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九条尚久と憑かれやすい青年
小川家
しおりを挟む伊藤たちが向かったのは、マンションの裏にある民家だった。
裏の道は、車二台がギリギリすれ違えるかどうかぐらいの細い道で、そこに住宅が並んでいる。どれも年季の入った家が多く、敷地も広い。マンションは新しく綺麗なので、やや周囲から浮いているような感じがした。
伊藤は歩きながら、改めて説明する。
「今から伺うのは小川さんっていうご夫婦です。言いましたけど、猫を探したのがきっかけで仲良くなりまして、一度食事を食べたことがあります。そのあとはまあ、会えば挨拶する……ぐらいですけど、気のいいご夫婦なので、知っていれば話してくれると思うんですよねえ」
「……ずっと思っていましたが、あなたって人と接することが得意ですよね」
「そうですか? まあ、人は好きですけど」
「私とは正反対です」
そんなことないですよ、とフォローしようとして伊藤は黙る。九条は明らかに人と接することが苦手に見えたからだ。先ほどの戸谷とのかかわり方を見ても分かる。それに、未だに笑顔という笑顔も見たことがない。ちょっと微笑むくらいはあるが、それすらも稀なので、普通の人は近寄りがたいと思うかもしれない。
「でも別にいいんじゃないですか? だって九条さん、もっと友達増やしたいー! とか思ってるタイプじゃないでしょう?」
「その通りですね、なぜ分かるんですか」
「見てたら誰でも分かりますよ。だったらそのままマイペースに過ごすのが一番いいじゃないですか」
「別にプライべートは困ってないんですが、仕事上先ほどのように人と話して情報を得ることがあるので、そういう時に苦戦します」
「ああ……」
つい納得の声が漏れてしまったので、慌てて伊藤は口を噤む。九条は気がついていないのか、一人で話を続ける。
「あなたのようにうまくコミュニケーションが取れればいいんですがね。どうも昔から苦手なんです。この年になるとなかなか性格は変えられませんしね」
困ったように眉尻を下げた九条の横顔を見ながら、伊藤はぼんやり考える。
あの事務所、一人で経営するのは大変だろう。彼は霊を見る力や状況を把握し調べていく能力は間違いなくあるけれど、不得意なことも多すぎる。まず事務所をきちんと開けてしっかり仕事を取ること、来客にもてなしをすること、簡単な調べ物くらい自分で出来るようになって人と気軽に話せるようになること……これがあれば、きっとあそこはもっと繁盛するに違いない。
「小川……伊藤さん、このお宅ですか」
気が付けば目的地に辿り着いており、九条が表札を指さした。伊藤は慌てて返事をする。
「あ、そうですここです!」
二人の目の前には立派な門があり、その奥には古いがしっかり手入れされている平屋が一軒あった。和の家で、黒い瓦が夏の太陽を反射している。大きな庭には色々な花が植えられており、綺麗に咲いてカラフルな庭になっていた。平屋とこの庭の広さを合わせると、土地がかなり大きいので小川夫婦はまずまず裕福な家だと想像させた。
九条はためらいもなくインターホンを鳴らした。留守だったらどうしようと伊藤は心配したが、すぐに反応があった。
『はい』
声からして妻だろうか。伊藤はすかさず答えた。
「こんにちは! 以前お世話になった伊藤です」
『あら、伊藤さん?』
「突然申し訳ないんですが、ちょっと伺いたいことがありまして」
『ちょっとお待ちくださいね』
しばらくして、家から一人の女性が出てきた。七十代半ばくらいだろうか。グレーの髪をふわりとさせ、質が良いと一目で分かる生地の洋服を着ている。小川夫人は目を細めて伊藤に駆け寄る。
「おはようございます。先日は本当にありがとうね」
「こちらこそ、ご馳走にもなっちゃって……ありがとうございました。急に訪問して申し訳ありません、ちょっと聞きたいことがありまして」
「いいのよー夫婦二人でいつも暇してるの。あなたみたいな素敵な人が遊びに来てくれると嬉しいわ。あら……そちらは?」
夫人が九条に気が付いて首を傾げる。伊藤はすかさず答えた。
「僕の友人なんです!」
「初めまして、九条と申します」
「初めまして、小川です。よかったら二人とも上がっていく?」
親切な夫人の誘いに乗り、伊藤たちは家に上がることになった。すっかり伊藤を信頼し心を開いているようだ。九条は改めて伊藤の凄さを思い知った。
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