片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

文字の大きさ
上 下
12 / 95

蒼一の憂鬱①

しおりを挟む



 朝目が覚めた時、隣で眠っているはずの咲良はもういなかった。

 昨夜もどこかソワソワした様子で何度も寝返りを打っていたのを知っているので、多分じっくり眠れていないはずだ。

 私はふうと息を吐きながら上半身を起こす。かくいう自分も、実のところ熟睡できている感じはない。

 正直に言おう。隣で想いを寄せる女性が寝ているのは、男にとって拷問でしかない。下心? あるに決まっている。ないという男がいるのならお会いしたい。

 それでも彼女に指一本触れるわけにはいかなかった。無理矢理嫁がされ、好きでもない男と衣食住共にすることだけできっと精一杯なはずなのだから。

 時計を眺めると、まだ時刻はだいぶ早い。今日も自分が朝食を作ろうかと思っていたのだが、もしや。

 私は思い当たるところがあって寝室からでた。キッチンから何やら物音が聞こえてくるの気がつく。そちらに向かって足を早めた。

 リビングのドアを開けると、すでにキッチンに立って調理している咲良の姿が目に入った。エプロンをつけて立っているその姿だけで、一瞬呼吸が止まってしまったのは決して誰にも言えない。

 彼女ははっと顔をあげてこちらを見た。そして柔らかく笑ってみせる。

「おはようございます」

 ただの挨拶。それが、どうしてこんなに尊く感じるのだろうか。

「おはよう。早いね」

「今日こそは私が朝ごはんつくろうって思ってて……!」

「そんなこと頑張らなくていいんだよ。気がついた方がやればいいんだから」

 私のエゴで彼女を嫁がせたことを、心の中で申し訳なく思っている。

 だからせめて、咲良には自由に楽しく過ごしてもらいたかった。彼女はまだ若い。遊びまわってもらっていいのだ。ただ、最後はこの家に帰ってきてくれさえすれば。

「いえ、やらせてください! ただ、私そんなに料理上手くないんですけど……すみません」

 申し訳なさそうに言ってくる咲良に少し笑った。

「ううん、全然気にしない。ありがとう」

「もう少し待っててください」

「じゃあ支度してくるね」

 自分でも浮かれていることに気づいていたが、それを悟られないように取り繕ってその場を去った。洗面室に向かい歯を磨いて顔を洗う。使い終えたタオルを洗濯機に入れたとき、そういえば料理以外の家事も、家政婦の山下さんにきてもらおうか、と思いつく。

 多分昨日は咲良がやってくれたんだろう。

「でも、なあ」

 山下さんは咲良も知っている相手で、きっと彼女のフォローを上手くしてくれるだろうから頼んだのだが、元々は両親が雇った家政婦だ。あまりこちらに呼んでは、両親がいい顔をしないと思う。

 父はともかく、母は特に綾乃を気に入っていた。ハキハキして明るい子だったので、母とも気が合うらしかった。逆に言えば、正反対の、どちらかといえば内気な咲良とはあまり合わないのだろう。

 それに何より、多分逃げ出した綾乃への恨みを咲良にぶつけているだけだ。咲良は何も悪くないのに。

 山下さんが頻繁にこちらへ来ては、咲良のイメージが悪くなってしまうか。

「違う家政婦を雇うか」

 一人考えて着替えに向かう。少しでも、咲良が過ごしやすいようにしてほしい。別に家事をして欲しくて結婚したわけじゃない。むしろそんなもの全部私がしてもいいくらいだ。

 ワイシャツに袖を通して再びキッチンへ戻る。香ばしいいい香りが鼻をついた。咲良は必死で何かと格闘しており、微笑ましい。その様子を永遠に眺めていたいと思った。
 
「よし! お待たせしました!」

 達成感に満ち溢れた顔で咲良がテーブルに料理を置く。それはホットサンドだった。

「すごい! おいしそうだね」

「は、挟んだだけです……」

「ありがとう。食べようか」

 私が声をかけると、咲良も嬉しそうに正面に座った。二人で手をあわせて挨拶をする。

「いただきます」

「いただきます!」

 手に持って中身を見てみると、卵とベーコンが入っているようだった。出来立てで熱々のそれは、お世辞抜きで美味しくてたまらなかった。

「美味しいよ! どこが料理苦手なの?」

「蒼一さん……これトーストに焼いたベーコンと卵挟んだだけですよ……」

「はは、でも美味しいから。ありがとう」

 私のお礼に咲良は嬉しそうに笑った。犬だったら尻尾を振り回しているだろうという表情だった。

 二人でパンに齧り付く。彼女は口の端にケチャップが少し付いていて、指摘しようと思ったが可愛いのでそのままにしておいた。

「そうだ、山下さんは夕方に来てもらうとして。他の家事をしてもらう家政婦さんを雇おうと思うんだけど」

 早速咲良に提案した。彼女は目を丸くしてこちらをみる。

「掃除とか、洗濯とかさ。午前中だけでも」

「え、そんな。私上手じゃないけど、それくらいやれます!」

「咲良ちゃんはのんびりゆっくりしててくれればいいんだよ。ね、そうしよっか。あまり人を家に入れたくないなら、三日に一度くらいでも全然」

 そう話していると、目の前の彼女の表情が翳ったことに気がついた。

 私は少し首を傾げて顔を覗き込む。やっぱり、人に気を遣う彼女は遠慮するだろうか。

「あの、私、ですね」

「うん」

「その、あまり家事とかも得意じゃないですけど、練習してちゃんとこなせるようになりたいですし……形だけの結婚相手でも、ちゃんと頑張りたいんです。仕事で忙しそうにしてる蒼一さんのフォローを少しでもできたら、って……」

「形だけだなんて」

 慌てて否定しようとして、その術がないことに気がついた。

 私の気持ちを知らない咲良からすれば、家事も何もすることがない自分をそう思っても仕方ないだろうと思った。書類上だけの夫婦みたいなものだ。家と家の関係上嫁いだだけ。

 本当は私が君と結婚したかったからこうなっている———だなんて、幻滅されるのを分かりきっている真実を、伝えれるはずがない。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

御曹司の執着愛

文野多咲
恋愛
甘い一夜を過ごした相手は、私の店も家も奪おうとしてきた不動産デベロッパーの御曹司だった。 ――このまま俺から逃げられると思うな。 御曹司の執着愛。  

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

処理中です...