片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

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咲良の想い⑨

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 次々訪れる人たちに、挨拶をして回った。蒼一さんはどこの会社の誰かと言うことをしっかり把握しているようで、私に何度も耳打ちでそれを教えてくれた。

 妻の咲良です、と言われるたびに胸を躍らせ、笑顔で人々に挨拶をする。仕事の話などは聞いていてもまるでわからなかったが、とにかく必死に相槌を打って笑顔を絶やさないようにだけした。

 時折、私をジロジロと見つめてくる人たちがおり、おそらく『逃げた花嫁の妹か』と好奇の眼差しで見られているのだろうと自覚していた。それでも決して背を丸くせず、堂々としていることだけを意識しておいた。

 二時間に渡るパーティーの中で数え切れない人たちと談笑し、頬が筋肉痛になりそうなほど笑い、足は棒になってしまいそうだ。ただそれでも、今私は紛れもなく蒼一さんの妻としてここに立っているのだ——その幸福感だけが、私を支えている。

 いつでも蒼一さんが隣にいてくれるので、周りの視線も気にせずに振る舞えた。これまで生きてきて、一番堂々とできた日だったかもしれない。

 お母様たちとは最初以外話す機会がなかったのは残念だった。パーティー終了後にもう一度ご挨拶を、と思っていたらすぐにいなくなってしまったのだ。避けられているのかもしれないとすら思ってしまった。

 仕方なしに、お二人に別れの挨拶もできないまま蒼一さんと二人帰路についた。






 家に帰宅した頃、もう全身クタクタで死にそうだった。

 慣れないドレスに靴、立ちっぱなしの気が張りっぱなし。疲れるのも当然だと思う。

 リビングに入ったところで、情けなくもソファに思い切り腰をかけ、着替えることもせずに力を抜いた。無意識に大きく息を吐き出してしまう。

 小さな笑い声が聞こえた。そして力なく座り込む私の目の前に、グラスに入ったお茶が差し出される。

「あ! 蒼一さんすみません!」

 慌てて受け取る。こういうのって私の役目なのに! またやってしまった。しかし彼は笑いながら私の隣に腰掛ける。

「ううん、咲良ちゃんすごく疲れたでしょう。本当にありがとう」

「そんなの蒼一さんも一緒ですよ」

「僕はヒールなんて履いてないしドレスも着てないし。見知らぬ人たちに囲まれてたわけじゃないから、全然違うよ」

 笑いながらお茶を飲む彼の左手には、まだ指輪が光っていた。受け取ったお茶をおずおずと飲み込み、今日の出来事を思い出す。

 あっという間だった。いっぱいいっぱいだったけど、ちゃんとできてただろうか。あのあとお母様とは一言も言葉を交わしていいないし。今日また幻滅されてたりしないといいけど……。

「咲良ちゃん、凄かったよ」

 私の声が聞こえたのだろうか、蒼一さんが隣で言ったので驚いた。彼は私を見たまま目を細めて見ている。

「綺麗で、気遣いができて、明るくて、最高だった。満点だったよ」

「そ、うでしょうか」

「うん。文句の付け所がない」

「お母様とはほとんど話せなかったけど、そう見えたでしょうか」

「うん。だってお世辞じゃなくて本当に完璧だったから」

 そう褒められた時、心があったかくなって幸福感に包まれた。自然と緩んでしまう頬もそのままに、私は素直に笑ってみせた。

 結局はこれだ。私はこれが欲しかった。蒼一さんに褒められたかった。

 普段妻として働けているとはいえない中、ようやく彼の奥さんらしいことができた気がする。ほんのわずかでも蒼一さんの役に立てるのが最高に嬉しかった。

「あんなに小さかった咲良ちゃんが、大人になったなあってしみじみした」

 ポツンと蒼一さんが呟く。隣をみると、懐かしむように話す彼がいた。思い出すように少し天井を見上げて言う。

「よちよち歩きしてたのに」

「いつのことですか!」

「あはは、ごめん。素敵な女性になったなって思ったんだよ」

「ほ、褒めすぎです」

「ほんとに。
 今日は頑張ってもらったから、何かお礼をしなきゃ。欲しいものとかない?」

「そんな! 私は何も」

「なんでもいいよ。言ってみて」

 口を開けて笑う蒼一さんの顔を見て、あまりに苦しいので視線を落とした。お茶の入ったグラスを両手で握る自分の薬指に、まだ傷ひとつない指輪がはめてあるのが目に入る。それを見た途端、愛しさが溢れかえって私の全身からこぼれ落ちた。
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