視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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九条尚久と憑かれやすい青年

すべての始まり

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「終わりました。今回のこれは、料金は結構です。私がまだ寺を紹介できていなかったせいなので」

「あ、ありがとうございます……! 楽になりました!」

「すみません、依頼料のことですよね。どうぞ座ってください。あの後、他の案件に付きっきりで時間が取れなくて。一応請求書は仕上がっています。えーとこっちに」

 伊藤が向かいのソファに腰掛けると、九条はめんどくさそうに立ち上がり、窓際のデスクに行って引き出しを漁る。そこから紙を取り出し、伊藤に差し出した。

「これですね」

「あ、どうも……」

 そう言って貰った請求書を開いて、伊藤は固まった。

(……思ってたよりこれは……た、大変だ……)

 想像以上の額が、そこに記されていた。

 最近新しいところに引っ越したため、まとまったお金が飛んでいった。そこへさらに、この請求書。まだ社会人三年目の彼にとっては泣きたくなる状況だ。

 だが、すぐにしょうがない、と納得した。九条は寝る間も惜しんで伊藤についてくれていたし、寺の紹介もしてくれる。息苦しい症状は全くないので、間違いなく事件も解決している。再発ゼロ、という噂は間違いじゃない。

 ここは素直に払おう。親にお金を借りねばならないかもしれない。

「はい、必ず振り込みます……」

「あなた、新しく引っ越すと言ってましたよね。厳しいなら分割でもいいですよ。無事引っ越せましたか?」

 九条に尋ねられ、伊藤は素直にここ最近の出来事を説明した。引っ越しは無事完了したこと、その前に戸谷が会社にやってきてしまったこと。九条は戸谷についてはさすがに目を真ん丸にして驚いていた。

「てなわけで、会社にも来ちゃったけど、いないって帰されてからは来てないみたいです。僕もかなり動くのに慎重になってて、裏口を使用したり……新しいアパートが漏れても大変なので、帰り道も遠回りしたりして気を付けています」

「それはなんといいますか……大変ですね」

「九条さんは大丈夫ですか? 戸谷さんは僕より、最後は九条さんに想いを寄せていたと思うので……僕を訪ねにきたのも、九条さんの情報が欲しかったからだと!」

「私は大丈夫ですよ。何も問題ないので、漏れていないと思います」

 その言葉に、伊藤はほっとする。とりあえず、九条に被害が及んでいないことを知り安心だ。これ以上彼に迷惑はかけられない。
 
 戸谷が諦めてくれれば、もうこれで怖い物は何もない。ただ……また他の誰かを好きにはなるだろう。また得体のしれない何かを入れた差し入れを、他の男にも渡すかもしれないと思うと、心底ぞっとする。

 親しくない人間の手料理は、食べない。これが一番だと、痛感した。

 九条は憐れんだ目で伊藤を見る。

「散々でしたね。あなたは何も非がないのに大変でしたね」

「ま、まあ……」

「職場にまでやってくるとは。何を思ってるんでしょうね……諦めてくれたならいいですけど、それに怯えながら働くのも大変でしょう。しかも営業だというのに」

「あ、でも僕、もう辞めるんです」

 伊藤の言葉に、九条は目を見開いた。

「退職されるんですか? やはり、戸谷さんに職場がばれていたのはきついからですか」

「それは決め手ではありましたけど……それより前に、やめようかなとは思ってたんです」

 そう言って、伊藤は持っていたカバンから一枚の紙を取り出した。テーブルに置き、九条の元へ滑らすと、それを見た九条の表情が固まった。

 珍しい、彼もこんな顔をするんだな、と伊藤は笑う。

「雇ってもらえませんか?」

 九条は履歴書を、呆然と眺める。

 九条の働きぶりを見て、ここでやってみたい、と伊藤は強く思った。迷いもあったが、桜井の言葉で覚悟が決まった。若いうちにやりたいことをやってみてもいい。

 自分は霊は見えないし感じないけど、その存在を身をもって確認している。浄霊するまでの道のりで、何か協力できることはないか、と思うのだ。

 履歴書を手に持ち、九条が不思議そうに言う。

「……正気ですか? こんな怪しいところに」

「あはは、怪しいって自分で言っちゃった」

「もちろん私は助かりますよ。でも、今まであんな大手で働いていた人が、こんな小さなところでやっていくつもりですか?」

「永遠には勤めないかもしれないですねえ。例えば結婚したり、子供が生まれたーとかなれば、さすがに転職するかもしれません」

「結婚するまでここにいるつもりですか?」

「しなければ定年までいるかもしれません」

 にこにこ答える伊藤に、九条はなぜか呆れたように深いため息をつく。だがすぐに、顔を持ち上げて笑った。

「あなた……変な人ですね」

 目を細めて面白そうに笑った九条に少し驚きつつ、伊藤もつられて笑う。

 この人にだけは、変な人と呼ばれたくないが、まあ今は突っ込まないでおこうか。

 九条は姿勢を正し、まっすぐ正面から伊藤を見ると、ゆっくり丁寧に頭を下げた。

「では、お願いします」

「はい! あ、とはいえ、まだ引継ぎで前の会社に通勤するので、正式にはもう少し先から、ってことで……」

「それは大丈夫です。そうと決まれば、社員割しましょう」

「え? 社員割?」

 伊藤の手元にあった請求書を手に取り、九条は近くに置いてあったボールペンで何やら書き込んだ。覗き込むと、値段が三分の一程度に落ちていたのだ。

「え!? こんなに値引きを!?」

「いい人材を見つけられたのですから、こちらとしてもラッキーでしたよ。ああ、給与については相談しましょう。こんな辺鄙なところに来て下さったので、私もなるべく誠意を見せようと思います」

「ええ! そんな!」

「この請求書を見て、案外ここは儲かるのだと分かったでしょう?」

 にやりと九条が笑って見せるので、伊藤は吹き出して笑った。確かに、いい車に乗ってたりもするし、ここは結構収入があるのだろう。

……だが、伊藤も言わせてもらおう。

「僕が来たからには、売り上げをもっと伸ばします。九条さんは色々適当すぎです。まず、こんな請求の仕方で、逃げられたらどうするつもりだったんですか」

「……」

「客の情報はもっとちゃんと取らないと。事務所の鍵も閉めるなんてことしません。九条さんが不在の時も僕が留守番して、仕事は予約制にします。あと、こういう仕事は口コミが命だと思うので、依頼が片付いた後は報告書を作成して送るのも必要かと」

「……」

「来客用にポッキーとペットボトルをそのまま出すのもありえません。小さなことですけど、仕事を増やすには印象が大事ですからね。情報収集を外部に依頼するのももったいないです。あまりに専門的だったりするのは別ですけど、出来ることは僕がやります」

「あなた、本当にしっかり者ですね」

「九条さんが適当すぎるんです」

 バッサリ伊藤が言うと、九条はまた目を細めて笑った。二人はお互い、面白そうに笑っている。

 
 九条尚久と、伊藤陽太。まるで正反対の二人。

 正反対すぎて、彼らはこれから誰が見ても仲のいいパートナーになっていく。

 そしてこの一年と少し後、事務所にもう一人女性が入ってくるのは、また別のお話。










最後までお読みいただきありがとうございました!

いつかまた続きが書けたら…と思いつつ、九条シリーズはとりあえずこれで完結です。

書籍が発売中です!
ぜひ、九条の応援をよろしくお願いします。

ありがとうございました。

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