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蒼一の想い①

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 彼女を見た瞬間、自分の心臓は止まったのかと錯覚した。

 普段はどちらかといえば可愛らしい印象が強く、それは子犬のような愛らしさで出来ている咲良が、私の選んだドレスを着て着飾った姿はあまりに美しかった。

 こんな顔も見せるのか。長い付き合いだというのにまるで知らなかった。情けなくも瞬きすら忘れ彼女に魅入っていた。

 綾乃とは違い、エステや美容室も詳しくないと言っていた咲良のためにそういった店を予約してみた。すべてこっそり綾乃に電話で聞いたものだった。「妹なら多分こういうところがいい」と勧められたのをそのまま助言通り予約した。

 それがまさかこんなに変身して帰ってくるなんて。普段と違う彼女は私の心を乱すには十分な出立ちだった。

 素直に称賛の言葉を送ると謙遜して恥ずかしそうに笑った。その笑顔はよく見る咲良の顔で、なぜかほっとしたのはなぜなのか。

 そして買ってきた指輪を差し出した。咲良がパーティーの準備に勤しんでいる間、私が一人購入してきたものだった。

 本来ならば咲良に好みのものを選んでもらいたかったしそうするのが正しいのはわかっていた。ただ、臆病な自分は「指輪を買いに行こう」と誘い出せなかった。咲良が困ったような顔をするだろうと想像すると逃げ出したくなってしまったのだ。

 だって、そうじゃないか。好きでもない男との結婚の証なんて。普通なら複雑な気持ちになるに決まっている。

 でもパーティーに参加し両親と会う手前指輪がないのは不自然だったので購入した。パーティーが終わったら外していいから、などと予防線を張っておく。臆病すぎる自分に笑ってしまいそうだ。

 彼女に拒絶されるのがそれほど怖いのだ。





 パーティー会場に足を踏み入れた時、多くの視線が集まった後、それが好奇の目から羨望の眼差しに変化したことを、咲良は気づいていないようだった。少し緊張した表情で、それでもしゃんと背筋を伸ばして私の隣を歩く様は本当に素晴らしかった。

 この会場のどの人より綺麗だ、と本気で思った。会社中に流れていた「地味な子」などという馬鹿げた噂もこれで収まることが予測される。きっと噂をしていた者は今頃咲良を見て言葉を失っているに違いない。

 彼女の美しさを知らしめたい、と思う反面、これ以上ほかの男の目に晒したくないというとんでもない独占欲まで出てきて自分に呆れた。

 自分は子供の頃から、比較的落ち着いた子だと呼ばれ、何かに執着することも少なかった。いつでも一歩引いて物事を観察するように育ってきたというのに、咲良相手にだけは違う。

 私が執着するのは咲良だけだ。狡い手を使ってまで欲しいと思ったのは彼女だけなのだ。

「蒼一さん」

 隣から名前を呼ばれてハッとする。仕事関係のさまざまな関係者に挨拶をして回っているところだった。

 咲良は笑顔を絶やさず完璧に妻として働いていた。会う者が口々に彼女を称賛していったくらいだ。

「どうしたの?」

 私がそう尋ねると、咲良がどこか遠くを見ているのに気がついた。そちらに視線を向けてみると、会場の隅に一人の老人が座っていた。身なりはしっかりし、どこか高貴な佇まいを感じるが、それが誰か私にはわからなかった。

 老人は車椅子のようだった。誰と話すわけもなく一人じっと会場内を見ている。

「あの方、どなたですか?」

「いや……僕も今考えてたんだけど、見覚えがないんだよね。誰かの代理とかかな、それにしてはこっちに全然近寄らないし」

「そうなんですか。すみません、ちょっといいですか」

「え?」

 私の返事も聞かず、咲良はゆっくりそちらに移動する。黙ってそれを見ていると、何やらその老人に話しかけていた。そして少し会話を交わすと、彼の代わりに料理を取りに行ったのだ。

 笑顔で料理を差し出す彼女に、笑顔で受け取る老人。楽しそうに二人は会話を弾ませている。私はその場で微笑みながらそれを見ていた。

 こういうところだ。彼女の本当の美しさは。

 いつだって人に優しい。それは誰に対しても。子供の頃からずっと変わらない彼女らしいところ。

「あれは誰です」

 突然背後から声が聞こえた。振り返ると、自分の母親が厳しい顔をして咲良を見ているのに気がついた。

 私は正直にいう。

「さあ……僕には見覚えなくて。まだ挨拶をしていないんですが」

 私の言葉に、母はこれみよがしにため息をついた。

「重要なお客様が他にたくさんいらっしゃるのに、誰かも分からない者に世話焼くなんて。天海の人間として呆れますね」

 棘のある言葉だった。どこか「そうよね」と私に同調を求めているような響きだった。


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