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九条尚久と憑かれやすい青年

彼は不思議だ

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 九条もその気持ちを察したのか、ポッキーを齧りながら考える。

「そうですね、あなたは友人の家に泊まるか実家に帰るか……ただ」

 一旦言葉を止め、少し眉間に皺を寄せる。

「果たして円城寺綾子は、この部屋から離れた人間についていくのかどうか、という点はまだ分からないんですよね。私まで憑かれているので」

「つまりは、友達の家に泊まりに行って、女がついてくる可能性もあるってことですか?」

「ないとは言い切れません。円城寺綾子については、まだ謎が多くあります」

 伊藤はがっくり項垂れる。深いため息をつき、九条に悲し気な声で言う。

「僕、いくら鈍感野郎だって言っても、あんな映像見た後に一人で夜を越えるのはいやですよ……」

「まあ、そうですよね。では、あなたが仕事を終えて帰るときには私に連絡をしてください。夜のみ、昨日のように撮影しながら見守るようにします」

「え! いいんですか!」

「ええ」

 ほっと胸を撫でおろした。九条がそばについててくれれば、こんなに頼もしいことはない。

「ありがとうございます。九条さんも大変ですね、調査が始まると休む間もないし」

「まあ慣れてるので」

「頼もしいなあ。モテるでしょう九条さん! これだけかっこいいし、頼りがいがあるし、僕が女の子だったら絶対惚れてます!」

「あいにく私、ノーマルで」

「だから女の子だったら、ですよ」

 伊藤は本気でそう言ったのだが、当の本人はあまりピンと来ていないようで、小さく首を傾げる。

「モテる……んですかね?」

「疑問形? この顔とスタイルってだけで女の子は惚れるでしょう」

「顔? そうなんですかね、自分ではよく分かりません」

 九条の言い方は、謙遜してるなどではなく、本気で分からないという顔だったので伊藤は驚く。このレベルのイケメンで、自覚がないとは一体どういうことだ。

「だって戸谷さんも、明らかに九条さんに見惚れてましたよ!」

「そうですか? 得体のしれない人間を不審がっていたのでは」

「いやまさか」

 そう言いかけたとき、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。時刻は二十時過ぎ、一体誰だろうと伊藤が玄関に出て見ると、なんというタイミングか、隣人の戸谷が鍋を持ってそわそわしながら立っていた。

 彼女は手に小さな鍋を持っており、作りすぎたからぜひ九条と二人で食べてほしい、と言って伊藤に手渡した。その時の彼女の顔は恥ずかしそうに、でも勇気を振り絞ったような顔で、伊藤は即座に察した。ああ、やっぱり朝九条に会った時、一目ぼれをしたんだろうなあ、と。

 九条を呼ぼうかと思ったが、恥ずかしさからか戸谷はすぐに隣の部屋に戻ってしまう。その直後に、九条が部屋から顔を出してきた。

「伊藤さん? どうしました?」

「差し入れくれたんですよ! ……これ、絶対九条さんに好意を持ってるですよ! 言ったでしょう! やっぱりモテますねー」

「私にではなく伊藤さんに作ったのでは」

「違いますって~もう、鈍いんだから」

 伊藤は鍋を見せながら笑う。だが、当の本人はちらりと見ただけで、興味なさそうに部屋へと戻ってしまった。伊藤は慌ててそのあとを追う。

「え、普通男なら喜びません? お隣の可愛い女の子から手料理を貰うって、漫画の王道設定っていうか」

「気持ちだけ受け取っておきます」

「食べないんですか?」

 きょとんとする伊藤に対し、九条は床に座り込んで頷いた。

「結構です。知らない人が作った料理は食べられません」

「そ、そういうものですか……」

 伊藤は複雑な気持ちになった。せっかく作ってくれたのに食べてもらえない戸谷の気持ちを思うと切なくなったからだ。とはいえ、九条の言い分も分かる気がした。これほど男前なら、今までもこういう経験が多くあったに違いない。

 伊藤は鍋を一旦テーブルに置いた。

「もしかして、こうやってあまり知らない女性からプレゼントされたりして、嫌な気持ちになったことがあるんですか?」

「そうですね……まあそういうこともありますが、基本的に私、親しくない人間を信じてないんです。人は裏で何を考えてるか分かりませんからね」

 過去に何かあったのかな、と伊藤は思ったが、親しくない自分がこれ以上詮索するのはだめだと思い、追及はしなかった。顔がいいと、いいこともあるがきっと大変なこともあるのだ。

 かくいう伊藤も、一般的に見れば圧倒的にモテる部類の人間なのだが。

「じゃ、九条さんってどんな人と付き合うんですか?」

「はあ……まあ一緒にいて苦痛を感じない人ですね。居心地のよさは重要かと」

「おお! なんか、まともっぽい答えだ!」

「まともな答えが返ってこないと思ってたんですね」

「だって九条さんならポッキーを美味しそうに食べる人、とか言いそうで。他は? こういう顔がいいとか、ここは譲れないとか」

「常識を持っていればそれでいいです」

 常識を持っていない男が何か言っている。事務所の戸締りをしっかりしないし、ポッキーばかり食べているくせに。

 そう思ったが伊藤は口に出すのはやめておいた。目の前の鍋の蓋を少し開けてみると、中は美味しそうなカレーが入っていた。その香りを吸い込んで、また蓋をする。

「まあ、でも知らない人を信頼できないっていうのは分からなくないです。じゃあこれは僕がいただきます」

「あなた食べるんですか?」

「だって僕からしたら知らない人じゃないですよ、何度も会って話したりしてるし」

「はあ……凄いですね。私ならその程度の知り合いでは無理です」

「ラインが厳しいなあ。とはいえ、今日は夕飯食べちゃってお腹いっぱいだから、朝ごはんにします。せっかく作ってくれたんだし」

 そう言って、彼はガスコンロの上に鍋を運んだ。九条は感心するように伊藤を見る。

「優しいですね。私をモテるだとか言いましたが、普通に見て圧倒的にあなたのような男性の方がモテると思いますよ」

「えー僕そんなにモテないですよ! 結構友達止まりですよ。女の子より幽霊に好かれるっぽいし……」

「それは否定できませんね」

「悲しい」

 残ったチューハイを飲みながら伊藤は呟いた。霊に好かれやすい体質だなんて、変な付加を神様もくれたものだ。

 だがふと、シルエットとはいえ霊の姿を見て、声が聞こえるという九条は自分と同じか、それ以上に大変なのだろうと思う。

 ちらりと隣の男前を見たが、彼は何も考えてなさそうにぼうっとしていた。変わった人だと思っているが、人と違う人生を歩んできたに違いないので、もしかするとこうならざるを得なかったんだろうか。

 九条という人は、未だに不思議だ。



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