片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

文字の大きさ
上 下
5 / 95

すれ違う心たち⑤

しおりを挟む



 夜も更けて、外には満月が出ていた。

 時刻はとっくに日付が変わっている。眠れない目を開き隣を見れば、気持ちよさそうな寝息が聞こえた。

 まだ幼さの残る女性は、つい先ほどまで眠れないとばかりに寝返りを繰り返していたが、ようやく眠りについたらしい。男と同じベッドで寝るだなんて緊張でなかなか寝付けなかったのだろう。

 私は起こさないようにゆっくり上半身を起こし、その安らかな寝顔を見て微笑んだ。子供の頃から変わらない顔立ちに、懐かしさを覚えた。

 突然の展開で私の妻となり、今日こちらへ嫁入りした。先日大学を卒業したばかりの彼女は、緊張した面持ちでうちに入り、夜はガチガチに固まってベッドの上で私を迎えた。

 その姿を見て胸が痛んだ。ああ、好きでもない男に抱かれることに酷く緊張していたのだなと嫌でも感づく。

 元々優しく周りに気を遣う彼女だったが、自分の家と姉のために結婚を立候補するだなんて、勇気のいることだったろう。

 ふと隣を見ると、音を切っていた私のスマートフォンが光っていた。それをそっと手に取り、ベッドから降りる。すやすやと眠っている顔を今一度確認し、私は寝室から出た。

 そのまま玄関まで向かい、さらに外へ出た。やや冷える肌寒い夜だったが、そんなことすら気にならなかった。

 握りしめた電話を片手に庭へ出、満月の下にある木陰にもたれかかる。

 機器を操作し、耳に当てる。先ほどこちらに電話をかけてきていた相手は、すぐに反応した。

『もしもし? ごめん、寝てた?』

 聞き覚えのある声が耳に届く。私は小さくため息をついて答えた。

「起きていたよ。寝れるわけもない」

『初夜だったものね』

「くだらないことを言うな。
 綾乃」


 
 私の元・婚約者だった。





 電話を持つ手に力が入る。

 あたりに人がいないことを今一度確認した。こんな真夜中の庭に人などいないのは当たり前だと言うのに、私は目を光らせて何度も見る。

 風が吹いて木々が揺れ葉が擦れる。自分の髪も巻き上がり、その先端が目に入り鬱陶しく髪をかき上げた。

 先ほど隣で寝ていた咲良の顔を思い出す。

『ね? あの子、ちゃんと式の日立候補したでしょ?』

 勝ち誇ったように綾乃が言う。私は答えなかった。

 耳に入る幼馴染の声み身を任せるように、幹の太い木に更に体を預ける。背中に冷たい感覚が広がった。

「……それは想定内だった」

『晴れてあの子を妻に出来たってわけ。作戦大成功ね』

「綾乃」

『楽しい新婚生活の始まりね』



 自分と綾乃はとても気の合う二人だった。ただそれは、本当に友人として仲がよかっただけだ。

 性別も違い、年も三つ離れていたというのに、彼女とはただ虫を捕まえて遊んだり、流行りのゲームをしたりしてはしゃぐだけの関係だったのだ。

 こんなものかと思っていた。婚約者との関係など。幼い頃からずっとそばにいれば、今更恋愛感情など湧いてこないのだと。

 そんな私を覆したのは、まさかの婚約者の妹だった。

 無論、はじめはただの妹としか見ていなかった。おぼつかない足で私たちの後ろを追い、姉と違って怖がりで慎重な彼女の面倒を見ているだけの日々。

 それでも、成長を重ねるにつれて咲良の美しさは増していった。

 咲良はとにかく優しい子だった。いつでも周りに気を遣い、そのせいで自分を蔑ろにしてしまうほど。私はその優しい彼女の性格に惹かれていたのだ。

 無邪気に笑う顔を見て、どんどん伸びる背や大人びていく表情をみて、自分が綾乃には抱いていない気持ちを持っていると気づいた時は愕然とした。

 婚約者の妹を愛するなど。その上、咲良は私よりも七つも年下なのに。

 ただ面倒見のいい兄を演じ続け、秘めた想いを抱えていた。そんな頃、ついに綾乃との結婚話が具体的に持ち上がってしまった。

 叶うはずのない気持ちの行き場はなかった。私は苦しみ、愚かな自分に辟易していた。


『あのさ、私、結婚式行かない方がいいんじゃない?』


 綾乃が突然そんなことを言い出した日、目を丸くして彼女を見た。どこか妖艶な表情で、綾乃は笑った。


『気づかないわけないでしょう? 何年蒼一の隣にいると思ってるの』

『綾乃』

『私別に結婚するのはいいんだけどさ、あの固いお家には愛想尽かしているの。家から解放されたいってずっと思ってた。正直、蒼一は好きだけど異性としてじゃないし。どう思う? 私、結婚式行かない方がいいんじゃない?』

 意味深に笑う彼女を見て、自分の胸が大きく鳴り響いた。
 
 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

御曹司の執着愛

文野多咲
恋愛
甘い一夜を過ごした相手は、私の店も家も奪おうとしてきた不動産デベロッパーの御曹司だった。 ――このまま俺から逃げられると思うな。 御曹司の執着愛。  

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

処理中です...