4 / 95
すれ違う心たち④
しおりを挟む
自分が腰掛けている真っ白なシーツのベッドを触る。ここで毎日、蒼一さんと二人で眠るんだ。
……いけない! 恥ずかしさで顔を覆う。
叶うはずもないと思っていた片思いの相手と急にこんなことになって、パニックもいいところだった。こんなことなら、もっとダイエットを頑張っておくべきだったのでは? 腹筋とか、スクワットとか! 胸はどうしようもない、手遅れだ。
爆発しそうな頭で悶えている時、突然寝室の扉が開かれた。ビクッと反応する。
蒼一さんだった。風呂上がりの髪はまだ完全に乾いていないのか、ややしめっているように見える。彼は私を見、優しく笑った。その温かな顔を見ただけで、胸が苦しいほどに鳴ってしまう。
「まだ起きていたの、寝ててよかったのに」
彼はそう笑った。サラリと言われたその言葉をきき、戸惑いを覚える。
だって、そんな。先に寝てるだなんて、そんなこと、できっこない。
「い、いいえ……そんなことできないです」
「…………」
俯いて言った私の隣に彼は腰掛けた。ベッドのスプリングが揺れる。再び心臓がうるさいほどに高鳴る。緊張で横にいる蒼一さんの顔を見上げることが出来なかった。
どうすればいいのだろう、いや、待ってるしかできない。蒼一さんから……
「……ごめんね、こんなことになって」
ポツンと言った声が聞こえる。はっとして顔を上げた。
蒼一さんは寂しげに微笑んでいた。それは見ているこちらが苦しくなってしまうほどで、彼が何に対して謝っているのだろうと戸惑う。
「え?」
「まだ二十二の咲良ちゃんが、年の離れた僕と結婚することになるだなんて。あの時、お互いの家のことを考えて君が立候補したのはとても勇気がいったと思う」
「そんな、私」
「安心して。僕たちは形だけの夫婦でいいんだよ。無理に咲良ちゃんに触ったりなんかしない。だからそんなに緊張しなくていい」
心が、止まった。
優しいと見えて残酷な言葉を吐く。私は息をするのすら忘れて蒼一さんを見つめた。
彼は大丈夫だよ、とばかりに私の頭を撫でた。子供の頃からよくそう可愛がってくれて、その行為が今まではとても好きだったのに、今はただただ悲しい行為に思えた。結婚相手にではなく、それは妹に対して行う行為だ。
胸にぽっかり穴が空いたような感覚に包まれる。全身が重く、心が痛い。緊張で熱くなっていた体は急に冷え込んだように感じた。
結婚したのに、私は彼に触れては貰えない。
やっぱり彼は私を妹としか見ていないんだ。痛感させられる。こんな子供っぽい私なんて、彼には何の魅力もないのだろう。それにきっと、この人の胸の中にはまだお姉ちゃんがいるから。
目に涙が浮かぶ。あなたの胸の中にお姉ちゃんがいたとしても、それでも側にいたかったとなぜ言えないのだろう。お姉ちゃんの代わりでもいいからどうかちゃんと夫婦になりたい、とどうして言えないんだろう。
それはこの気持ちが蒼一さんに知られて拒絶されるのが怖いから。
涙を流した私を見て、彼は笑った。私が安心して涙したと勘違いしているようだった。
「形だけの夫婦でいい。咲良ちゃんは好きにやっていけばいいんだから」
「わ、たし……」
「君はまだ若くて素敵な子だから。なのに、こんな形になってごめんね」
苦しそうに何度も何度も蒼一さんは私に謝った。謝る必要なんてないのに、繰り返す。
「大丈夫だから。咲良ちゃんは何も心配しないでね」
その広い胸に飛び込んで行けたらどれほど楽だろうか。
あなたがどうしても欲しかった。でも、形だけの夫婦となっても心も体も手に入らない。
彼のために磨き抜いた肌は虚しく、どこか寒く感じた。一人緊張してドキドキしながら座っていたこのベッドもひどく滑稽に思える。
私たちは書類上だけの夫婦となったのだ。
……いけない! 恥ずかしさで顔を覆う。
叶うはずもないと思っていた片思いの相手と急にこんなことになって、パニックもいいところだった。こんなことなら、もっとダイエットを頑張っておくべきだったのでは? 腹筋とか、スクワットとか! 胸はどうしようもない、手遅れだ。
爆発しそうな頭で悶えている時、突然寝室の扉が開かれた。ビクッと反応する。
蒼一さんだった。風呂上がりの髪はまだ完全に乾いていないのか、ややしめっているように見える。彼は私を見、優しく笑った。その温かな顔を見ただけで、胸が苦しいほどに鳴ってしまう。
「まだ起きていたの、寝ててよかったのに」
彼はそう笑った。サラリと言われたその言葉をきき、戸惑いを覚える。
だって、そんな。先に寝てるだなんて、そんなこと、できっこない。
「い、いいえ……そんなことできないです」
「…………」
俯いて言った私の隣に彼は腰掛けた。ベッドのスプリングが揺れる。再び心臓がうるさいほどに高鳴る。緊張で横にいる蒼一さんの顔を見上げることが出来なかった。
どうすればいいのだろう、いや、待ってるしかできない。蒼一さんから……
「……ごめんね、こんなことになって」
ポツンと言った声が聞こえる。はっとして顔を上げた。
蒼一さんは寂しげに微笑んでいた。それは見ているこちらが苦しくなってしまうほどで、彼が何に対して謝っているのだろうと戸惑う。
「え?」
「まだ二十二の咲良ちゃんが、年の離れた僕と結婚することになるだなんて。あの時、お互いの家のことを考えて君が立候補したのはとても勇気がいったと思う」
「そんな、私」
「安心して。僕たちは形だけの夫婦でいいんだよ。無理に咲良ちゃんに触ったりなんかしない。だからそんなに緊張しなくていい」
心が、止まった。
優しいと見えて残酷な言葉を吐く。私は息をするのすら忘れて蒼一さんを見つめた。
彼は大丈夫だよ、とばかりに私の頭を撫でた。子供の頃からよくそう可愛がってくれて、その行為が今まではとても好きだったのに、今はただただ悲しい行為に思えた。結婚相手にではなく、それは妹に対して行う行為だ。
胸にぽっかり穴が空いたような感覚に包まれる。全身が重く、心が痛い。緊張で熱くなっていた体は急に冷え込んだように感じた。
結婚したのに、私は彼に触れては貰えない。
やっぱり彼は私を妹としか見ていないんだ。痛感させられる。こんな子供っぽい私なんて、彼には何の魅力もないのだろう。それにきっと、この人の胸の中にはまだお姉ちゃんがいるから。
目に涙が浮かぶ。あなたの胸の中にお姉ちゃんがいたとしても、それでも側にいたかったとなぜ言えないのだろう。お姉ちゃんの代わりでもいいからどうかちゃんと夫婦になりたい、とどうして言えないんだろう。
それはこの気持ちが蒼一さんに知られて拒絶されるのが怖いから。
涙を流した私を見て、彼は笑った。私が安心して涙したと勘違いしているようだった。
「形だけの夫婦でいい。咲良ちゃんは好きにやっていけばいいんだから」
「わ、たし……」
「君はまだ若くて素敵な子だから。なのに、こんな形になってごめんね」
苦しそうに何度も何度も蒼一さんは私に謝った。謝る必要なんてないのに、繰り返す。
「大丈夫だから。咲良ちゃんは何も心配しないでね」
その広い胸に飛び込んで行けたらどれほど楽だろうか。
あなたがどうしても欲しかった。でも、形だけの夫婦となっても心も体も手に入らない。
彼のために磨き抜いた肌は虚しく、どこか寒く感じた。一人緊張してドキドキしながら座っていたこのベッドもひどく滑稽に思える。
私たちは書類上だけの夫婦となったのだ。
1
お気に入りに追加
297
あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー


ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。
一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。
そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる