今別に幸せで」

「俺の目を見て言えよ」

 ついそらしてしまっていたことにようやく自分で気がつく。指摘されてはっと蓮也の顔を見上げれば、あまりに強い眼差しに苦しくなってしまった。

 見抜かれる。根拠もなく、なぜかそう思った。

 幸せと同時に私が虚しさを覚えてることを。女として扱ってもらえず、妹としてしか見られていない悲しさを抱いていることを。

 それでも私は首を振った。震える唇からなんとか言葉を出す。

「ありがとう、でも私から今の生活を終わらせるつもりはないの。本当に、十分しあわ」

 言い終えるより先に、彼の腕が私を包み込んだ。苦しくなるほどの力の抱擁だった。驚きで全身が固まる。

 この前蒼一さんに抱きしめられた時とはまた違う。背の高さも、肩幅も、体温も違う。

 北野蓮也という一人の男性。

「咲良。どうか俺を見て」

 苦しそうに発せられたその声が頭から降った。普段笑ってばかりいる蓮也から、そんな声を聞いたのは初めてのことだった。





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