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蒼一の想い③
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そう考えたとき、あまりに胸が苦しくなった。好きな人はいますと断言した咲良、その相手が彼かもしれない。
だとすれば、想いを寄せ合う男女を見事に引き裂いているのが自分だ。言葉もない。
「うまく言ってる、って。夫婦としてですか、同居人としてですか」
新田さんがそう言ってハッとする。つい反射的に彼女の顔を見てしまう。ポーカーフェイスを装うのは得意なはずなのに、考え事をしているところへ核心をついたことを言われて反応してしまった。
『同居人』。それは、まさに。私と咲良の状態だった。
触れることなく寝室すら別。誰がどう見てもおこれは夫婦ではなく同居人だ。
……仕方ない。私が望んだ。こんな形でも、咲良にそばにいてもらいたかったのは私なんだ。
「やっぱり」
私の顔をみて、くすっと、彼女が笑う。私は一瞬崩した表情をすぐに整えて平然を装った。
「同居人なわけないでしょ。もちろん夫婦だよ」
「本当にですか? お二人からそんな感じ見られないから」
「そんな感じ?」
「夫婦って感じ。どちらかといえば、面倒見のいいお兄さんと妹です」
ぐっと胸に言葉が突き刺さる。あまり聞きたくない言葉だった。
わかっている。まさに私と咲良はそんな関係でやってきた。婚約者の妹として接し、彼女も兄のように慕ってくれた。私たちの間に家族愛はあっても愛情はない。
息をするのが辛かった。自分の周りだけ酸素がなくなったのかと錯覚しそうなほど、あまりに苦しい。
そっと自分の左手を盗み見る。どうしても私は外すことができなかった指輪、ペアの相手がいない指輪。あまりに虚しく、そんな冷たい輪に縋り付いている自分が情けなかった。
「……勘違いだよ、僕たちはちゃんと夫婦だ。パーティーに参加してた人たちはみんなそうみてたと思うよ。結婚は想定外のことだったけど、元々咲良と僕は幼馴染で仲良かったんだから」
「幼馴染で仲がいいからこそ急に男女になれないのでは?」
「……随分突っかかるね」
「いえ、そんなつもりじゃ。ただ、仮面夫婦だとしたら、姉の身代わりに妻を演じてる咲良さんも可哀想だと思って」
「ごめん、もう行かなきゃ」
もう新田さんの方を見ることはなかった。私は彼女の言葉全てを聞き終える前に足を速め、わざとらしく腕時計を眺めた。これ以上聞きたくないという拒否だった。
取り繕うのも限界だ。
私は咲良を汚い手で自分のものにし、未だ縛り付けている罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
「ただいま」
夜、家に帰宅し玄関の扉を開けた時、いつもならこちらに駆けて来てくれる咲良の姿が見えなかった。
今日は比較的早く帰ってこれたので、寝ているというのも考えにくい。風呂でも入ってるだろうか?
一人首を傾げてリビングへ向かう。テーブルの上にはいつものように山下さんが作ってくれた料理が並べてあった。二人分だ。咲良も食事はまだらしい。
適当に鞄をおいて洗面室の方へ向かった。廊下からドアを見つめているが、どうやら中は暗いようで光は漏れていない。
「咲良ちゃん?」
外からノックしても返事はなかった。どこか不安になった自分はそのまま咲良の部屋へと向かう。別々になったばかりの個人の部屋だ。私はそこに向かって何度かノックした。
「咲良ちゃん?」
すると中から微かな物音が聞こえてきた。しばらくそのまま待っていると、ゆっくりとドアノブが下がり扉がわずかに開かれた。隙間からちらりと咲良の顔が見える。
「……あ、お帰りなさい蒼一さん」
その声と見えた顔色を見てすぐにわかった。彼女は掠れた声をし、顔は紅潮していたのだ。
「風邪ひいたの?」
尋ねると、彼女は小さく頷いた。覇気のない顔で随分だるそうに見える。
「うつすといけませんから、今日は夕飯お先にどうぞ。お皿置いておいてください、私明日洗うので」
手短にそう告げドアを閉めようとした彼女に慌てて反応する。手を滑り込ませ閉め切られるのを防ぐ。
「待って! 熱測ったの? 水分取ってる? 食欲は?」
「熱は少しあるくらいです、水分も飲めてます。蒼一さん、うつるので……」
顔を背けてそういう咲良に痺れを切らし、私はドアを思い切り開けた。白いパジャマを着ている彼女の姿がようやく見える。正面からしっかり見た咲良の顔はやはり真っ赤だった。私は無言で自分の手のひらを咲良の額に当てる。びくっと彼女が反応したのが伝わってきた。
熱い。これは三十九度越えているぐらいでは?
「嘘ついたね、高熱じゃない」
「い、いえ……」
「ベッドに寝て。夜薬飲んだ?」
「まだ、です」
「食べれそうなもの持ってくるから、咲良ちゃんは寝てて」
私がそういうと、彼女は慌てたように首を振った。
「うつります! 私一人で大丈夫ですから!」
潤んだ目でそう言われ苦笑した。咲良はこういうところがある。優しすぎて人を思いやるあまり、自分を疎かにしてしまう。
だとすれば、想いを寄せ合う男女を見事に引き裂いているのが自分だ。言葉もない。
「うまく言ってる、って。夫婦としてですか、同居人としてですか」
新田さんがそう言ってハッとする。つい反射的に彼女の顔を見てしまう。ポーカーフェイスを装うのは得意なはずなのに、考え事をしているところへ核心をついたことを言われて反応してしまった。
『同居人』。それは、まさに。私と咲良の状態だった。
触れることなく寝室すら別。誰がどう見てもおこれは夫婦ではなく同居人だ。
……仕方ない。私が望んだ。こんな形でも、咲良にそばにいてもらいたかったのは私なんだ。
「やっぱり」
私の顔をみて、くすっと、彼女が笑う。私は一瞬崩した表情をすぐに整えて平然を装った。
「同居人なわけないでしょ。もちろん夫婦だよ」
「本当にですか? お二人からそんな感じ見られないから」
「そんな感じ?」
「夫婦って感じ。どちらかといえば、面倒見のいいお兄さんと妹です」
ぐっと胸に言葉が突き刺さる。あまり聞きたくない言葉だった。
わかっている。まさに私と咲良はそんな関係でやってきた。婚約者の妹として接し、彼女も兄のように慕ってくれた。私たちの間に家族愛はあっても愛情はない。
息をするのが辛かった。自分の周りだけ酸素がなくなったのかと錯覚しそうなほど、あまりに苦しい。
そっと自分の左手を盗み見る。どうしても私は外すことができなかった指輪、ペアの相手がいない指輪。あまりに虚しく、そんな冷たい輪に縋り付いている自分が情けなかった。
「……勘違いだよ、僕たちはちゃんと夫婦だ。パーティーに参加してた人たちはみんなそうみてたと思うよ。結婚は想定外のことだったけど、元々咲良と僕は幼馴染で仲良かったんだから」
「幼馴染で仲がいいからこそ急に男女になれないのでは?」
「……随分突っかかるね」
「いえ、そんなつもりじゃ。ただ、仮面夫婦だとしたら、姉の身代わりに妻を演じてる咲良さんも可哀想だと思って」
「ごめん、もう行かなきゃ」
もう新田さんの方を見ることはなかった。私は彼女の言葉全てを聞き終える前に足を速め、わざとらしく腕時計を眺めた。これ以上聞きたくないという拒否だった。
取り繕うのも限界だ。
私は咲良を汚い手で自分のものにし、未だ縛り付けている罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
「ただいま」
夜、家に帰宅し玄関の扉を開けた時、いつもならこちらに駆けて来てくれる咲良の姿が見えなかった。
今日は比較的早く帰ってこれたので、寝ているというのも考えにくい。風呂でも入ってるだろうか?
一人首を傾げてリビングへ向かう。テーブルの上にはいつものように山下さんが作ってくれた料理が並べてあった。二人分だ。咲良も食事はまだらしい。
適当に鞄をおいて洗面室の方へ向かった。廊下からドアを見つめているが、どうやら中は暗いようで光は漏れていない。
「咲良ちゃん?」
外からノックしても返事はなかった。どこか不安になった自分はそのまま咲良の部屋へと向かう。別々になったばかりの個人の部屋だ。私はそこに向かって何度かノックした。
「咲良ちゃん?」
すると中から微かな物音が聞こえてきた。しばらくそのまま待っていると、ゆっくりとドアノブが下がり扉がわずかに開かれた。隙間からちらりと咲良の顔が見える。
「……あ、お帰りなさい蒼一さん」
その声と見えた顔色を見てすぐにわかった。彼女は掠れた声をし、顔は紅潮していたのだ。
「風邪ひいたの?」
尋ねると、彼女は小さく頷いた。覇気のない顔で随分だるそうに見える。
「うつすといけませんから、今日は夕飯お先にどうぞ。お皿置いておいてください、私明日洗うので」
手短にそう告げドアを閉めようとした彼女に慌てて反応する。手を滑り込ませ閉め切られるのを防ぐ。
「待って! 熱測ったの? 水分取ってる? 食欲は?」
「熱は少しあるくらいです、水分も飲めてます。蒼一さん、うつるので……」
顔を背けてそういう咲良に痺れを切らし、私はドアを思い切り開けた。白いパジャマを着ている彼女の姿がようやく見える。正面からしっかり見た咲良の顔はやはり真っ赤だった。私は無言で自分の手のひらを咲良の額に当てる。びくっと彼女が反応したのが伝わってきた。
熱い。これは三十九度越えているぐらいでは?
「嘘ついたね、高熱じゃない」
「い、いえ……」
「ベッドに寝て。夜薬飲んだ?」
「まだ、です」
「食べれそうなもの持ってくるから、咲良ちゃんは寝てて」
私がそういうと、彼女は慌てたように首を振った。
「うつります! 私一人で大丈夫ですから!」
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