視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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九条尚久と憑かれやすい青年

ここで何があったのか

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 九条がすぐに伊藤のそばへと駆け寄る。

 頭から足まで、すっぽりと白いタオルケットが覆っていた。その中がわずかに動いており、少しずつ盛り上がってきている。九条はじっとそれを真剣な目で見つめた後、長い指でそっとタオルケットを引いてみる。

 まず、伊藤の髪が見え、次に額が出てくる。彼は眉間に皺をよせ、どこか苦しそうにしている。そしてタオルケットが顎まで下がったところで、そのすぐ下に真っ黒な後頭部が出現した。

 艶がなく、痛んだ黒髪は大きく広がっていた。だが、九条にはただ黒い塊が伊藤の上に覆いかぶさっているように映る。なんとなく女性だ、ということは直感で分かった。

(とんでもない物に好かれているな)

 彼は心の中でそう苦々しく呟いた。寝ている間に布団の中でこれほど密着してくる霊だなんて、執着心が強く、普通の霊ではないだろう。昼間に見た、伊藤にしがみついていた霊たちは可愛いものだった。

 そこで九条は初めて声を出す。

「あなた、そこで何をしてるんです」

 その声に、相手はピクリと反応した。それを確認したあと、九条はなおも続ける。

「その人に何がしたいんですか? 何か恨みでも?」

 女は動かず、そして何も答えなかった。簡単には教えてくれないようだ。

 我慢強く待ち、何度も質問を繰り返すが、状況は変わらない。その間、伊藤は苦しそうに唸っている。これ以上は伊藤の体によくないと判断した九条は、しびれを切らしてついにタオルケットを全て剥がした。

 体をまっすぐにさせた伊藤を、女がしっかり手足を絡みつかせて抱きついている。あまりに異様なその姿に、九条も一瞬息を呑んだ。

 だがすぐに、すうっと女が消えていく。姿が見えなくなったところで、苦しげだった伊藤の呼吸が正常に戻った。九条は辺りを見回すが、部屋の空気感も戻ってしまっており、霊がいなくなってしまったのは間違いないようだった。九条がすぐさま部屋の電気をつけると、その眩しさで顔をしかめながら伊藤が目を覚ます。

「うーん……?」

「伊藤さん?」

「……え? どうしたんですか?」

 彼は寝ぼけ眼で上半身を起こした。あまりに普通のトーンで話すので、九条は呆れたように彼に言う。

「あなた、あんなに苦しそうだったのに何も覚えてないんですか?」

「え、僕苦しそうでした?」

「……鈍感であることはいいことでもあると思っていましたが、レベルが違いますね。どうなってるんですかあなたの鈍感さは」

「待ってください、てことは何か来たんですか?」

 おびえた顔でそう尋ねてくる伊藤の質問に答えず、九条はずいっと顔を彼に寄せた。そして、人差し指でそっと首を撫でる。

「増えてる……」

「へ?」

「首に巻きついている髪の毛が、増えています」

 それを聞き、伊藤の全身に寒気が走った。自分では何も触れることが出来ない、でも確実に苦しめている謎の髪の毛。混乱するように伊藤は言う。

「僕、普通に寝て、今さっき電気を付けられるまで何も感じてませんでしたよ!? 熟睡してたんです、悪夢を見るわけでもないですし……」

「つい先ほど、女が現れました。どこかというと、あなたのタオルケットの中にです。気が付いたら寝ているあなたの体にしがみついていたんですよ」

 九条の説明を聞き、伊藤は絶句する。普段なら一番心休まるであろう自分のベッドが、突如恐ろしい物に見えた。見知らぬ女に抱き着かれながら、このベッドで寝ていたというのか。

……もしかして、今までも?

 九条は頭を掻く。

「目的を聞き出そうとしましたが、残念ながら聞けませんでした。相手が会話すら出来ない状態のようです。霊は怒りや悲しみ、恨みなど、とにかくあまりに強い念を持っているとすぐに会話が成立しないことがあるんです」

「じゃ、じゃあどうするんですか!?」

「やはり情報が何より大事です。相手のことを知った上で話しかけると、効果はまるで違いますからね。朝になったらすぐに動きましょう」

「……はい」

「私は録画したものを見てみます」

「ぼ、僕も見たいです」

「あまりお勧めはしませんよ」

 それでも伊藤はベッドから降りて九条の隣に並び、モニターを眺めた。ところが、録画した映像は九条が立ち上がったところからプツリと切れており、肝心のシーンはまるで映っていなかったのだ。

 九条は深いため息をついた。

「力が強い霊だと、こういうことはよくあります」

「……」

「一応録画は続けますが、映る可能性は低いかもしれません。仕方ないですね、とりあえず朝まで待ちましょう。もう一度寝てていいですよ」

「僕、さすがにもう眠れないかと思うんですが……」

 真っ青な顔で伊藤はそう言った。知らぬ間に女がベッドに入り込んでいたなんて真実を知ってしまえば、睡眠すら恐ろしいものになってしまうのはごく普通の感覚だろう。九条も頷いた。

「まあ、そうなりますよね。でも体力が落ちるとよくないですよ、隙が出来るのでなおさら霊がやりたい放題になるかも」

「ひぇ」

「眠れないとしても、横になっててください。電気は付けたままでいましょう。少しでも眠れたらラッキーぐらいの気持ちで」

 そう提案された伊藤は素直に受け入れた。とはいえ、もうベッドを使う気にはなれなかったので、床に枕を置いて寝そべる。タオルケットも嫌だったので、クローゼットにしまってある冬用の毛布を敷いた。

 九条の隣にいるというだけで、少し恐怖心が薄れた気がする。煌々と光る電気を見ながら、果たしてどうしてこんなことになってしまったのだろう、と頭を悩ませた。

 引っ越しのタイミングで首に苦しさを覚えたのだから、このマンションが原因であることは間違いない。

 一体、ここで何があったというのか?

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