上 下
18 / 95

咲良の想い②

しおりを挟む

「この原作、すごく売れたみたいだよね知ってる?」

「あ、いえ……本好きなんですけど、ミステリーはあまり読まなくて」

「へえ、何読むの?」

「れ、恋愛とか……」

 少し迷ったが正直に答えてみた。やや恥ずかしい。いやいや恋愛小説に罪はない、問題なのは私が恋愛小説好きなんて『まさに』で意外性がまるでないことなのだ。ミステリーやいっそホラーとか好きで意外性を出せば面白かったかもしれないのに。

 蒼一さんは頷きながら納得したようにいう。

「なるほど、確かに咲良ちゃんらしい」

「意外性ゼロですみません」

「いや。僕たちは知り合ってこれだけ長く経つのに、まだまだ咲良ちゃんのことで知らないことだらけなんだなって思ってたよ。
 色々教えてほしい。小さなことでも、なんでも」

 私はつい隣の彼の顔をみた。

 優しく笑っているその顔はあまりに愛しすぎて、同時に寂しさを感じた。

 それは何のため? 夫婦でもないのに、蒼一さんが私のことを知ってどうするんだろう。同居していく上で上手くやっていきたいだからだろうか。

……なんて、ひねくれた考えをしてしまう私がおかしい。

 一緒に暮らすんだからお互いを知っておいた方がいいに決まってる。それはごく普通の考えだ。蒼一さんのいうことは間違っていないしおかしくもない。

「はい、私も蒼一さんのこと知らないことばっかりだから、教えてください」

「そうだね。少しずつ知っていけばいいね」

 どこか楽しそうに笑う彼に笑い返した。

 少しずつ、なんて。

 

 お姉ちゃんがもし万が一帰ってきたら、こんな関係終わるかもしれないのに





 映画を観終わった後、予約しているランチのお店まで歩いて移動していた。

 人混みの中話ながら並んで歩くのは新鮮で素直に楽しい。緩む頬で先ほどみた映画の話をしていた。

「犯人私全然わかりませんでした……! あの眼鏡の人かなって思ってたんですけど」

「ああ、僕もそう思ってた! 完全に騙されたよね」

「絶対間違いないぞって思ってたのに。よくできてますね、面白かった」

「最後は切なかったね、ほんと面白かった」

「ちょっと泣いちゃいました……!」

 弾む会話に口数も増えていた。蒼一さんも笑いながら隣で話を聞いてくれている。ずっと憧れていた彼とのデートは、予想以上に心が躍ってしまう。

 ベッドを買いに行くという目的であっても、私は今日のことをずっと忘れないだろうなと思った。

 ふと周りを見渡すと、多くのカップルが楽しそうに街を歩いている。幸せそうな男女を見ながら、私たちも少しはカップルらしく見えてるだろうか、なんておこがましくも思い微笑む。

 けれどすぐに、手を繋いだり腕を組んでる様子を見て苦笑した。微妙な距離感がある私たちは、やっぱりあんな風にはいられないよね。蒼一さんと手を繋ぐなんて、一生ないのかも。

「あ、咲良ちゃん、お店はこっちに曲が」

「咲良?」

 蒼一さんが指をさした瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。二人で振り返ると、そこに立っていたのはがっしりした体つきの男の子だった。

「あれ、蓮也! よく会うね?」

 蓮也だった。ついこの前も偶然会ったばかりだというのに、まさかこんな街中でも会うなんて。彼は一人ポケットに手を入れたまま立ち尽くしていた。私と蒼一さんを交互に見ている。特に蒼一さんには、やや驚きの表情を見せていた。

 蒼一さんが小さな声で囁いた。

「友達?」

「あ、そうなんです」

 私は慌てて紹介せねば、と思い立ち蒼一さんに笑いかけた。

「幼馴染みたいな感じなんです、中学高校大学とずっと一緒で。北野蓮也くんです」

 私がいうと、蓮也は無言で少しだけ頭を下げた。さて次に蒼一さんを、と思ったところで、言葉に詰まってしまった。

 私の夫の、なんて言ってもいいんだろうか。戸籍上はそうだけど、何だかひどく違和感を覚えてしまう。

「えーと……天海蒼一さん、です、蓮也も知ってると思うけど……」

 やや言葉を濁らせた時、察したのか蓮也が声をだした。どこか冷たいように感じる低い声で、普段の彼とはまるで違う印象だった。

「咲良の結婚相手ですか」

 そんな蓮也の態度にも、蒼一さんは柔らかく笑って答えた。

「はい、そうです」

「……そっすか。何歳なんすか」

「二十九ですね」

「ふうん。七歳上か、咲良の姉ちゃんならちょうどいい年だったんでしょうね」

「……知っているんだね、結婚の経緯」

「知ってますよ、咲良の姉ちゃんが当日いなくなって身代わりになったこと。それでも結婚するんだからすごいっすね」

 流石に気づく。蓮也は敵意剥き出した。彼は私の結婚にかなり反感を持っていたから、蒼一さんにも冷たく当たってるんだろう。私は慌てて蓮也の腕を掴み、一度二人で蒼一さんに背を向けた。小声で訴える。

「蓮也! 変なこと言わないで!」

「別に真実じゃん」

「そ、そうだけど」

「咲良が気使う必要ないだろ。形だけの婚姻関係って言ってたし」

「でも、同居人状態でも上手くやっていきたいの!」

「……それは、まあ」

 口ごもる蓮也に一度睨んで念を押すと、くるりと振り返り蒼一さんの方をみた。その瞬間、どきりと胸が鳴る。

 普段、柔らかい表情でいつも笑っている彼が、どこか冷たい視線でこちらをみていた。今まであんな顔は見たことがない、と一瞬戸惑った。

 幼い頃からニコニコ面倒見のいいお兄ちゃん。そんな印象だった蒼一さんの、初めてみる顔。

 いや、初対面であんな失礼なことを言われたらさすがの蒼一さんも機嫌を損ねるのも無理はないか。私は慌てて頭を下げた。

「蒼一さん、すみません、蓮也に悪気はないんですけどちょっと口悪くて……!」

 隣の蓮也は一緒に謝る様子もなく、むすっとしているだけだ。蓮也はアホだけど、どちらかといえば誰にでも懐っこくていい子なのに、今日は随分と態度が悪い。まあ、私のために怒ってくれているのもわかるのだけれど。

 蒼一さんは一瞬、少しだけ目を細めた。けれどすぐにいつものように口角を上げる。

「ううん、お友達からすれば反感を買うのもわかるから。気にしないで」

「すみません……」

「咲良ちゃんが謝ることじゃないから」

 とりあえずこの変な空気をなんとかせねば、と強く思う。私はわざとらしく腕時計を眺めると、これまたわざとらしく大きな声で言った。

「あ! ランチの予約の時間が! えっと、蓮也ごめんまたね、今度電話する!」

 蓮也は何も答えず、ただじっと隣の蒼一さんを見つめていた。私は蒼一さんの袖を少し引っ張って、そのまま蓮也に背を向ける。

「じゃあ、蓮也くん、また」

 蒼一さんは短くそう告げた。ほっとして二人歩き出す。

 少し進んでちらりと後ろを振り返ってみたら、蓮也の後ろ姿が小さく見えた。反対方向に行ったらしい。私は胸を撫で下ろす。

 ああもう。蓮也に電話でもう一度非難しなきゃ。私のためとはいえ、蒼一さんに変な態度取るのやめてって。

「仲良いんだね。電話とかよくするんだ」

 隣の蒼一さんが言った。私はもう一度謝罪する。

「本当にすみません、蓮也根はいいやつなんです。なんていうか、その」

「わかるよ。姉の身代わりに嫁がされたなんて、友達なら怒って当然だ。彼は悪くないし、友達思いのいい子だと思うよ」

 大人な発言に安心した。さすが蒼一さんだな、と思う。普通なら怒っちゃうところだろうに。彼はまっすぐ前を向いたまま小さくつぶやく。

「まあ、あれは友達思い、っていうか……」

「え?」

「中学からずっと一緒なんだ?」

「はい、そうです。長い付き合いです」

「咲良ちゃんの表情みてわかるよ、随分気を許してるんだなって」

「あはは、腐れ縁ですからね」

「そっか、仲良い子か。そっか」

 蒼一さんは呟くようにそう言った。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

欠陥姫の嫁入り~花嫁候補と言う名の人質だけど結構楽しく暮らしています~

バナナマヨネーズ
恋愛
メローズ王国の姫として生まれたミリアリアだったが、国王がメイドに手を出した末に誕生したこともあり、冷遇されて育った。そんなある時、テンペランス帝国から花嫁候補として王家の娘を差し出すように要求されたのだ。弱小国家であるメローズ王国が、大陸一の国力を持つテンペランス帝国に逆らえる訳もなく、国王は娘を差し出すことを決めた。 しかし、テンペランス帝国の皇帝は、銀狼と恐れられる存在だった。そんな恐ろしい男の元に可愛い娘を差し出すことに抵抗があったメローズ王国は、何かあったときの予備として手元に置いていたミリアリアを差し出すことにしたのだ。 ミリアリアは、テンペランス帝国で花嫁候補の一人として暮らすことに中、一人の騎士と出会うのだった。 これは、残酷な運命に翻弄されるミリアリアが幸せを掴むまでの物語。 本編74話 番外編15話 ※番外編は、『ジークフリートとシューニャ』以外ノリと思い付きで書いているところがあるので時系列がバラバラになっています。

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。

待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。 しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。 ※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

処理中です...