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九条尚久と憑かれやすい青年
どうやったらあんな人間が育つんだ
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ビールを喉に流し、伊藤はしみじみと言う。
「九条さん、すごかったなー本当に。いや、最後は僕何も出来なくてさ……最初はあんなに変な人だなって思ったのに、出来る人間だって分かって痺れた」
「へー俺も見てみたーい」
「自分ももうちょっと活躍したかったなーと思う」
「いやでも、伊藤は素人だししょうがないだろ」
「そうなんだけどさ」
やっと箸を手にし、届いていた唐揚げを食べる。そして伊藤はぼんやり考えるようにしながら、桜井に尋ねた。
「転職って、どう思う?」
突然そんな話題を振られ、桜井は目を丸くする。
「え、転職すんの? 仕事が辛いとかなら分かるけど、伊藤って別に仕事に不満持ってなかったっしょ?」
「うん、今の職場に不満は特にないんだけどさ。もっとやってみたいこともあって」
「ヘッドハンティングされたとか!? 伊藤ならありえるよな。めっちゃ待遇いいの?」
「いや、待遇はまだ何も知らない」
伊藤の発言に桜井は目を白黒させる。枝豆を摘まみながら不思議そうに尋ねる。
「今の会社なら文句なしの勝ち組コースじゃん? それを捨てて待遇も知らないところに行くって、なんでよ。てかどこよ」
その質問に、伊藤は少し微笑んだ。さすが、桜井はすぐに察して口をぽかんと開ける。
「え、え、え? その九条って人んとこにいくの?」
「迷ってるんだよねー。いろんな理由があるんだ。単純に、今まで全く知らなかった世界で働いてみたいっていう興味。霊に好かれやすいのは体質みたいだから、自分の身の安全のためにもそういう能力がある人が近くにいるといいかなーっていうずるい考えも。でも何といってもーー」
伊藤は一旦言葉を切ると、次に一気に吐き出した。
「あの人はあまりに世話焼きの血を騒ぎ立てる人だ! あんなに実力あるのに経営が適当すぎる! そのほかも色々ツッコミどころが多すぎる! どうやったらあんな人間育つんだ!」
「お、おおう……伊藤はめちゃくちゃ世話焼きだからな……」
桜井はやや引いたように伊藤を見ている。伊藤はビールを喉を鳴らしながら飲み、困ったように頭を掻いた。
「でも今の安定した生活を手放すっていうのはリスクが大きいし……さすがに決断できなくてさ」
伊藤がかなり迷っている、ということを桜井は悟った。いつでも器用に物事をこなす伊藤がこれほど頭を抱える姿を、初めて見たかもしれないと思った。
同時に、あの大手の会社を辞めて転職しようか、と悩ませる九条という人間に、強く興味を抱く。一体どんな人なんだろう。
しばらく沈黙が流れた後、桜井は言葉を選びつつ伊藤に言う。
「まあ、最後に決めるのは伊藤だと思うけどー……お前は本当に器用だから、どこでもやっていけると思うんだよ。それに、まだ二十代半ばじゃん? これで、伊藤は結婚してて子供もいて、っていうなら止めるけど、そんな予定はまだないんだし、若いうちはやりたいことやってみてもいいんじゃないかな」
真摯な桜井の言葉に、伊藤はゆっくり顔を上げる。
「伊藤なら、その事務所で働いて、また辞めたあとでも、それなりにいい所に転職できると思うよ。だって今の会社の営業部でトップ成績争ってる実績あるし。とりあえず三十歳ぐらいまで、もしくは結婚とかするまで、やりたいことやってみるのもありなんじゃない?」
伊藤は、てっきり反対されると思っていたので意外だった。普通なら、そんな得体のしれない事務所に入るのなんてやめておけ、と言うのが当然だからだ。
だが、桜井は適当なことではなく本気でそう言ってくれているのだと伝わる。そうか、まだ二十代半ばだ。新しい道に進んでみてもいいのかもしれない。
ぼんやりとあの小さな事務所を思い出す。もし自分が入ったら、直したいところがたくさんある。あの天然マイペース男に任せていられない。
「まあしばらく考えてみれば? もう決まってそうな顔だけど」
桜井が笑いながら言ったので、伊藤もつられて笑った。
「九条さん、すごかったなー本当に。いや、最後は僕何も出来なくてさ……最初はあんなに変な人だなって思ったのに、出来る人間だって分かって痺れた」
「へー俺も見てみたーい」
「自分ももうちょっと活躍したかったなーと思う」
「いやでも、伊藤は素人だししょうがないだろ」
「そうなんだけどさ」
やっと箸を手にし、届いていた唐揚げを食べる。そして伊藤はぼんやり考えるようにしながら、桜井に尋ねた。
「転職って、どう思う?」
突然そんな話題を振られ、桜井は目を丸くする。
「え、転職すんの? 仕事が辛いとかなら分かるけど、伊藤って別に仕事に不満持ってなかったっしょ?」
「うん、今の職場に不満は特にないんだけどさ。もっとやってみたいこともあって」
「ヘッドハンティングされたとか!? 伊藤ならありえるよな。めっちゃ待遇いいの?」
「いや、待遇はまだ何も知らない」
伊藤の発言に桜井は目を白黒させる。枝豆を摘まみながら不思議そうに尋ねる。
「今の会社なら文句なしの勝ち組コースじゃん? それを捨てて待遇も知らないところに行くって、なんでよ。てかどこよ」
その質問に、伊藤は少し微笑んだ。さすが、桜井はすぐに察して口をぽかんと開ける。
「え、え、え? その九条って人んとこにいくの?」
「迷ってるんだよねー。いろんな理由があるんだ。単純に、今まで全く知らなかった世界で働いてみたいっていう興味。霊に好かれやすいのは体質みたいだから、自分の身の安全のためにもそういう能力がある人が近くにいるといいかなーっていうずるい考えも。でも何といってもーー」
伊藤は一旦言葉を切ると、次に一気に吐き出した。
「あの人はあまりに世話焼きの血を騒ぎ立てる人だ! あんなに実力あるのに経営が適当すぎる! そのほかも色々ツッコミどころが多すぎる! どうやったらあんな人間育つんだ!」
「お、おおう……伊藤はめちゃくちゃ世話焼きだからな……」
桜井はやや引いたように伊藤を見ている。伊藤はビールを喉を鳴らしながら飲み、困ったように頭を掻いた。
「でも今の安定した生活を手放すっていうのはリスクが大きいし……さすがに決断できなくてさ」
伊藤がかなり迷っている、ということを桜井は悟った。いつでも器用に物事をこなす伊藤がこれほど頭を抱える姿を、初めて見たかもしれないと思った。
同時に、あの大手の会社を辞めて転職しようか、と悩ませる九条という人間に、強く興味を抱く。一体どんな人なんだろう。
しばらく沈黙が流れた後、桜井は言葉を選びつつ伊藤に言う。
「まあ、最後に決めるのは伊藤だと思うけどー……お前は本当に器用だから、どこでもやっていけると思うんだよ。それに、まだ二十代半ばじゃん? これで、伊藤は結婚してて子供もいて、っていうなら止めるけど、そんな予定はまだないんだし、若いうちはやりたいことやってみてもいいんじゃないかな」
真摯な桜井の言葉に、伊藤はゆっくり顔を上げる。
「伊藤なら、その事務所で働いて、また辞めたあとでも、それなりにいい所に転職できると思うよ。だって今の会社の営業部でトップ成績争ってる実績あるし。とりあえず三十歳ぐらいまで、もしくは結婚とかするまで、やりたいことやってみるのもありなんじゃない?」
伊藤は、てっきり反対されると思っていたので意外だった。普通なら、そんな得体のしれない事務所に入るのなんてやめておけ、と言うのが当然だからだ。
だが、桜井は適当なことではなく本気でそう言ってくれているのだと伝わる。そうか、まだ二十代半ばだ。新しい道に進んでみてもいいのかもしれない。
ぼんやりとあの小さな事務所を思い出す。もし自分が入ったら、直したいところがたくさんある。あの天然マイペース男に任せていられない。
「まあしばらく考えてみれば? もう決まってそうな顔だけど」
桜井が笑いながら言ったので、伊藤もつられて笑った。
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