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九条尚久と憑かれやすい青年
五年間
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「これ……戸谷さんは自覚ないですよね……?」
「取り憑かれていた自覚ですか? ないでしょうね。まあ、言いましたが綾子だけが原因ではなく、彼女自身元々ああいうところがあったんですよ。戸谷さんからすれば、ストーカー行為もいつも通りのことだったんじゃないですか」
「どうしますか、この人」
「困りましたね……この盗撮写真だけでは、通報してもそう重い罪にはならないでしょう。むしろ、勝手に部屋に上がり込んだこちらが責められる可能性も。残念ながら、生身の人間には出来ることがないんですよね」
確かに九条の言う通りだ、と思った。カレーは捨ててしまっているし、他に嫌がらせを受けたこと記憶もない。戸谷を逮捕してもらうのは無理だろう。
……隣人が、こんなに怖い人だったなんて。
伊藤は項垂れながら言う。
「僕……引っ越します」
「それがいいですね。できればすぐに、戸谷さんに気付かれないうちに。ああ、一応この部屋の状況は証拠として写真に収めておきましょう」
そう言って九条はスマホで部屋の撮影をしたあと、二人は足音を立てないようにしてそっと戸谷のそばを離れ、玄関に向かった。起きた後、彼女がどう騒ぐが心配だったが、綾子の件もあるので一体どこまで記憶が残っているのかも不明だ。とりあえずこのままにしておくしかない。
伊藤の部屋に逃げるように入った直後、九条はすぐに洗面所の鏡を見に行った。そこで自分の首を見てほっと息を吐く。
「消えています」
「あ……じゃあ、本当に大成功だ!」
伊藤は拳を作ってガッツポーズをした。と同時に、九条に羨望のまなざしを送った。
(凄かったなあ……九条さん、頭は回るしちっとも怖がらないし、めちゃくちゃかっこよかった。結局僕は何もできなかったなあ)
もう少し解決に役立ちたかった、と残念に思う。結局結末を見ることすらできなかったので、なんだか申し訳ない気持ちになる。九条はこれが仕事だ、と言われればそれまでなのだが、自分がまきこんだせいで綾子に狙われ、苦しい思いもさせてしまったのに、何も力になれなかったとは、情けない。
そう一人で落ち込む伊藤をよそに、九条は鏡を見つめながら言う。
「あのまま髪が増え続けていたら、やっぱり死んでたんでしょうか」
「え、縁起でもないこと言わないでください!」
「綾子は手に負えない悪霊まではいかなかった、というのは今も変わらない私の印象です。でも終わった今、不思議に思うんですよね……長い時間をかけて徐々に徐々に髪の毛を増やしていけば、息苦しさも増す。その後、どうなっていたんでしょうか」
「……」
「伊藤さんが越してくる前は、五年間、女性が住んでいた、と言っていましたね」
戸谷は確かにそう証言していた。結婚を機にいなくなった、と言っていた人だ。
「五年間も戸谷さんは誰も好きにならなかったんでしょうか……基本的には綾子の影響もあり、隣人の男を好きになってはいましたが、私は例外でした。これまでもあったんじゃないですかね、例外の男性が」
「で、でも、もし他にも戸谷さんが好きな男の人がいたとして、綾子に取り殺されていたとしたら、綾子は道ずれを見つけてとっくにいなくなったんじゃ?」
伊藤の説に、九条はゆっくりとそちらを見た。
「伊藤さん。綾子は結局、義雄のことだけが好きだったんです。我々を好きだったのは戸谷さん。綾子は誰かを道連れにしたがっていたのは間違いないでしょうが、結局誰かを殺すことが出来たとして、本当に満足して浄化できるんでしょうか」
「……」
それは、つまり。
このマンション以外で戸谷に惚れられた男で、もしかすると綾子に命を奪われた男が存在するかもしれないということか……?
しん、と沈黙が流れる。事件が片付いたというのに、じめじめした暗い雰囲気が漂う。
「まあ、言ってみただけです。五年間は戸谷さんに好きな男性は出来なかったのかもしれませんし、出来たとしてもカレーのように何かの拍子で好きじゃなくなって、呪いが解けたのかもしれませんよね。おそらくそんなところでしょう」
フォローするように言ったが、伊藤は返事をできなかった。
「取り憑かれていた自覚ですか? ないでしょうね。まあ、言いましたが綾子だけが原因ではなく、彼女自身元々ああいうところがあったんですよ。戸谷さんからすれば、ストーカー行為もいつも通りのことだったんじゃないですか」
「どうしますか、この人」
「困りましたね……この盗撮写真だけでは、通報してもそう重い罪にはならないでしょう。むしろ、勝手に部屋に上がり込んだこちらが責められる可能性も。残念ながら、生身の人間には出来ることがないんですよね」
確かに九条の言う通りだ、と思った。カレーは捨ててしまっているし、他に嫌がらせを受けたこと記憶もない。戸谷を逮捕してもらうのは無理だろう。
……隣人が、こんなに怖い人だったなんて。
伊藤は項垂れながら言う。
「僕……引っ越します」
「それがいいですね。できればすぐに、戸谷さんに気付かれないうちに。ああ、一応この部屋の状況は証拠として写真に収めておきましょう」
そう言って九条はスマホで部屋の撮影をしたあと、二人は足音を立てないようにしてそっと戸谷のそばを離れ、玄関に向かった。起きた後、彼女がどう騒ぐが心配だったが、綾子の件もあるので一体どこまで記憶が残っているのかも不明だ。とりあえずこのままにしておくしかない。
伊藤の部屋に逃げるように入った直後、九条はすぐに洗面所の鏡を見に行った。そこで自分の首を見てほっと息を吐く。
「消えています」
「あ……じゃあ、本当に大成功だ!」
伊藤は拳を作ってガッツポーズをした。と同時に、九条に羨望のまなざしを送った。
(凄かったなあ……九条さん、頭は回るしちっとも怖がらないし、めちゃくちゃかっこよかった。結局僕は何もできなかったなあ)
もう少し解決に役立ちたかった、と残念に思う。結局結末を見ることすらできなかったので、なんだか申し訳ない気持ちになる。九条はこれが仕事だ、と言われればそれまでなのだが、自分がまきこんだせいで綾子に狙われ、苦しい思いもさせてしまったのに、何も力になれなかったとは、情けない。
そう一人で落ち込む伊藤をよそに、九条は鏡を見つめながら言う。
「あのまま髪が増え続けていたら、やっぱり死んでたんでしょうか」
「え、縁起でもないこと言わないでください!」
「綾子は手に負えない悪霊まではいかなかった、というのは今も変わらない私の印象です。でも終わった今、不思議に思うんですよね……長い時間をかけて徐々に徐々に髪の毛を増やしていけば、息苦しさも増す。その後、どうなっていたんでしょうか」
「……」
「伊藤さんが越してくる前は、五年間、女性が住んでいた、と言っていましたね」
戸谷は確かにそう証言していた。結婚を機にいなくなった、と言っていた人だ。
「五年間も戸谷さんは誰も好きにならなかったんでしょうか……基本的には綾子の影響もあり、隣人の男を好きになってはいましたが、私は例外でした。これまでもあったんじゃないですかね、例外の男性が」
「で、でも、もし他にも戸谷さんが好きな男の人がいたとして、綾子に取り殺されていたとしたら、綾子は道ずれを見つけてとっくにいなくなったんじゃ?」
伊藤の説に、九条はゆっくりとそちらを見た。
「伊藤さん。綾子は結局、義雄のことだけが好きだったんです。我々を好きだったのは戸谷さん。綾子は誰かを道連れにしたがっていたのは間違いないでしょうが、結局誰かを殺すことが出来たとして、本当に満足して浄化できるんでしょうか」
「……」
それは、つまり。
このマンション以外で戸谷に惚れられた男で、もしかすると綾子に命を奪われた男が存在するかもしれないということか……?
しん、と沈黙が流れる。事件が片付いたというのに、じめじめした暗い雰囲気が漂う。
「まあ、言ってみただけです。五年間は戸谷さんに好きな男性は出来なかったのかもしれませんし、出来たとしてもカレーのように何かの拍子で好きじゃなくなって、呪いが解けたのかもしれませんよね。おそらくそんなところでしょう」
フォローするように言ったが、伊藤は返事をできなかった。
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