414 / 449
九条尚久と憑かれやすい青年
ここで何があったのか
しおりを挟む
九条がすぐに伊藤のそばへと駆け寄る。
頭から足まで、すっぽりと白いタオルケットが覆っていた。その中がわずかに動いており、少しずつ盛り上がってきている。九条はじっとそれを真剣な目で見つめた後、長い指でそっとタオルケットを引いてみる。
まず、伊藤の髪が見え、次に額が出てくる。彼は眉間に皺をよせ、どこか苦しそうにしている。そしてタオルケットが顎まで下がったところで、そのすぐ下に真っ黒な後頭部が出現した。
艶がなく、痛んだ黒髪は大きく広がっていた。だが、九条にはただ黒い塊が伊藤の上に覆いかぶさっているように映る。なんとなく女性だ、ということは直感で分かった。
(とんでもない物に好かれているな)
彼は心の中でそう苦々しく呟いた。寝ている間に布団の中でこれほど密着してくる霊だなんて、執着心が強く、普通の霊ではないだろう。昼間に見た、伊藤にしがみついていた霊たちは可愛いものだった。
そこで九条は初めて声を出す。
「あなた、そこで何をしてるんです」
その声に、相手はピクリと反応した。それを確認したあと、九条はなおも続ける。
「その人に何がしたいんですか? 何か恨みでも?」
女は動かず、そして何も答えなかった。簡単には教えてくれないようだ。
我慢強く待ち、何度も質問を繰り返すが、状況は変わらない。その間、伊藤は苦しそうに唸っている。これ以上は伊藤の体によくないと判断した九条は、しびれを切らしてついにタオルケットを全て剥がした。
体をまっすぐにさせた伊藤を、女がしっかり手足を絡みつかせて抱きついている。あまりに異様なその姿に、九条も一瞬息を呑んだ。
だがすぐに、すうっと女が消えていく。姿が見えなくなったところで、苦しげだった伊藤の呼吸が正常に戻った。九条は辺りを見回すが、部屋の空気感も戻ってしまっており、霊がいなくなってしまったのは間違いないようだった。九条がすぐさま部屋の電気をつけると、その眩しさで顔をしかめながら伊藤が目を覚ます。
「うーん……?」
「伊藤さん?」
「……え? どうしたんですか?」
彼は寝ぼけ眼で上半身を起こした。あまりに普通のトーンで話すので、九条は呆れたように彼に言う。
「あなた、あんなに苦しそうだったのに何も覚えてないんですか?」
「え、僕苦しそうでした?」
「……鈍感であることはいいことでもあると思っていましたが、レベルが違いますね。どうなってるんですかあなたの鈍感さは」
「待ってください、てことは何か来たんですか?」
おびえた顔でそう尋ねてくる伊藤の質問に答えず、九条はずいっと顔を彼に寄せた。そして、人差し指でそっと首を撫でる。
「増えてる……」
「へ?」
「首に巻きついている髪の毛が、増えています」
それを聞き、伊藤の全身に寒気が走った。自分では何も触れることが出来ない、でも確実に苦しめている謎の髪の毛。混乱するように伊藤は言う。
「僕、普通に寝て、今さっき電気を付けられるまで何も感じてませんでしたよ!? 熟睡してたんです、悪夢を見るわけでもないですし……」
「つい先ほど、女が現れました。どこかというと、あなたのタオルケットの中にです。気が付いたら寝ているあなたの体にしがみついていたんですよ」
九条の説明を聞き、伊藤は絶句する。普段なら一番心休まるであろう自分のベッドが、突如恐ろしい物に見えた。見知らぬ女に抱き着かれながら、このベッドで寝ていたというのか。
……もしかして、今までも?
九条は頭を掻く。
「目的を聞き出そうとしましたが、残念ながら聞けませんでした。相手が会話すら出来ない状態のようです。霊は怒りや悲しみ、恨みなど、とにかくあまりに強い念を持っているとすぐに会話が成立しないことがあるんです」
「じゃ、じゃあどうするんですか!?」
「やはり情報が何より大事です。相手のことを知った上で話しかけると、効果はまるで違いますからね。朝になったらすぐに動きましょう」
「……はい」
「私は録画したものを見てみます」
「ぼ、僕も見たいです」
「あまりお勧めはしませんよ」
それでも伊藤はベッドから降りて九条の隣に並び、モニターを眺めた。ところが、録画した映像は九条が立ち上がったところからプツリと切れており、肝心のシーンはまるで映っていなかったのだ。
九条は深いため息をついた。
「力が強い霊だと、こういうことはよくあります」
「……」
「一応録画は続けますが、映る可能性は低いかもしれません。仕方ないですね、とりあえず朝まで待ちましょう。もう一度寝てていいですよ」
「僕、さすがにもう眠れないかと思うんですが……」
真っ青な顔で伊藤はそう言った。知らぬ間に女がベッドに入り込んでいたなんて真実を知ってしまえば、睡眠すら恐ろしいものになってしまうのはごく普通の感覚だろう。九条も頷いた。
「まあ、そうなりますよね。でも体力が落ちるとよくないですよ、隙が出来るのでなおさら霊がやりたい放題になるかも」
「ひぇ」
「眠れないとしても、横になっててください。電気は付けたままでいましょう。少しでも眠れたらラッキーぐらいの気持ちで」
そう提案された伊藤は素直に受け入れた。とはいえ、もうベッドを使う気にはなれなかったので、床に枕を置いて寝そべる。タオルケットも嫌だったので、クローゼットにしまってある冬用の毛布を敷いた。
九条の隣にいるというだけで、少し恐怖心が薄れた気がする。煌々と光る電気を見ながら、果たしてどうしてこんなことになってしまったのだろう、と頭を悩ませた。
引っ越しのタイミングで首に苦しさを覚えたのだから、このマンションが原因であることは間違いない。
一体、ここで何があったというのか?
頭から足まで、すっぽりと白いタオルケットが覆っていた。その中がわずかに動いており、少しずつ盛り上がってきている。九条はじっとそれを真剣な目で見つめた後、長い指でそっとタオルケットを引いてみる。
まず、伊藤の髪が見え、次に額が出てくる。彼は眉間に皺をよせ、どこか苦しそうにしている。そしてタオルケットが顎まで下がったところで、そのすぐ下に真っ黒な後頭部が出現した。
艶がなく、痛んだ黒髪は大きく広がっていた。だが、九条にはただ黒い塊が伊藤の上に覆いかぶさっているように映る。なんとなく女性だ、ということは直感で分かった。
(とんでもない物に好かれているな)
彼は心の中でそう苦々しく呟いた。寝ている間に布団の中でこれほど密着してくる霊だなんて、執着心が強く、普通の霊ではないだろう。昼間に見た、伊藤にしがみついていた霊たちは可愛いものだった。
そこで九条は初めて声を出す。
「あなた、そこで何をしてるんです」
その声に、相手はピクリと反応した。それを確認したあと、九条はなおも続ける。
「その人に何がしたいんですか? 何か恨みでも?」
女は動かず、そして何も答えなかった。簡単には教えてくれないようだ。
我慢強く待ち、何度も質問を繰り返すが、状況は変わらない。その間、伊藤は苦しそうに唸っている。これ以上は伊藤の体によくないと判断した九条は、しびれを切らしてついにタオルケットを全て剥がした。
体をまっすぐにさせた伊藤を、女がしっかり手足を絡みつかせて抱きついている。あまりに異様なその姿に、九条も一瞬息を呑んだ。
だがすぐに、すうっと女が消えていく。姿が見えなくなったところで、苦しげだった伊藤の呼吸が正常に戻った。九条は辺りを見回すが、部屋の空気感も戻ってしまっており、霊がいなくなってしまったのは間違いないようだった。九条がすぐさま部屋の電気をつけると、その眩しさで顔をしかめながら伊藤が目を覚ます。
「うーん……?」
「伊藤さん?」
「……え? どうしたんですか?」
彼は寝ぼけ眼で上半身を起こした。あまりに普通のトーンで話すので、九条は呆れたように彼に言う。
「あなた、あんなに苦しそうだったのに何も覚えてないんですか?」
「え、僕苦しそうでした?」
「……鈍感であることはいいことでもあると思っていましたが、レベルが違いますね。どうなってるんですかあなたの鈍感さは」
「待ってください、てことは何か来たんですか?」
おびえた顔でそう尋ねてくる伊藤の質問に答えず、九条はずいっと顔を彼に寄せた。そして、人差し指でそっと首を撫でる。
「増えてる……」
「へ?」
「首に巻きついている髪の毛が、増えています」
それを聞き、伊藤の全身に寒気が走った。自分では何も触れることが出来ない、でも確実に苦しめている謎の髪の毛。混乱するように伊藤は言う。
「僕、普通に寝て、今さっき電気を付けられるまで何も感じてませんでしたよ!? 熟睡してたんです、悪夢を見るわけでもないですし……」
「つい先ほど、女が現れました。どこかというと、あなたのタオルケットの中にです。気が付いたら寝ているあなたの体にしがみついていたんですよ」
九条の説明を聞き、伊藤は絶句する。普段なら一番心休まるであろう自分のベッドが、突如恐ろしい物に見えた。見知らぬ女に抱き着かれながら、このベッドで寝ていたというのか。
……もしかして、今までも?
九条は頭を掻く。
「目的を聞き出そうとしましたが、残念ながら聞けませんでした。相手が会話すら出来ない状態のようです。霊は怒りや悲しみ、恨みなど、とにかくあまりに強い念を持っているとすぐに会話が成立しないことがあるんです」
「じゃ、じゃあどうするんですか!?」
「やはり情報が何より大事です。相手のことを知った上で話しかけると、効果はまるで違いますからね。朝になったらすぐに動きましょう」
「……はい」
「私は録画したものを見てみます」
「ぼ、僕も見たいです」
「あまりお勧めはしませんよ」
それでも伊藤はベッドから降りて九条の隣に並び、モニターを眺めた。ところが、録画した映像は九条が立ち上がったところからプツリと切れており、肝心のシーンはまるで映っていなかったのだ。
九条は深いため息をついた。
「力が強い霊だと、こういうことはよくあります」
「……」
「一応録画は続けますが、映る可能性は低いかもしれません。仕方ないですね、とりあえず朝まで待ちましょう。もう一度寝てていいですよ」
「僕、さすがにもう眠れないかと思うんですが……」
真っ青な顔で伊藤はそう言った。知らぬ間に女がベッドに入り込んでいたなんて真実を知ってしまえば、睡眠すら恐ろしいものになってしまうのはごく普通の感覚だろう。九条も頷いた。
「まあ、そうなりますよね。でも体力が落ちるとよくないですよ、隙が出来るのでなおさら霊がやりたい放題になるかも」
「ひぇ」
「眠れないとしても、横になっててください。電気は付けたままでいましょう。少しでも眠れたらラッキーぐらいの気持ちで」
そう提案された伊藤は素直に受け入れた。とはいえ、もうベッドを使う気にはなれなかったので、床に枕を置いて寝そべる。タオルケットも嫌だったので、クローゼットにしまってある冬用の毛布を敷いた。
九条の隣にいるというだけで、少し恐怖心が薄れた気がする。煌々と光る電気を見ながら、果たしてどうしてこんなことになってしまったのだろう、と頭を悩ませた。
引っ越しのタイミングで首に苦しさを覚えたのだから、このマンションが原因であることは間違いない。
一体、ここで何があったというのか?
95
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~
潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。