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咲良の想い⑤
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「え、噂、って」
「咲良ちゃん!」
私が声を出した時、大きな声がした。新田さんと同時に振り返ると、こちらに走ってくる蒼一さんの姿が見えた。
「蒼一さん!」
「ごめん、全然スマホ見てなくて」
彼は少し乱れた息でそう謝る。蒼一さんの姿が見れてホッとした私は微笑んだ。
「いえ、不要なものだったらいいんですが、必要だったら、って思って」
「ううん、すごく助かったありがとう」
「そもそも鞄ひっくり返したの私ですし……」
「確認しなかった僕が悪いんだから」
私から届け物を受け取ると、蒼一さんが優しく笑った。ようやく安心できる、来てよかったなと思えた。
そこで思い出したように蒼一さんが新田さんに振り返る。彼女はじっと私たち二人を見ていた。蒼一さんが私に言ってくれる。
「新田茉莉子さん。同じ職場で働いてるんだ」
新田さんが頭を下げる。そして蒼一さんは次に私のことをこう紹介した。
「妻の咲良です」
短くそう告げた言葉を聞いて、私の心がぐっと締め付けられる。息ができないとすら思った。
妻、という当然の二文字があまりに嬉しくて泣いてしまいそうになる。形だけだし、戸籍上は妻なんだからそう紹介されるのは当たり前のこと。でもその当たり前が、私にとってはとても重要で嬉しい出来事だった。
私は蓮也に夫、って紹介できなかったのに。
「ええ先ほどご本人から伺いました。奥様だったなんて。私てっきり天海さんのファンの方とかが押しかけたのかと思ってしまいましたよ」
笑いながらサラリと言われた言葉に、うっと言葉が詰まった。それってつまり、『まさか奥様とは思いませんでした』ってことだよね。
慌てて家から出てきたとはいえ、もっと身だしなみを気をつけるべきだったと反省する。大人っぽい格好すればよかった、顔に似合わないと思うけど……。
「奥様ということは、今度のパーティーもいらっしゃるんですか?」
にこやかにそう聞いてきた新田さんに、隣の蒼一さんの視線が少し泳いだのに気がついた。私はすかさず聞き返す。
「パーティー、って?」
「あれ? ご存知ないんですか。今度開かれる創立記念パーティー。社長の奥様も同席されますし、後継である天海さんの奥様も当然いらっしゃるのかと」
私は蒼一さんの顔を見上げた。彼は困ったように眉間に皺を寄せている。今さっき妻と紹介されて喜んだ心は一気に落ちていった。
……知らない。聞いてなかった、そんな話。
つまり蒼一さんのお父様お母様も参加するパーティー。普通に考えて、蒼一さんの妻である私もいくのは当然のものだと言える。この会社の創立記念なら、取引先なども招いて接待するのでは。
でも、知らない。聞かされてもいなかった。
目の前が真っ暗になる。どうして蒼一さんは言ってくれなかったんだろう、私みたいな子供じゃいろんな人に妻だと紹介するのははずかしかったんだろうか。
それとも、やっぱり本当はお姉ちゃんを連れて行きたかったから、私を連れて行く気になんてなれないんだろうか……。
「いや、その話はこれからするつもりだったから」
頭をかきながら蒼一さんが言う。新田さんは目を丸くして言った。
「これから、って。もう、パーティーはすぐですよ。女は色々準備があるんですから、天海さん早く言っておかないと」
「ああ……うん、それはそうだね」
「私もその日参加させていただく予定です。奥様、またお会いできるのを楽しみにしていますね。おしゃれして来てくださいね。天海さんの奥様の披露会にもなりますから」
にっこりと笑っていう新田さんに、かろうじて引き攣った笑いだけなんとか返す。彼女は余裕の笑顔を見せると、その場から颯爽と立ち去っていった。
見抜かれている気がした。私たちが本当の夫婦となりきれていないことを。形だけの結婚で、本当は心も身体も繋がれていないことを。彼女はきっとどことなく気づいている……そんな気がした。
そしてそれと同時に、私がどれほど蒼一さんの妻として相応しくないのかも気付かされた気がする。私が名前を名乗った後のあの反応。まさか、こんな子が? って、顔に書いてあったもんな。
「……ごめんね」
新田さんを二人で見送った後、隣の蒼一さんが呟いた。その謝罪が辛かった。
「家に帰ったらちゃんと説明するから」
彼は私の目をしっかり見てそう言ってくれた。私はただ黙って頷き、逃げるようにその場から帰宅した。
夜になり、普段より少し早めに帰宅した蒼一さんは私と向き合って食事を取った。
やや気まずい雰囲気のまま二人で手を合わせる。山下さんと夕方作った料理を黙って食べながら沈黙を流す。
どちらもなかなか話を切り出すことができず、食べていたおかずは八割ほど無くなっていた。
「今日は届け物、ありがとう」
声を出したのは蒼一さんだった。私は小さく首を振る。
「いえ、全然いいんです」
「あれ必要なものだったから助かった本当に」
「よかったです」
愛想笑いすら返せない。小声で返事を返しご飯を頬張る。正直あまり味なんてわからなかった。
「……ごめん、隠してたわけじゃなくて、言うタイミングがなかった」
ゆっくり顔を上げてみると、正面に座る蒼一さんの顔が目に入った。叱られた子供のような、そんな表情をしていた。
私、蒼一さんに謝ってもらってばかり。
そう苦笑しながら聞く。
「やっぱり、恥ずかしいですか」
「え?」
「私、お姉ちゃんみたいに美人じゃないしなんか童顔で子供っぽいし……やっぱり蒼一さんの妻だと紹介するには、恥ずかしいかなって」
そういいながら自分で泣きそうになってしまった。
当然だと思った。蒼一さんはなんでもできてこんなに素敵な人だ。その妻が私だなんて不釣り合いで、色んな人に紹介するのは気が引けると思う。
お姉ちゃんだったら。今日会った新田さんみたいな人だったら、
「それは違う!」
強い声が聞こえてはっと顔を上げた。蒼一さんは厳しい顔でこちらを見ていた。その真っ直ぐな目に見つめられ、息ができなくなる。
「咲良ちゃん!」
私が声を出した時、大きな声がした。新田さんと同時に振り返ると、こちらに走ってくる蒼一さんの姿が見えた。
「蒼一さん!」
「ごめん、全然スマホ見てなくて」
彼は少し乱れた息でそう謝る。蒼一さんの姿が見れてホッとした私は微笑んだ。
「いえ、不要なものだったらいいんですが、必要だったら、って思って」
「ううん、すごく助かったありがとう」
「そもそも鞄ひっくり返したの私ですし……」
「確認しなかった僕が悪いんだから」
私から届け物を受け取ると、蒼一さんが優しく笑った。ようやく安心できる、来てよかったなと思えた。
そこで思い出したように蒼一さんが新田さんに振り返る。彼女はじっと私たち二人を見ていた。蒼一さんが私に言ってくれる。
「新田茉莉子さん。同じ職場で働いてるんだ」
新田さんが頭を下げる。そして蒼一さんは次に私のことをこう紹介した。
「妻の咲良です」
短くそう告げた言葉を聞いて、私の心がぐっと締め付けられる。息ができないとすら思った。
妻、という当然の二文字があまりに嬉しくて泣いてしまいそうになる。形だけだし、戸籍上は妻なんだからそう紹介されるのは当たり前のこと。でもその当たり前が、私にとってはとても重要で嬉しい出来事だった。
私は蓮也に夫、って紹介できなかったのに。
「ええ先ほどご本人から伺いました。奥様だったなんて。私てっきり天海さんのファンの方とかが押しかけたのかと思ってしまいましたよ」
笑いながらサラリと言われた言葉に、うっと言葉が詰まった。それってつまり、『まさか奥様とは思いませんでした』ってことだよね。
慌てて家から出てきたとはいえ、もっと身だしなみを気をつけるべきだったと反省する。大人っぽい格好すればよかった、顔に似合わないと思うけど……。
「奥様ということは、今度のパーティーもいらっしゃるんですか?」
にこやかにそう聞いてきた新田さんに、隣の蒼一さんの視線が少し泳いだのに気がついた。私はすかさず聞き返す。
「パーティー、って?」
「あれ? ご存知ないんですか。今度開かれる創立記念パーティー。社長の奥様も同席されますし、後継である天海さんの奥様も当然いらっしゃるのかと」
私は蒼一さんの顔を見上げた。彼は困ったように眉間に皺を寄せている。今さっき妻と紹介されて喜んだ心は一気に落ちていった。
……知らない。聞いてなかった、そんな話。
つまり蒼一さんのお父様お母様も参加するパーティー。普通に考えて、蒼一さんの妻である私もいくのは当然のものだと言える。この会社の創立記念なら、取引先なども招いて接待するのでは。
でも、知らない。聞かされてもいなかった。
目の前が真っ暗になる。どうして蒼一さんは言ってくれなかったんだろう、私みたいな子供じゃいろんな人に妻だと紹介するのははずかしかったんだろうか。
それとも、やっぱり本当はお姉ちゃんを連れて行きたかったから、私を連れて行く気になんてなれないんだろうか……。
「いや、その話はこれからするつもりだったから」
頭をかきながら蒼一さんが言う。新田さんは目を丸くして言った。
「これから、って。もう、パーティーはすぐですよ。女は色々準備があるんですから、天海さん早く言っておかないと」
「ああ……うん、それはそうだね」
「私もその日参加させていただく予定です。奥様、またお会いできるのを楽しみにしていますね。おしゃれして来てくださいね。天海さんの奥様の披露会にもなりますから」
にっこりと笑っていう新田さんに、かろうじて引き攣った笑いだけなんとか返す。彼女は余裕の笑顔を見せると、その場から颯爽と立ち去っていった。
見抜かれている気がした。私たちが本当の夫婦となりきれていないことを。形だけの結婚で、本当は心も身体も繋がれていないことを。彼女はきっとどことなく気づいている……そんな気がした。
そしてそれと同時に、私がどれほど蒼一さんの妻として相応しくないのかも気付かされた気がする。私が名前を名乗った後のあの反応。まさか、こんな子が? って、顔に書いてあったもんな。
「……ごめんね」
新田さんを二人で見送った後、隣の蒼一さんが呟いた。その謝罪が辛かった。
「家に帰ったらちゃんと説明するから」
彼は私の目をしっかり見てそう言ってくれた。私はただ黙って頷き、逃げるようにその場から帰宅した。
夜になり、普段より少し早めに帰宅した蒼一さんは私と向き合って食事を取った。
やや気まずい雰囲気のまま二人で手を合わせる。山下さんと夕方作った料理を黙って食べながら沈黙を流す。
どちらもなかなか話を切り出すことができず、食べていたおかずは八割ほど無くなっていた。
「今日は届け物、ありがとう」
声を出したのは蒼一さんだった。私は小さく首を振る。
「いえ、全然いいんです」
「あれ必要なものだったから助かった本当に」
「よかったです」
愛想笑いすら返せない。小声で返事を返しご飯を頬張る。正直あまり味なんてわからなかった。
「……ごめん、隠してたわけじゃなくて、言うタイミングがなかった」
ゆっくり顔を上げてみると、正面に座る蒼一さんの顔が目に入った。叱られた子供のような、そんな表情をしていた。
私、蒼一さんに謝ってもらってばかり。
そう苦笑しながら聞く。
「やっぱり、恥ずかしいですか」
「え?」
「私、お姉ちゃんみたいに美人じゃないしなんか童顔で子供っぽいし……やっぱり蒼一さんの妻だと紹介するには、恥ずかしいかなって」
そういいながら自分で泣きそうになってしまった。
当然だと思った。蒼一さんはなんでもできてこんなに素敵な人だ。その妻が私だなんて不釣り合いで、色んな人に紹介するのは気が引けると思う。
お姉ちゃんだったら。今日会った新田さんみたいな人だったら、
「それは違う!」
強い声が聞こえてはっと顔を上げた。蒼一さんは厳しい顔でこちらを見ていた。その真っ直ぐな目に見つめられ、息ができなくなる。
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