片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

文字の大きさ
上 下
25 / 95

咲良の想い⑨

しおりを挟む


 次々訪れる人たちに、挨拶をして回った。蒼一さんはどこの会社の誰かと言うことをしっかり把握しているようで、私に何度も耳打ちでそれを教えてくれた。

 妻の咲良です、と言われるたびに胸を躍らせ、笑顔で人々に挨拶をする。仕事の話などは聞いていてもまるでわからなかったが、とにかく必死に相槌を打って笑顔を絶やさないようにだけした。

 時折、私をジロジロと見つめてくる人たちがおり、おそらく『逃げた花嫁の妹か』と好奇の眼差しで見られているのだろうと自覚していた。それでも決して背を丸くせず、堂々としていることだけを意識しておいた。

 二時間に渡るパーティーの中で数え切れない人たちと談笑し、頬が筋肉痛になりそうなほど笑い、足は棒になってしまいそうだ。ただそれでも、今私は紛れもなく蒼一さんの妻としてここに立っているのだ——その幸福感だけが、私を支えている。

 いつでも蒼一さんが隣にいてくれるので、周りの視線も気にせずに振る舞えた。これまで生きてきて、一番堂々とできた日だったかもしれない。

 お母様たちとは最初以外話す機会がなかったのは残念だった。パーティー終了後にもう一度ご挨拶を、と思っていたらすぐにいなくなってしまったのだ。避けられているのかもしれないとすら思ってしまった。

 仕方なしに、お二人に別れの挨拶もできないまま蒼一さんと二人帰路についた。






 家に帰宅した頃、もう全身クタクタで死にそうだった。

 慣れないドレスに靴、立ちっぱなしの気が張りっぱなし。疲れるのも当然だと思う。

 リビングに入ったところで、情けなくもソファに思い切り腰をかけ、着替えることもせずに力を抜いた。無意識に大きく息を吐き出してしまう。

 小さな笑い声が聞こえた。そして力なく座り込む私の目の前に、グラスに入ったお茶が差し出される。

「あ! 蒼一さんすみません!」

 慌てて受け取る。こういうのって私の役目なのに! またやってしまった。しかし彼は笑いながら私の隣に腰掛ける。

「ううん、咲良ちゃんすごく疲れたでしょう。本当にありがとう」

「そんなの蒼一さんも一緒ですよ」

「僕はヒールなんて履いてないしドレスも着てないし。見知らぬ人たちに囲まれてたわけじゃないから、全然違うよ」

 笑いながらお茶を飲む彼の左手には、まだ指輪が光っていた。受け取ったお茶をおずおずと飲み込み、今日の出来事を思い出す。

 あっという間だった。いっぱいいっぱいだったけど、ちゃんとできてただろうか。あのあとお母様とは一言も言葉を交わしていいないし。今日また幻滅されてたりしないといいけど……。

「咲良ちゃん、凄かったよ」

 私の声が聞こえたのだろうか、蒼一さんが隣で言ったので驚いた。彼は私を見たまま目を細めて見ている。

「綺麗で、気遣いができて、明るくて、最高だった。満点だったよ」

「そ、うでしょうか」

「うん。文句の付け所がない」

「お母様とはほとんど話せなかったけど、そう見えたでしょうか」

「うん。だってお世辞じゃなくて本当に完璧だったから」

 そう褒められた時、心があったかくなって幸福感に包まれた。自然と緩んでしまう頬もそのままに、私は素直に笑ってみせた。

 結局はこれだ。私はこれが欲しかった。蒼一さんに褒められたかった。

 普段妻として働けているとはいえない中、ようやく彼の奥さんらしいことができた気がする。ほんのわずかでも蒼一さんの役に立てるのが最高に嬉しかった。

「あんなに小さかった咲良ちゃんが、大人になったなあってしみじみした」

 ポツンと蒼一さんが呟く。隣をみると、懐かしむように話す彼がいた。思い出すように少し天井を見上げて言う。

「よちよち歩きしてたのに」

「いつのことですか!」

「あはは、ごめん。素敵な女性になったなって思ったんだよ」

「ほ、褒めすぎです」

「ほんとに。
 今日は頑張ってもらったから、何かお礼をしなきゃ。欲しいものとかない?」

「そんな! 私は何も」

「なんでもいいよ。言ってみて」

 口を開けて笑う蒼一さんの顔を見て、あまりに苦しいので視線を落とした。お茶の入ったグラスを両手で握る自分の薬指に、まだ傷ひとつない指輪がはめてあるのが目に入る。それを見た途端、愛しさが溢れかえって私の全身からこぼれ落ちた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

御曹司の執着愛

文野多咲
恋愛
甘い一夜を過ごした相手は、私の店も家も奪おうとしてきた不動産デベロッパーの御曹司だった。 ――このまま俺から逃げられると思うな。 御曹司の執着愛。  

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

処理中です...