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九条尚久と憑かれやすい青年
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「まあ、あと二日もすれば道具も揃うと思うので、もう少しの辛抱ですよ」
「……なるほど。それまで九条さんに何もないといいのですが。僕は見えないし感じないし、何も手助け出来そうにないのが辛いです」
「むしろ、私に標的が変わってよかったですよ。私なら感じ取れるので、本当に危ないと思ったら知り合いの元へ駈け込んだりできますからね。伊藤さんはそれが出来ないので、知らぬ間に絞め殺されてる可能性も」
「縁起でもない!」
「だから、大丈夫ですよ」
物騒な言葉を使いながらも、九条なりに前向きな発言をしているつもりらしかった。伊藤は渋々頷き、とりあえず冷蔵庫から飲み物を出して九条に渡し、自分はシャワーを浴びに言った。明るいうちに済ましたいと思ったのだ。
そのあと、買ってきた弁当を二人で食べ、まるで友人が泊まりに来た夜のように話しながら過ごした。二十一時を回った段階で、伊藤はだいぶ眠気に襲われていた。昨晩はあまり眠れなかったからだ。
九条に促され、伊藤は早々にベッドに入った。引き寄せやすい自分が寝たら、また何か出るかもしれない。九条も同室にいるのだし、その可能性は高い。
そう思うとさすがに寝つきが悪くなる。眠いのに寝れない、そんなもどかしい感覚で何度も寝返りをうちながら、目を閉じている。
「……九条さん」
「まだ起きてたんですか」
暗闇の中、呼びかけるとすぐに答えが返ってきた。こんな中で、一体彼は一晩中何をして過ごすのだろう。本当に大変な仕事だ、と伊藤は思った。
依頼者の代わりに自分が霊の標的にされたり、命がけと言っても過言ではないかもしれない。
「この仕事、大変じゃないですか?」
「楽ではないかと。もう少し人手が欲しいんですがね……私ははっきりとは見えないので、見える人が入ってきてほしいです」
「ああ、なるほど。見える人がいると楽になりますか」
「私は聞こえるので。見えて聞こえれば間違いなく作業は円滑化すると思います。ですが、そんな人探しようがないんですよ。求人広告に載せられないでしょう?」
そう言われて、伊藤は想像した。『条件:この世のものではない者が見える方! アットホームな職場です!』……怪しすぎる。
自分でぷっと吹き出して笑ってしまう。
「確かにやばいですねそれは。変な人来そう!」
「そうなんです。派手に求人をすると、そんな能力もないのに自分で思い込んでる人間とか、興味本位で見に来るとか、そういう輩が多く来ると思うんですよね。なので、人を雇うのはまず厳しいでしょうね」
「例えばですけど、見えなくても仕事の管理をする人がいてもいいんじゃないですか? スケジュール管理みたいな。ほら、今九条さんがずっと僕に付きっきりだから、事務所は無人なわけじゃないですか。こういう時に留守番がいると、他の依頼を受けたりしておくとか出来るじゃないですか。ネット上では『開いてることの方が少ない事務所』って書かれましたよ」
伊藤がそう言うと、一瞬相手は黙り込んだ。少しして、感心するような声を出す。
「なるほど、考えたことありませんでした」
「あと九条さん、事務所の鍵かけっぱなしにしちゃうことがあるって言ってたから……それでせっかくの依頼を逃してるだろうし。あと調べ物は外部に任せてるって言ってましたけど、それもやってくれそうな人だったら、その費用が浮くじゃないですか」
「あなた頭いいですね」
違う、決して伊藤が特別頭がいいわけではない。九条が何も考えなさすぎなのだ。
……というのは口には出さずにおこう。
「だから、そういう普通の人を入れてもいいんじゃないかなあって僕は思いますよ。それで円滑に進んだらもっと収入が増えて、もう一人見える人も入れて……って感じで」
「……確かに尤もなんですが……それでも、『どう求人すればいいか』という問題は残ったままなんですよね」
「あ」
九条の悲しそうな声を聞いて、伊藤は確かにと納得した。見えなくてもいいならすぐに見つかるのでは、と思ったがそうではない。『九条心霊調査事務所』という怪しげな社名でどう人を探すというのだろう。普通の人間ではまず、応募しようとは思わない。
伊藤は唸る。自分自身、最初は完全には信じていなかったので人のことは言えないが、でも中身を知れば九条は決して詐欺ではないし、いい人だと思うし、悪い仕事ではないと思うのだ。ちゃんとしてるし、もう少しこの事務所がちゃんとなってほしいと思う。
「……なるほど。それまで九条さんに何もないといいのですが。僕は見えないし感じないし、何も手助け出来そうにないのが辛いです」
「むしろ、私に標的が変わってよかったですよ。私なら感じ取れるので、本当に危ないと思ったら知り合いの元へ駈け込んだりできますからね。伊藤さんはそれが出来ないので、知らぬ間に絞め殺されてる可能性も」
「縁起でもない!」
「だから、大丈夫ですよ」
物騒な言葉を使いながらも、九条なりに前向きな発言をしているつもりらしかった。伊藤は渋々頷き、とりあえず冷蔵庫から飲み物を出して九条に渡し、自分はシャワーを浴びに言った。明るいうちに済ましたいと思ったのだ。
そのあと、買ってきた弁当を二人で食べ、まるで友人が泊まりに来た夜のように話しながら過ごした。二十一時を回った段階で、伊藤はだいぶ眠気に襲われていた。昨晩はあまり眠れなかったからだ。
九条に促され、伊藤は早々にベッドに入った。引き寄せやすい自分が寝たら、また何か出るかもしれない。九条も同室にいるのだし、その可能性は高い。
そう思うとさすがに寝つきが悪くなる。眠いのに寝れない、そんなもどかしい感覚で何度も寝返りをうちながら、目を閉じている。
「……九条さん」
「まだ起きてたんですか」
暗闇の中、呼びかけるとすぐに答えが返ってきた。こんな中で、一体彼は一晩中何をして過ごすのだろう。本当に大変な仕事だ、と伊藤は思った。
依頼者の代わりに自分が霊の標的にされたり、命がけと言っても過言ではないかもしれない。
「この仕事、大変じゃないですか?」
「楽ではないかと。もう少し人手が欲しいんですがね……私ははっきりとは見えないので、見える人が入ってきてほしいです」
「ああ、なるほど。見える人がいると楽になりますか」
「私は聞こえるので。見えて聞こえれば間違いなく作業は円滑化すると思います。ですが、そんな人探しようがないんですよ。求人広告に載せられないでしょう?」
そう言われて、伊藤は想像した。『条件:この世のものではない者が見える方! アットホームな職場です!』……怪しすぎる。
自分でぷっと吹き出して笑ってしまう。
「確かにやばいですねそれは。変な人来そう!」
「そうなんです。派手に求人をすると、そんな能力もないのに自分で思い込んでる人間とか、興味本位で見に来るとか、そういう輩が多く来ると思うんですよね。なので、人を雇うのはまず厳しいでしょうね」
「例えばですけど、見えなくても仕事の管理をする人がいてもいいんじゃないですか? スケジュール管理みたいな。ほら、今九条さんがずっと僕に付きっきりだから、事務所は無人なわけじゃないですか。こういう時に留守番がいると、他の依頼を受けたりしておくとか出来るじゃないですか。ネット上では『開いてることの方が少ない事務所』って書かれましたよ」
伊藤がそう言うと、一瞬相手は黙り込んだ。少しして、感心するような声を出す。
「なるほど、考えたことありませんでした」
「あと九条さん、事務所の鍵かけっぱなしにしちゃうことがあるって言ってたから……それでせっかくの依頼を逃してるだろうし。あと調べ物は外部に任せてるって言ってましたけど、それもやってくれそうな人だったら、その費用が浮くじゃないですか」
「あなた頭いいですね」
違う、決して伊藤が特別頭がいいわけではない。九条が何も考えなさすぎなのだ。
……というのは口には出さずにおこう。
「だから、そういう普通の人を入れてもいいんじゃないかなあって僕は思いますよ。それで円滑に進んだらもっと収入が増えて、もう一人見える人も入れて……って感じで」
「……確かに尤もなんですが……それでも、『どう求人すればいいか』という問題は残ったままなんですよね」
「あ」
九条の悲しそうな声を聞いて、伊藤は確かにと納得した。見えなくてもいいならすぐに見つかるのでは、と思ったがそうではない。『九条心霊調査事務所』という怪しげな社名でどう人を探すというのだろう。普通の人間ではまず、応募しようとは思わない。
伊藤は唸る。自分自身、最初は完全には信じていなかったので人のことは言えないが、でも中身を知れば九条は決して詐欺ではないし、いい人だと思うし、悪い仕事ではないと思うのだ。ちゃんとしてるし、もう少しこの事務所がちゃんとなってほしいと思う。
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