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咲良の憂鬱④
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「……あ、家同士それで穏便に済むし……」
「そんなん別にいいじゃん、咲良の人生を懸けることか? 今からでも破談にした方がいい、咲良、よく考えろよ!」
蓮也は私の肩をしっかり掴んで必死にそう言った。あまりの剣幕に驚くと同時に、これほど友人のために怒ってくれる彼はとてもいい人だなあなんて、そんなことを考えてしまう自分がいる。
中学の頃からもう十年近い付き合い。彼はいつだって真面目で優しい。
「……ありがとう、蓮也」
「い、いやお礼言われることじゃないけど……」
「でも、大丈夫。私なんて、全然奥さん扱いされてないんだから」
あえて明るく言い放った。笑っていないと、私の心の奥底にある恋心を悟られてしまいそうだったからだ。
好きな人と結婚できたくせに、形だけの夫婦でいいよなんて言われて、指一本触れて貰えない女、なんて。
「え?」
「蒼一さんは、お姉ちゃんのことが本当に好きだったから。私なんて妹としか見えてないよ。形だけの夫婦でいいって言われてるから」
「形だけって」
蓮也の唇が震える。私は頷いた。
「自由にしてていいよって。今日なんて寝坊して朝ごはんすら作ってないから!」
私は笑ったのに、蓮也は笑わなかった。ずっと思い詰めたように黙って私を見ている。その真っ直ぐな視線が痛くて、つい目を逸らした。
「でも……他に好きな女がいるのに咲良と結婚するなんて、いい加減じゃん。自由っていったって咲良を縛り付けてるんだろ。ロクなやつじゃない」
低い声でそう言ったのを聞いて、私は即座に否定した。
「結婚するって言ったのは私なんだよ。無理矢理強いられたわけじゃない。蒼一さんだって、家のこととか色々考えてしょうがなくしたんだよ。
それに……形だけの結婚だけど、それでも私はいいから。私にできることはやって、楽しくやっていきたいって思ってる。この話を無かったことにするつもりなんて全然ないから」
自分の口からするすると出てきた言葉に、自分でも驚いた。でもそれが私の本心なんだと、今再確認できる。
そうだ、結婚するって言ったのは私だ。ちゃんとした夫婦になれそうにないのは悲しいこと。それでも、私は蒼一さんと一緒にいれることは幸せであることは間違いない。
私にできることはやって、彼と楽しく過ごしていけたなら。そしてもしかしたらいつかは本当の夫婦になれたら———そんな希望を、かすかに抱いている。
蓮也は黙ったまま何も言わなかった。
しばらく沈黙を流したあと、彼は顔を背けるようにして小さく呟く。
「でも、俺は……」
「心配してくれてありがとう。ちゃんと友達にもみんな説明するつもりだったんだけど、まだバタバタしてるから。落ち着いたらみんなにも言う。蓮也、ありがとう」
「…………」
蓮也は何も返さなかった。その黒い瞳を少し揺らして戸惑っている様子が伝わってきたが、それでも私の決意に黙り込んでいた。
「ごめんね、ちょっと買い物に行こうと思ってて。会えてよかった、ちゃんと連絡も返すからね」
私はそう言ってその場から立ち去ろうと彼に手をふった。数歩進んだところで、蓮也が私の名前を呼ぶ。振り返ると、どこか悲しそうな顔で彼は言った。
「辛いことあったら……いつでも話聞くから、無理すんな」
「ふふ、優しいなあ。ありがとね」
私は笑い返すと、今度こそその場から離れていった。
そうだ、そうだよね。
蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだから、すぐに私を奥さんとして受け入れることなんてできないよ。
すごく寂しいけど、蒼一さんらしい。
私はこの生活を頑張ろう。妻としてじゃなくて、同居人として。
できることは頑張って、少しでも蒼一さんの支えになれるように。
「そんなん別にいいじゃん、咲良の人生を懸けることか? 今からでも破談にした方がいい、咲良、よく考えろよ!」
蓮也は私の肩をしっかり掴んで必死にそう言った。あまりの剣幕に驚くと同時に、これほど友人のために怒ってくれる彼はとてもいい人だなあなんて、そんなことを考えてしまう自分がいる。
中学の頃からもう十年近い付き合い。彼はいつだって真面目で優しい。
「……ありがとう、蓮也」
「い、いやお礼言われることじゃないけど……」
「でも、大丈夫。私なんて、全然奥さん扱いされてないんだから」
あえて明るく言い放った。笑っていないと、私の心の奥底にある恋心を悟られてしまいそうだったからだ。
好きな人と結婚できたくせに、形だけの夫婦でいいよなんて言われて、指一本触れて貰えない女、なんて。
「え?」
「蒼一さんは、お姉ちゃんのことが本当に好きだったから。私なんて妹としか見えてないよ。形だけの夫婦でいいって言われてるから」
「形だけって」
蓮也の唇が震える。私は頷いた。
「自由にしてていいよって。今日なんて寝坊して朝ごはんすら作ってないから!」
私は笑ったのに、蓮也は笑わなかった。ずっと思い詰めたように黙って私を見ている。その真っ直ぐな視線が痛くて、つい目を逸らした。
「でも……他に好きな女がいるのに咲良と結婚するなんて、いい加減じゃん。自由っていったって咲良を縛り付けてるんだろ。ロクなやつじゃない」
低い声でそう言ったのを聞いて、私は即座に否定した。
「結婚するって言ったのは私なんだよ。無理矢理強いられたわけじゃない。蒼一さんだって、家のこととか色々考えてしょうがなくしたんだよ。
それに……形だけの結婚だけど、それでも私はいいから。私にできることはやって、楽しくやっていきたいって思ってる。この話を無かったことにするつもりなんて全然ないから」
自分の口からするすると出てきた言葉に、自分でも驚いた。でもそれが私の本心なんだと、今再確認できる。
そうだ、結婚するって言ったのは私だ。ちゃんとした夫婦になれそうにないのは悲しいこと。それでも、私は蒼一さんと一緒にいれることは幸せであることは間違いない。
私にできることはやって、彼と楽しく過ごしていけたなら。そしてもしかしたらいつかは本当の夫婦になれたら———そんな希望を、かすかに抱いている。
蓮也は黙ったまま何も言わなかった。
しばらく沈黙を流したあと、彼は顔を背けるようにして小さく呟く。
「でも、俺は……」
「心配してくれてありがとう。ちゃんと友達にもみんな説明するつもりだったんだけど、まだバタバタしてるから。落ち着いたらみんなにも言う。蓮也、ありがとう」
「…………」
蓮也は何も返さなかった。その黒い瞳を少し揺らして戸惑っている様子が伝わってきたが、それでも私の決意に黙り込んでいた。
「ごめんね、ちょっと買い物に行こうと思ってて。会えてよかった、ちゃんと連絡も返すからね」
私はそう言ってその場から立ち去ろうと彼に手をふった。数歩進んだところで、蓮也が私の名前を呼ぶ。振り返ると、どこか悲しそうな顔で彼は言った。
「辛いことあったら……いつでも話聞くから、無理すんな」
「ふふ、優しいなあ。ありがとね」
私は笑い返すと、今度こそその場から離れていった。
そうだ、そうだよね。
蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだから、すぐに私を奥さんとして受け入れることなんてできないよ。
すごく寂しいけど、蒼一さんらしい。
私はこの生活を頑張ろう。妻としてじゃなくて、同居人として。
できることは頑張って、少しでも蒼一さんの支えになれるように。
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