片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

文字の大きさ
上 下
17 / 95

咲良の想い①

しおりを挟む


 あまりに滑稽で恥ずかしくなった。



 結婚したというのに一つ屋根の下にいながら手も出してもらえず、ついには寝室も別にされてしまった。私には触れないと言い切っていた蒼一さんだけど、いつかはちゃんと女性としてみてもらえるかもしれないって望みはかすかに持っていた。

 それが、この有様だ。このままでいい、と勇気を出して言ってみたけれど、蒼一さんが離れたい、と望んだ。

 恥ずかしくて死んでしまいたかった。

 暗くなった部屋で静かに涙を流しながら、ふと考えた。もしかして蒼一さんは、いつかお姉ちゃんが帰ってきた時にやり直すつもりなのかな、と。だから私と夫婦関係を作らないというのもあるのかもしれない。

 少しだけ掠れた声でそう聞いてみれば、イエスとは言われなかった。でもその代わり、『咲良ちゃんは好きな子とかいたんじゃないの』と尋ねられた。

 その言葉はいとも簡単に私の心を砕いた。

 そんなの、結婚相手に聞くことじゃない。私に好きな人がいると答えても、蒼一さんはきっとなんとも思わないんだ。きっとごめんね、と謝ってくれるだけ。

 いないなんて嘘はつきたくなかった。私の子供の頃からの初恋を、なかったことになんてしたくない。

「好きな人は、います」

 あなたです

 口が裂けても言えない想いを押し殺した。案の定蒼一さんは私に謝ってくれた。その謝罪は悲しく、いっそ気持ちがなくても適当に抱いてもらえた方がずっと楽だと思った。







 土曜日、私たちは街へ出かけた。

 誘ってもらえた時は初めてのデートだと飛び上がって喜んだものの、家具屋にベッドを買いに行く用事だとわかった時はただ悲しくなった。

 二人きりで出かけるなんて嬉しいことなのに、目的が夫婦別室のためのベッドなんて。

 それでも、私が落ち込んでいることを悟られるわけにはいかないので、もう前向きに蒼一さんとの外出を楽しむことにした。嘆いていてもしょうがない、女として見られていないこの状況は変わらない。

 朝早く起きて一番お気に入りのスカートを取り出し、あまり得意ではない化粧も頑張った。どこか子供っぽい自分なので、少しでもそれを隠したかった。お姉ちゃんはいつでも大人っぽくて綺麗な人だったなと思い出してしまう。

 出かける時間に廊下へ出ると、私をみた蒼一さんは目を細めて『かわいいね』と褒めてくれた。嬉しさと恥ずかしさでうまく返事ができなかった。そういうことをストレートに言ってくれるのは罪な人だとも思う。

 そう言う蒼一さんは、メイクなんて施していないのに私よりずっと綺麗な顔をしている。マスカラ不要の長い睫毛、ファンデーションいらずの白い肌。いつでも見惚れてしまうほど彼は素敵だ。

 街中に出てその魅力を思い知らされる。蒼一さんと並んで歩いていると、女性からの視線が痛かった。いつもこんなに人から注目されているなんて落ち着かなそうだな、なんて。そして隣にいる私の場違い感がすごいったらない。

「ここだね、映画館。行こうか」

 蒼一さんが見上げる。私のリクエストで、ミステリーの映画を見ることになった。恋愛ものはなんだか恥ずかしかったし、SFは苦手だ。消去法でいくとこの映画しか残されていなかった。

「ちょうどいい時間ですね」

「だね。咲良ちゃんポップコーンとか食べるタイプ?」

「欲しいですけど、お腹いっぱいになるとお昼困っちゃうから……」

「あはは、だね。ドリンクだけ買おうか。何にする?」

「え、っと、じゃあアイスティーを」

「好きだね。待ってて」

 スマートな流れで私のドリンクも一緒に買いに行ってくれた。思えばチケットもすでに取ってあった。大人な男性、という感じ。私は少しドキドキしながら待つ。

 でも。きっとお姉ちゃんと来てたんだろうな。長く婚約者として過ごしてたし、映画くらい見るよね。

 そう考えると胸の奥がじわじわと影が広がる。

 列に並ぶ彼の後ろ姿をこっそり盗み見た。周りの女の子がちょっと見惚れるように蒼一さんを見上げている。

 今日は映画を観たのちランチをして、買い物に行く予定だった。雑貨と、私のベッド。多分ベッドは購入してから届くまで時間を要するはずだけど、蒼一さんと一緒に寝れるのはあとわずかということになる。

 はあと息をもらした。

 別室になったら、なおさら手なんか出してもらえないだろうな。本当に本当にルームシェアの完成だ。そりゃ蒼一さんのそばに入れるだけで嬉しいけど、私はルームシェアに立候補したんじゃない、蒼一さんの結婚相手に立候補したのに。

 ぼんやりと考えながら立っていると、いつのまにか蒼一さんが隣に来て私の顔を覗き込んでいた。目の前に現れた綺麗な顔に、油断していた私は飛び上がって驚く。

「はは、ごめんびっくりさせた」

「す、すみませんぼうっとしてた!」

「ううん。はいアイスティー。行こうか」

「ありがとうございます……」

 受け取ったドリンクをもち映画館へ入っていく。蒼一さんがスムーズに進んでいく姿を見て、やっぱりお姉ちゃんと来てたのかな、なんて思ってしまう。

 座席について二人で腰掛ける。周りを見渡すとそこそこ空いているようだった。映画館独特の匂いが鼻につく。

「空いてますね」

「だね。公開して結構経つからかな」

 ドリンクをホルダーに入れた時、ふと隣の蒼一さんとの距離にどきりとした。一緒に住んでいるというのに、並んで座ることなんかあまりないからだ。

 触れそうで触れない肘がもどかしかった。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

あなたを愛する心は珠の中

れもんぴーる
恋愛
侯爵令嬢のアリエルは仲の良い婚約者セドリックと、両親と幸せに暮らしていたが、父の事故死をきっかけに次々と不幸に見舞われる。 母は行方不明、侯爵家は叔父が継承し、セドリックまで留学生と仲良くし、学院の中でも四面楚歌。 アリエルの味方は侍従兼護衛のクロウだけになってしまった。 傷ついた心を癒すために、神秘の国ドラゴナ神国に行くが、そこでアリエルはシャルルという王族に出会い、衝撃の事実を知る。 ドラゴナ神国王家の一族と判明したアリエルだったが、ある事件がきっかけでアリエルのセドリックを想う気持ちは、珠の中に封じ込められた。 記憶を失ったアリエルに縋りつくセドリックだが、アリエルは婚約解消を望む。 アリエルを襲った様々な不幸は偶然なのか?アリエルを大切に思うシャルルとクロウが動き出す。 アリエルは珠に封じられた恋心を忘れたまま新しい恋に向かうのか。それとも恋心を取り戻すのか。 *なろう様、カクヨム様にも投稿を予定しております

処理中です...