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九条尚久と憑かれやすい青年
ドライヤー
しおりを挟む伊藤がふと目を覚ますと、カーテンの隙間から明るい日差しが差し込んでることに気が付いた。すぐに時計を見てみると、八時を指していた。
「あ……いつの間にか眠ってたのか」
朝方まで眠れず起きていたのを覚えていたが、知らぬ間にうとうとしてしまっていたらしい。体を起こすと、毛布が敷いてあるとはいえ床で寝たためか背中が少し痛んだ。そんな彼に、声が掛かる。
「おはようございます」
「九条さん! おはようございます」
見れば、九条は昨晩のように壁にもたれたままの状態でいた。眠そうな顔は全くなく、初めて事務所で出会った時のだらしない雰囲気は一切なかった。
「もしかして、九条さんは徹夜ですか……?」
「まあ、何か出たらすぐに動かないといけなかったので」
「す、すみません! 僕だけ寝てて」
「寝てる時こそ霊がやってくるので、あなたは寝るのが仕事ですよ。まあ、あれ以降は何もなかったですがね」
もう女が現れなかった、ということにほっと胸を撫でおろした。いやでも、出てきた方が解決も早くなるのだろうか? 複雑な思いだ。
伊藤は痛む背中をさすりながら九条に言う。
「とりあえず準備して、九時ぐらいになったら行きましょうか」
「ええ、そうしましょう」
そのまま伊藤は身支度を整え、食パンを焼くだけの簡単な朝食を作った。(九条はやはり何も手伝わなかった)と、九条は昨日と同じ格好なのに気が付き、伊藤は提案する。
「よかったらシャワー使ってくださいね。着替えとかないんですか?」
「はあ、ないです」
「僕のを貸し……サイズが合いそうにないな」
九条はそれなりに身長が高い。着れないこともないだろうが、確実に似合わないことが分かるので、安易に貸しますとは言えなかった。
「っていうか、こうして仕事で泊まり込みすること結構あるんじゃないですか? 車に着替えとか積んでおけばいいのに」
「めんどくさいです。以上です」
「……歯ブラシ、新しいのあるから貸します」
とても分かりやすく納得できる答えだった。まだ知り合ったばかりだが、九条という人間がかなりマイペースで変わった人間であることはすでに分かっている。着替えを用意しておくことすら、彼にとっては手間なのだろう。もしかしたらポッキーを食べること以外、欲がないのかもしれない。
九条は伊藤から受け取った歯ブラシとバスタオルを借りて浴室に向かった。まるで泊まりに来た友達か、もしくは恋人のような流れに伊藤は呆れるが、気を遣わなくていいのはありがたい、と思っていた。むしろ、九条の世話やツッコミで気が紛れているところがある。
パンを食べ終わった皿を片付けていると、少しして九条が風呂からぬっと現れた。温まったせいか頬が少し紅潮し、髪が濡れていた。その姿が、彼の無駄に美しい姿に色気を与え、破壊力がすさまじい。伊藤も一瞬息を呑んでしまったほどだ。
(黙ってると本当にかっこいい人だなー。女性に困らなそう)
そんなことを考えつつ、伊藤は濡れたままの九条の髪を見て気を利かせた。
「あ、洗面所の下にドライヤー入ってますから、使ってくださいね」
「いりません。面倒なので」
「……えっ、でも今から」
出かけるんですよね? そう尋ねるより前に、九条が続ける。
「夏ですし、普段から髪なんて乾かしません。伊藤さん、ドライヤー持ってるなんて凄いですね。しっかりしてます」
ドライヤーを持ってることがしっかりしてる??
頭の中が疑問で溢れかえる。普段から濡れたままで出かけるということか? あのいい方では、九条はドライヤーを持っていない? そりゃ今は夏だが、冬は??
あまりに訊きたいことが多すぎて、結局何一つ口から出てこなかった。これほど変わった人間を見るのは初めてのことで、伊藤はただ唖然としてしまったのだ。
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