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咲良の戸惑い①
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包丁を持つ手は、最初にここへきた時よりだいぶスムーズに動くようになっていた。まな板からリズムカルな音が鳴り響いてくる。私は集中しながら必死に手元を見つめていた。
しばらくして野菜を切り終え、ふうと顔をあげる。
「あらーほんと上達が早い! 随分手慣れましたね? 練習してました?」
「お昼ご飯を自分で作る時とか……」
「ふふふ、咲良さんは頑張り屋ですね。元々料理のセンスもあったのかしら、味付けももうコツを掴んだようですし、どんどん上達してくれて私も教え甲斐があります!」
山下さんがニコニコしながら言ってくれるのを聞いて単純にも喜んだ。元々料理はそんなに得意じゃなかったし、どちらかといえば不器用な方だ。それでも早く料理ぐらい一人で作れるようになりたくて、ここに来てからは必死に料理の勉強をした。
山下さんの教え方もいいので、楽しく勉強することができている。確かに自分で言うのもなんだが、かなり上達したと思う。まあ、最初が酷すぎたんだけど。
「蒼一さんも喜んでらっしゃるでしょう?」
「あ、いえ、実は蒼一さんには私が作ってるってまだ教えてないんです」
「え? そうなんです?」
「完璧に作れるようになったら言って驚かそうと思ってて!」
「まあいいわね! でも気づかれてないって、よっぽど咲良さんがお上手に作ってるからですよ。言った時が楽しみですねーきっとびっくりしますよ」
言われてそのシーンを想像して微笑んだ。褒めてくれるといいな、そうしたら頑張った甲斐がある。
毎日山下さんと夕飯を作り、ここ最近は半分以上は私が作るようになっていた。蒼一さんは気づかず、全部山下さんが作ったものだと思い込んで食べている。
彼女は使い終わった食器を洗いながら言う。
「そろそろ引っ越して二ヶ月になります? 早いですね」
「そうですね、あっという間です」
「うまくいってらっしゃるようで安心しました」
「うまく……いってるのかな?」
苦笑しながら答える。
そうか、もうすぐ蒼一さんと暮らし始めて二ヶ月を迎えるのか。特にトラブルもなくそこそこ仲良く暮らしているとは思う。ただそれは、夫婦ではなく同居人、だからだ。
寝室は別、平日は帰りが遅い蒼一さんと話すことも少なく寝るのみ。休日は時折買い物に行ったり家でゆっくり過ごしたりと穏やかに暮らせてはいるが、やっぱり夫婦というよりルームシェアだ。彼は私に指一本触れてはくれない。
(あ……でも)
ふと思い出す。あれはいつだったろうか、少し前。夜帰宅した蒼一さんは少し様子がおかしかった。どこかよそよそしい顔で帰宅し、私を見ないようにして去ろうとした。
てっきり、その前日風邪を引いた私を看病したせいでうつしたのかと思って彼を引き止めた。今度は私が看病する側だ、と思って。
でも何故か次の瞬間、蒼一さんは私を強く抱きしめた。息が止まるんじゃないかと思うほどの力で、戸惑いと驚きでパニックを起こした。
それでも、私は嬉しかった。もしかして私をようやく異性として見てくれたのかも、なんて期待が頭をよぎって。恥ずかしくて混乱していたけれど、必死にその体に手を回して私も返した。私が抱きしめ返したとき、蒼一さんの体は少し驚きで反応した。
しばらくそうしていた後、突然蒼一さんが私を引き離した。彼は苦笑いしながら謝った。『ごめん、立ちくらみした』と言い、そのまま呼び止める暇もなく自分の部屋に入ってしまったのだ。
ぽかん、と一人廊下に残された私はそのまま立ち尽くした。一体今何が起きたか全然頭がついていかなかった。
立ちくらみ? そんな感じには見えなかったけれど、そうでもなかったら突然私を抱きしめるなんて行動に理由がつかない。
そしてその後は蒼一さんはまるで何も無かったかのように振る舞った。あれからしばらく経つけれど、抱きしめられたのはあの一回きり。やはり、愛情表現とかではなく体調が悪くて私にもたれかかっただけらしい。
しばらくして野菜を切り終え、ふうと顔をあげる。
「あらーほんと上達が早い! 随分手慣れましたね? 練習してました?」
「お昼ご飯を自分で作る時とか……」
「ふふふ、咲良さんは頑張り屋ですね。元々料理のセンスもあったのかしら、味付けももうコツを掴んだようですし、どんどん上達してくれて私も教え甲斐があります!」
山下さんがニコニコしながら言ってくれるのを聞いて単純にも喜んだ。元々料理はそんなに得意じゃなかったし、どちらかといえば不器用な方だ。それでも早く料理ぐらい一人で作れるようになりたくて、ここに来てからは必死に料理の勉強をした。
山下さんの教え方もいいので、楽しく勉強することができている。確かに自分で言うのもなんだが、かなり上達したと思う。まあ、最初が酷すぎたんだけど。
「蒼一さんも喜んでらっしゃるでしょう?」
「あ、いえ、実は蒼一さんには私が作ってるってまだ教えてないんです」
「え? そうなんです?」
「完璧に作れるようになったら言って驚かそうと思ってて!」
「まあいいわね! でも気づかれてないって、よっぽど咲良さんがお上手に作ってるからですよ。言った時が楽しみですねーきっとびっくりしますよ」
言われてそのシーンを想像して微笑んだ。褒めてくれるといいな、そうしたら頑張った甲斐がある。
毎日山下さんと夕飯を作り、ここ最近は半分以上は私が作るようになっていた。蒼一さんは気づかず、全部山下さんが作ったものだと思い込んで食べている。
彼女は使い終わった食器を洗いながら言う。
「そろそろ引っ越して二ヶ月になります? 早いですね」
「そうですね、あっという間です」
「うまくいってらっしゃるようで安心しました」
「うまく……いってるのかな?」
苦笑しながら答える。
そうか、もうすぐ蒼一さんと暮らし始めて二ヶ月を迎えるのか。特にトラブルもなくそこそこ仲良く暮らしているとは思う。ただそれは、夫婦ではなく同居人、だからだ。
寝室は別、平日は帰りが遅い蒼一さんと話すことも少なく寝るのみ。休日は時折買い物に行ったり家でゆっくり過ごしたりと穏やかに暮らせてはいるが、やっぱり夫婦というよりルームシェアだ。彼は私に指一本触れてはくれない。
(あ……でも)
ふと思い出す。あれはいつだったろうか、少し前。夜帰宅した蒼一さんは少し様子がおかしかった。どこかよそよそしい顔で帰宅し、私を見ないようにして去ろうとした。
てっきり、その前日風邪を引いた私を看病したせいでうつしたのかと思って彼を引き止めた。今度は私が看病する側だ、と思って。
でも何故か次の瞬間、蒼一さんは私を強く抱きしめた。息が止まるんじゃないかと思うほどの力で、戸惑いと驚きでパニックを起こした。
それでも、私は嬉しかった。もしかして私をようやく異性として見てくれたのかも、なんて期待が頭をよぎって。恥ずかしくて混乱していたけれど、必死にその体に手を回して私も返した。私が抱きしめ返したとき、蒼一さんの体は少し驚きで反応した。
しばらくそうしていた後、突然蒼一さんが私を引き離した。彼は苦笑いしながら謝った。『ごめん、立ちくらみした』と言い、そのまま呼び止める暇もなく自分の部屋に入ってしまったのだ。
ぽかん、と一人廊下に残された私はそのまま立ち尽くした。一体今何が起きたか全然頭がついていかなかった。
立ちくらみ? そんな感じには見えなかったけれど、そうでもなかったら突然私を抱きしめるなんて行動に理由がつかない。
そしてその後は蒼一さんはまるで何も無かったかのように振る舞った。あれからしばらく経つけれど、抱きしめられたのはあの一回きり。やはり、愛情表現とかではなく体調が悪くて私にもたれかかっただけらしい。
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