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九条尚久と憑かれやすい青年
予想外の異変
しおりを挟む手紙を送った後、近くの弁当屋で総菜を購入した。そろそろ昼食の時間だったからだ。九条は眠っているので、あとで食べてもらえばいいかと考えながら帰宅する。
そうっと玄関を開けて中に入ると、九条が眠っている姿が目に入った。すっかり熟睡している。伊藤は買ってきた食料をテーブルに静かに置き、彼がおいたままのポッキーの箱を片付ける。
いつ起きるか分からないので、先に食事を取った。購入してきた鶏肉と野菜の黒酢和え、それからおにぎり。一人でもぐもぐ咀嚼しながら、こんな時でも人間はお腹が減るんだなあ、なんてことを考えていた。
そのあとは九条を起こさないようにスマホを見たりして時間を過ごしていく。一応、綾子の事件がどこかに書き込まれたりしていないか、SNSなどはないか調べてみたが、特に何も見つからなかった。
時折他の住民の生活音が聞こえてくるぐらいで、部屋は静寂を保っている。
しばらく経ったところで、小さな音が微かに聞こえた。
「う……ん」
ふと横を見てみると、九条の口から漏れた声だったようだ。寝言だろうか、と気にせずにいたが、その声が繰り返し聞こえることが気になってそばに寄ってみると、九条が顔を顰めていることが分かった。苦しそうに眉間に皺を寄せ、唸っているのだ。
額に少し汗が浮かんでいる。外は夏日とは言え、家の中はエアコンがつけっぱなしで適温だ。さらに九条は嫌がるように首をゆっくり横に振る。彼は酷くうなされているのだ。声を掛けた方がいいだろうか? でも九条は少し声を掛けたぐらいでは起きないので、いっそ氷でも持ってきた方がいいだろうか。
少し迷った伊藤だが、次に九条が自身の首に手を置き、何かを取ろうとするように引っかいたのを見てハッとする。不快そうにがりがりと爪で皮膚を掻き、彼の首に赤い筋が出来る。
……まさか。
伊藤はすぐに大声をあげた。
「九条さん! 九条さん!」
呼びかけに、九条はカッと目を開けた。伊藤の方を見ることもなく、息を乱しながら、しばし呆然とした様子で天井を見つめている。案外すぐに目を覚ましたことに伊藤は少しほっとした。
「大丈夫ですか!? 凄くうなされてて」
伊藤の声掛けに彼は答えず、ゆっくりと自信の掌で額の汗を拭った。そして上半身を起こすと、静かに自分の首に触れる。
そして次の瞬間、何かを察したようにベッドから飛び降り、すぐさま洗面所へと駆け出した。尋常ではないその様子に、伊藤は後を追うしか出来ない。
九条は洗面所で鏡に自分の姿を映し、愕然としていた。
「なぜ……」
そう呟き、首に触れたのを見て、伊藤は状況を把握する。予想外のことに、震えた声を出した。
「え? ま、まさか九条さん……嘘でしょう!?」
九条は目を見開いて鏡を凝視する。
そこに映る自分の首に、一本の髪が巻き付いているのが見えた。
そのまま一旦マンションから出て、二人は近くのファミレスに入った。家の中ではさすがにゆっくり話せないと思ったのだ。気持ちを落ち着けるためにも、あのマンションから離れたかった。
とりあえず席に座り、二人はげっそりした表情で向かい合う。伊藤は絶望の声で改めて尋ねた。
「九条さんにも、巻き付いてるんですよね? 僕には見えないんですが……」
九条は頷いて自分の首を撫でる。不快そうに眉を顰めた。
「なんだか微妙な圧迫感を感じて気持ち悪いですね、これ。伊藤さんの気持ちが分かりました」
「……すみません。九条さんまで巻き込んで」
伊藤は顔を青くし俯いた。まさか、九条にまで被害が及ぶとは思っていなかったのだ。
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