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咲良の想い②
しおりを挟む「この原作、すごく売れたみたいだよね知ってる?」
「あ、いえ……本好きなんですけど、ミステリーはあまり読まなくて」
「へえ、何読むの?」
「れ、恋愛とか……」
少し迷ったが正直に答えてみた。やや恥ずかしい。いやいや恋愛小説に罪はない、問題なのは私が恋愛小説好きなんて『まさに』で意外性がまるでないことなのだ。ミステリーやいっそホラーとか好きで意外性を出せば面白かったかもしれないのに。
蒼一さんは頷きながら納得したようにいう。
「なるほど、確かに咲良ちゃんらしい」
「意外性ゼロですみません」
「いや。僕たちは知り合ってこれだけ長く経つのに、まだまだ咲良ちゃんのことで知らないことだらけなんだなって思ってたよ。
色々教えてほしい。小さなことでも、なんでも」
私はつい隣の彼の顔をみた。
優しく笑っているその顔はあまりに愛しすぎて、同時に寂しさを感じた。
それは何のため? 夫婦でもないのに、蒼一さんが私のことを知ってどうするんだろう。同居していく上で上手くやっていきたいだからだろうか。
……なんて、ひねくれた考えをしてしまう私がおかしい。
一緒に暮らすんだからお互いを知っておいた方がいいに決まってる。それはごく普通の考えだ。蒼一さんのいうことは間違っていないしおかしくもない。
「はい、私も蒼一さんのこと知らないことばっかりだから、教えてください」
「そうだね。少しずつ知っていけばいいね」
どこか楽しそうに笑う彼に笑い返した。
少しずつ、なんて。
お姉ちゃんがもし万が一帰ってきたら、こんな関係終わるかもしれないのに
映画を観終わった後、予約しているランチのお店まで歩いて移動していた。
人混みの中話ながら並んで歩くのは新鮮で素直に楽しい。緩む頬で先ほどみた映画の話をしていた。
「犯人私全然わかりませんでした……! あの眼鏡の人かなって思ってたんですけど」
「ああ、僕もそう思ってた! 完全に騙されたよね」
「絶対間違いないぞって思ってたのに。よくできてますね、面白かった」
「最後は切なかったね、ほんと面白かった」
「ちょっと泣いちゃいました……!」
弾む会話に口数も増えていた。蒼一さんも笑いながら隣で話を聞いてくれている。ずっと憧れていた彼とのデートは、予想以上に心が躍ってしまう。
ベッドを買いに行くという目的であっても、私は今日のことをずっと忘れないだろうなと思った。
ふと周りを見渡すと、多くのカップルが楽しそうに街を歩いている。幸せそうな男女を見ながら、私たちも少しはカップルらしく見えてるだろうか、なんておこがましくも思い微笑む。
けれどすぐに、手を繋いだり腕を組んでる様子を見て苦笑した。微妙な距離感がある私たちは、やっぱりあんな風にはいられないよね。蒼一さんと手を繋ぐなんて、一生ないのかも。
「あ、咲良ちゃん、お店はこっちに曲が」
「咲良?」
蒼一さんが指をさした瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。二人で振り返ると、そこに立っていたのはがっしりした体つきの男の子だった。
「あれ、蓮也! よく会うね?」
蓮也だった。ついこの前も偶然会ったばかりだというのに、まさかこんな街中でも会うなんて。彼は一人ポケットに手を入れたまま立ち尽くしていた。私と蒼一さんを交互に見ている。特に蒼一さんには、やや驚きの表情を見せていた。
蒼一さんが小さな声で囁いた。
「友達?」
「あ、そうなんです」
私は慌てて紹介せねば、と思い立ち蒼一さんに笑いかけた。
「幼馴染みたいな感じなんです、中学高校大学とずっと一緒で。北野蓮也くんです」
私がいうと、蓮也は無言で少しだけ頭を下げた。さて次に蒼一さんを、と思ったところで、言葉に詰まってしまった。
私の夫の、なんて言ってもいいんだろうか。戸籍上はそうだけど、何だかひどく違和感を覚えてしまう。
「えーと……天海蒼一さん、です、蓮也も知ってると思うけど……」
やや言葉を濁らせた時、察したのか蓮也が声をだした。どこか冷たいように感じる低い声で、普段の彼とはまるで違う印象だった。
「咲良の結婚相手ですか」
そんな蓮也の態度にも、蒼一さんは柔らかく笑って答えた。
「はい、そうです」
「……そっすか。何歳なんすか」
「二十九ですね」
「ふうん。七歳上か、咲良の姉ちゃんならちょうどいい年だったんでしょうね」
「……知っているんだね、結婚の経緯」
「知ってますよ、咲良の姉ちゃんが当日いなくなって身代わりになったこと。それでも結婚するんだからすごいっすね」
流石に気づく。蓮也は敵意剥き出した。彼は私の結婚にかなり反感を持っていたから、蒼一さんにも冷たく当たってるんだろう。私は慌てて蓮也の腕を掴み、一度二人で蒼一さんに背を向けた。小声で訴える。
「蓮也! 変なこと言わないで!」
「別に真実じゃん」
「そ、そうだけど」
「咲良が気使う必要ないだろ。形だけの婚姻関係って言ってたし」
「でも、同居人状態でも上手くやっていきたいの!」
「……それは、まあ」
口ごもる蓮也に一度睨んで念を押すと、くるりと振り返り蒼一さんの方をみた。その瞬間、どきりと胸が鳴る。
普段、柔らかい表情でいつも笑っている彼が、どこか冷たい視線でこちらをみていた。今まであんな顔は見たことがない、と一瞬戸惑った。
幼い頃からニコニコ面倒見のいいお兄ちゃん。そんな印象だった蒼一さんの、初めてみる顔。
いや、初対面であんな失礼なことを言われたらさすがの蒼一さんも機嫌を損ねるのも無理はないか。私は慌てて頭を下げた。
「蒼一さん、すみません、蓮也に悪気はないんですけどちょっと口悪くて……!」
隣の蓮也は一緒に謝る様子もなく、むすっとしているだけだ。蓮也はアホだけど、どちらかといえば誰にでも懐っこくていい子なのに、今日は随分と態度が悪い。まあ、私のために怒ってくれているのもわかるのだけれど。
蒼一さんは一瞬、少しだけ目を細めた。けれどすぐにいつものように口角を上げる。
「ううん、お友達からすれば反感を買うのもわかるから。気にしないで」
「すみません……」
「咲良ちゃんが謝ることじゃないから」
とりあえずこの変な空気をなんとかせねば、と強く思う。私はわざとらしく腕時計を眺めると、これまたわざとらしく大きな声で言った。
「あ! ランチの予約の時間が! えっと、蓮也ごめんまたね、今度電話する!」
蓮也は何も答えず、ただじっと隣の蒼一さんを見つめていた。私は蒼一さんの袖を少し引っ張って、そのまま蓮也に背を向ける。
「じゃあ、蓮也くん、また」
蒼一さんは短くそう告げた。ほっとして二人歩き出す。
少し進んでちらりと後ろを振り返ってみたら、蓮也の後ろ姿が小さく見えた。反対方向に行ったらしい。私は胸を撫で下ろす。
ああもう。蓮也に電話でもう一度非難しなきゃ。私のためとはいえ、蒼一さんに変な態度取るのやめてって。
「仲良いんだね。電話とかよくするんだ」
隣の蒼一さんが言った。私はもう一度謝罪する。
「本当にすみません、蓮也根はいいやつなんです。なんていうか、その」
「わかるよ。姉の身代わりに嫁がされたなんて、友達なら怒って当然だ。彼は悪くないし、友達思いのいい子だと思うよ」
大人な発言に安心した。さすが蒼一さんだな、と思う。普通なら怒っちゃうところだろうに。彼はまっすぐ前を向いたまま小さくつぶやく。
「まあ、あれは友達思い、っていうか……」
「え?」
「中学からずっと一緒なんだ?」
「はい、そうです。長い付き合いです」
「咲良ちゃんの表情みてわかるよ、随分気を許してるんだなって」
「あはは、腐れ縁ですからね」
「そっか、仲良い子か。そっか」
蒼一さんは呟くようにそう言った。
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