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蒼一の憂鬱④
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「美味しいですね」
「そうだね」
「えっと、厚揚げとか……」
一番隅に置かれた小鉢に入ったものを見る。私が好きなものだった。箸で一つつまみあげて食べると、慣れた味が舌の上に広がる。
「美味しいね。昔からこれが好きなんだよね」
何気なく言うと、なぜか咲良はふわっと笑った。だが何も言わず、いそいそと食事を続けている。少し気になったが特に何も言わなかった。
二人で沈黙のまま食事を続けた。でもそれが私にとってはとても居心地のいい時間だった。今度はもう少しゆっくり時間を取って夕食を取りたいと思った。
もくもくと食事を続けて終盤に差し掛かった頃、私は思い出して咲良に言った。
「そうだ、今度の土曜日。咲良ちゃん何か予定ある?」
「え? 特にありませんが」
「ちょっと出かけない?」
私がそう言うと、彼女はみるみる顔を明るくさせた。まるで動物園にいくと告げられた子供のようだった。
「はい、大丈夫です……!」
「よかった。映画とか、買い物でも。何か見たいものある?」
「ええと、調べてみます。蒼一さんは何かあります?」
「僕は基本何でも見るの好きだから。あ、ホラー以外でね」
「苦手なんですか」
「実はね」
咲良が笑う。つられて自分も笑みをこぼしながら続けた。
「あとは生活用品も、咲良ちゃんが足りないなと思うもの揃えよう。食器とかも適当に揃えたもので種類少ないから」
「あ、はい!」
「そして、家具屋も」
「え? 家具、ですか?」
キョトンとして不思議がる彼女に、私は告げた。
「ベッド。咲良ちゃんの分、買おう」
今日一日考えていたことだった。
実を言うとこの家のものを買い揃えた時、まだ綾乃とあの結婚式を企てる前だった。適当に買っておいたベッドで、まさかそこで咲良と寝ることになるとは思ってもみなかった。
二日一緒に寝てみて、大変よくないとわかった。咲良は隣に私がいることでなかなか寝付けないようだし、私も同じだ。毎晩自分の理性と戦うのはかなり根気がいることで困る。
部屋は余裕がある。そこを咲良の部屋にして、完全に別室にしたほうが気が楽になると思ったのだ。多分、咲良はほっとするに違いない。
私たちは書類上だけの夫婦だ。そんな男女が一つの寝具で寝るのはおかしいのだから。
「空いてる部屋を咲良ちゃんの部屋にしよう。ベッド好きなやつ買えばいいからさ」
グラスに入ったお茶を飲んで、正面の咲良の顔をみた。そこで意外なものを目にする。てっきり、安心して喜ぶかと思っていたのに、彼女の表情は翳っているように見えた。
口を固く結び、眉を少し下げてじっと私をみている。
「咲良ちゃん?」
「……いや、私……別にこのままでもいいかなあ、って」
困ったようにそう言った彼女に驚かされた。あんなに寝にくそうにしているのに、なぜそんなことを言うのか。
「いや、でも咲良ちゃんあまり寝れてないでしょ。一人の方がいいんじゃない」
「そ、れは、そうですけど」
「ああ、ベッド買うのに遠慮してるの? 全然大丈夫だよ、気にする必要ないよ」
私は彼女に触れることはない、と初日に断言してるが、それでもきっと咲良は警戒しているんだとわかっている。それが当然の反応だと思う。安心感を得るには、もう部屋を分ける他ない。
咲良は黙ってどこか一点を見つめていた。小さな口を開く。
「蒼一さんは、そうした方がいいですか……」
「え? まあ、そうだね……」
ずっと想いを寄せてる女性が隣にいて触れないという苦痛は男にしかわからない。多分、今の私の立場は世界中の男性に賞賛されると思う。そりゃ幸せでもあるが、いつ自分の理性が吹っ飛ぶかわからない。
咲良は少し考えたように黙り込んだが、次には笑って顔を上げた。
「分かりました、じゃあそうします! 新しいの買います」
「うん、だよね。そうしよう」
ほっと安心して答えた。新しいものが来るまではなんとか耐え抜いて、届いたら寝るのは別にしよう。
それがきっと、お互いのためでもある。
「ごちそうさま。僕お風呂入ってくるね」
「片付けはやります」
「ありがとう」
食事を終えて、そのままリビングを出る。完全に同居人だけど、これが私の望んだ形なのだと思い知った。
戸籍上だけの夫婦。無理矢理嫁がされた彼女。
それでも、書類上だけでも、どうしても咲良を自分のものにしたかった自分の独占欲だ。
「そうだね」
「えっと、厚揚げとか……」
一番隅に置かれた小鉢に入ったものを見る。私が好きなものだった。箸で一つつまみあげて食べると、慣れた味が舌の上に広がる。
「美味しいね。昔からこれが好きなんだよね」
何気なく言うと、なぜか咲良はふわっと笑った。だが何も言わず、いそいそと食事を続けている。少し気になったが特に何も言わなかった。
二人で沈黙のまま食事を続けた。でもそれが私にとってはとても居心地のいい時間だった。今度はもう少しゆっくり時間を取って夕食を取りたいと思った。
もくもくと食事を続けて終盤に差し掛かった頃、私は思い出して咲良に言った。
「そうだ、今度の土曜日。咲良ちゃん何か予定ある?」
「え? 特にありませんが」
「ちょっと出かけない?」
私がそう言うと、彼女はみるみる顔を明るくさせた。まるで動物園にいくと告げられた子供のようだった。
「はい、大丈夫です……!」
「よかった。映画とか、買い物でも。何か見たいものある?」
「ええと、調べてみます。蒼一さんは何かあります?」
「僕は基本何でも見るの好きだから。あ、ホラー以外でね」
「苦手なんですか」
「実はね」
咲良が笑う。つられて自分も笑みをこぼしながら続けた。
「あとは生活用品も、咲良ちゃんが足りないなと思うもの揃えよう。食器とかも適当に揃えたもので種類少ないから」
「あ、はい!」
「そして、家具屋も」
「え? 家具、ですか?」
キョトンとして不思議がる彼女に、私は告げた。
「ベッド。咲良ちゃんの分、買おう」
今日一日考えていたことだった。
実を言うとこの家のものを買い揃えた時、まだ綾乃とあの結婚式を企てる前だった。適当に買っておいたベッドで、まさかそこで咲良と寝ることになるとは思ってもみなかった。
二日一緒に寝てみて、大変よくないとわかった。咲良は隣に私がいることでなかなか寝付けないようだし、私も同じだ。毎晩自分の理性と戦うのはかなり根気がいることで困る。
部屋は余裕がある。そこを咲良の部屋にして、完全に別室にしたほうが気が楽になると思ったのだ。多分、咲良はほっとするに違いない。
私たちは書類上だけの夫婦だ。そんな男女が一つの寝具で寝るのはおかしいのだから。
「空いてる部屋を咲良ちゃんの部屋にしよう。ベッド好きなやつ買えばいいからさ」
グラスに入ったお茶を飲んで、正面の咲良の顔をみた。そこで意外なものを目にする。てっきり、安心して喜ぶかと思っていたのに、彼女の表情は翳っているように見えた。
口を固く結び、眉を少し下げてじっと私をみている。
「咲良ちゃん?」
「……いや、私……別にこのままでもいいかなあ、って」
困ったようにそう言った彼女に驚かされた。あんなに寝にくそうにしているのに、なぜそんなことを言うのか。
「いや、でも咲良ちゃんあまり寝れてないでしょ。一人の方がいいんじゃない」
「そ、れは、そうですけど」
「ああ、ベッド買うのに遠慮してるの? 全然大丈夫だよ、気にする必要ないよ」
私は彼女に触れることはない、と初日に断言してるが、それでもきっと咲良は警戒しているんだとわかっている。それが当然の反応だと思う。安心感を得るには、もう部屋を分ける他ない。
咲良は黙ってどこか一点を見つめていた。小さな口を開く。
「蒼一さんは、そうした方がいいですか……」
「え? まあ、そうだね……」
ずっと想いを寄せてる女性が隣にいて触れないという苦痛は男にしかわからない。多分、今の私の立場は世界中の男性に賞賛されると思う。そりゃ幸せでもあるが、いつ自分の理性が吹っ飛ぶかわからない。
咲良は少し考えたように黙り込んだが、次には笑って顔を上げた。
「分かりました、じゃあそうします! 新しいの買います」
「うん、だよね。そうしよう」
ほっと安心して答えた。新しいものが来るまではなんとか耐え抜いて、届いたら寝るのは別にしよう。
それがきっと、お互いのためでもある。
「ごちそうさま。僕お風呂入ってくるね」
「片付けはやります」
「ありがとう」
食事を終えて、そのままリビングを出る。完全に同居人だけど、これが私の望んだ形なのだと思い知った。
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