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九条尚久と憑かれやすい青年
変化
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「あ、伊藤さんおはようございまーす」
席につくと、隣の男性社員が笑顔で挨拶をしてきた。一つ下の後輩だ。
「おはよー」
「なんか、顔疲れてないです? 寝不足ですか?」
指摘され、伊藤は手で顔を触った。人に気付かれてしまうほど顔に出ていたのか。
「あーうん、そうなんだよね。昨日色々あって寝れなくてさ」
「もしかして彼女とか出来たんですか!?」
「あはは、違う違う、そっちじゃないって」
笑いながらコーヒーを飲む伊藤に、後輩は不思議そうに尋ねる。
「伊藤さんってくっそモテるのに彼女作らないんですか?」
「ええ? モテてないし」
「いやいや伊藤さんでそれなら俺泣いちゃいますよ。あ、でもあれかなー伊藤さんって『みんなの伊藤さん』像が強いから、女の子たちは抜け駆けできないんですかね」
後輩の随分大げさな言い方に伊藤は苦笑した。伊藤としては、今までしてきた恋愛は特別なものはなく、よくある交際経験であると思っている。女に取り合いをされた経験だってない。
だがふと、今相手がいなくてよかった、と思った。もし今自分に交際相手がいたならば……綾子はどうしていただろう。
「そんなんじゃないって」
「彼女出来たらちゃんと教えてくださいよ。スーパーな伊藤さんの彼女がどんな人なのか気になりますから!」
昨晩、九条にぶつけた話題がまさか自分に返ってくるとは思わなかった。謙遜ではなく本当に自分がモテている自覚などない。いや……霊には好かれているということは痛いほどわかったが。
夜中に九条から聞いたエピソードを思い出し、気分がずんと落ちる。
「今はもう、それどころじゃないっていうかさ……」
「あー仕事忙しいですもんね。伊藤さん友達多いからそっちも楽しそうだし」
「まあ、そんなとこだね」
まさかとんでもない霊にマーキングされている最中だ、とも言えるわけがなく、伊藤は適当に相槌を打つ。自然と自分の首に手を置き、そこをさする。
だがそこでふと、あることに気が付いた。
(そういえば……今日はあんまり息苦しくないかも)
伊藤と別れた後、タクシーで自宅に辿り着いた九条は、まず浴室に入りシャワーを浴びた。彼は適当な性格で極度のめんどくさがりなのだが、シャワーを浴びずにベッドに入るのは好まない。意外と綺麗好きという、なんとも不思議な二面性を持っている。
だがなるべく掃除に時間も手間も掛けたくないので、家の中は必要最低限のものしか置いていない。物があればあるほど、掃除が面倒になってしまう、というのが彼の考えだ。
料理はしない。一切しない。なのでキッチンは汚れることがない。
ラグもカーペットも敷かない。最近、掃除ロボットを購入してみたいと思っている。
シャワーを終えてさっぱりした九条は、髪を乱暴に拭いてどさりとベッドに腰かけた。ふううと長いため息をつく。
(やはり結構厄介な案件だな)
スマホを取り出し、何も連絡が来ていないことを確認した。充電がなくなりかけていることに気付き、繋いでおく。そしてバスタオルを適当に枕の上に放ると、その上にごろりと寝そべった。髪が濡れていてもお構いなしだ。
やはり体は疲れを感じている。夜になれば、また伊藤の家で徹夜で見守る役割があるので、今寝ておかねば辛くなってしまう。
ぼんやりと天井を見つめながら、九条は考えを巡らせる。
イマイチしっくりこない点がたくさんある。綾子はあの部屋に住む男をターゲットにしているのは間違いないだろうが、自分は例外だし、そもそもなぜあの部屋にこだわる?
なぜ自分は選ばれた? ただの相性か。それとも、能力がある人間が面白かったので近づいたのだろうか……それはあり得る気はするが……
考えても答えは何一つ出てこなかった。そして次第に眠気に負け、九条の瞼は自然と閉じ、夢の中へと入って行ったのだ。
席につくと、隣の男性社員が笑顔で挨拶をしてきた。一つ下の後輩だ。
「おはよー」
「なんか、顔疲れてないです? 寝不足ですか?」
指摘され、伊藤は手で顔を触った。人に気付かれてしまうほど顔に出ていたのか。
「あーうん、そうなんだよね。昨日色々あって寝れなくてさ」
「もしかして彼女とか出来たんですか!?」
「あはは、違う違う、そっちじゃないって」
笑いながらコーヒーを飲む伊藤に、後輩は不思議そうに尋ねる。
「伊藤さんってくっそモテるのに彼女作らないんですか?」
「ええ? モテてないし」
「いやいや伊藤さんでそれなら俺泣いちゃいますよ。あ、でもあれかなー伊藤さんって『みんなの伊藤さん』像が強いから、女の子たちは抜け駆けできないんですかね」
後輩の随分大げさな言い方に伊藤は苦笑した。伊藤としては、今までしてきた恋愛は特別なものはなく、よくある交際経験であると思っている。女に取り合いをされた経験だってない。
だがふと、今相手がいなくてよかった、と思った。もし今自分に交際相手がいたならば……綾子はどうしていただろう。
「そんなんじゃないって」
「彼女出来たらちゃんと教えてくださいよ。スーパーな伊藤さんの彼女がどんな人なのか気になりますから!」
昨晩、九条にぶつけた話題がまさか自分に返ってくるとは思わなかった。謙遜ではなく本当に自分がモテている自覚などない。いや……霊には好かれているということは痛いほどわかったが。
夜中に九条から聞いたエピソードを思い出し、気分がずんと落ちる。
「今はもう、それどころじゃないっていうかさ……」
「あー仕事忙しいですもんね。伊藤さん友達多いからそっちも楽しそうだし」
「まあ、そんなとこだね」
まさかとんでもない霊にマーキングされている最中だ、とも言えるわけがなく、伊藤は適当に相槌を打つ。自然と自分の首に手を置き、そこをさする。
だがそこでふと、あることに気が付いた。
(そういえば……今日はあんまり息苦しくないかも)
伊藤と別れた後、タクシーで自宅に辿り着いた九条は、まず浴室に入りシャワーを浴びた。彼は適当な性格で極度のめんどくさがりなのだが、シャワーを浴びずにベッドに入るのは好まない。意外と綺麗好きという、なんとも不思議な二面性を持っている。
だがなるべく掃除に時間も手間も掛けたくないので、家の中は必要最低限のものしか置いていない。物があればあるほど、掃除が面倒になってしまう、というのが彼の考えだ。
料理はしない。一切しない。なのでキッチンは汚れることがない。
ラグもカーペットも敷かない。最近、掃除ロボットを購入してみたいと思っている。
シャワーを終えてさっぱりした九条は、髪を乱暴に拭いてどさりとベッドに腰かけた。ふううと長いため息をつく。
(やはり結構厄介な案件だな)
スマホを取り出し、何も連絡が来ていないことを確認した。充電がなくなりかけていることに気付き、繋いでおく。そしてバスタオルを適当に枕の上に放ると、その上にごろりと寝そべった。髪が濡れていてもお構いなしだ。
やはり体は疲れを感じている。夜になれば、また伊藤の家で徹夜で見守る役割があるので、今寝ておかねば辛くなってしまう。
ぼんやりと天井を見つめながら、九条は考えを巡らせる。
イマイチしっくりこない点がたくさんある。綾子はあの部屋に住む男をターゲットにしているのは間違いないだろうが、自分は例外だし、そもそもなぜあの部屋にこだわる?
なぜ自分は選ばれた? ただの相性か。それとも、能力がある人間が面白かったので近づいたのだろうか……それはあり得る気はするが……
考えても答えは何一つ出てこなかった。そして次第に眠気に負け、九条の瞼は自然と閉じ、夢の中へと入って行ったのだ。
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