視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
上 下
406 / 449
九条尚久と憑かれやすい青年

家へ

しおりを挟む
「まずは情報を整理しましょう」

 九条は新たにポッキーを取り出しかじりつくとそう切り出した。かなり好物なのだろう、ごみ箱の中身を見ても安易に分かる。だが九条の表情筋は固いのか、さっきからあまり動かず、美味しそうには見えない。

 伊藤は言われた首が気になりさすりながら答える。無論、彼の指には何も触れないのだが。

「ええと、何から?」

「あなたについて教えてください、伊藤陽太さん。簡単でいいので自己紹介と、これまでの経緯を」

「はい、会社勤めをしています、二十五歳です。言ったように昔から体調を崩しやすいタイプでした。でも今までそれほど悩んでなかったのが実際のところです。慣れていた、という方が正しいかもしれません。今回は、肩が重いのにプラスして、首に感じる圧迫感を何とかしたくて来ました」

 年齢を言った際、九条の手が一旦止まった。さっき自分が言った『二十歳にもならないぐらい』と表現したのを、しまったと思ったのかもしれない。

 だが特に何も発することなく黙っていたので伊藤は続ける。

「えーと? 苦しさを感じ始めたのはいつ頃だったかなあ、違和感を感じだしたのは一、二か月前だった気がします。それがどんどんこう、息苦しさを覚えてきて」

「その同時期に何か変わったことはありませんでしたか」

「変わったこと? 何かあったっけ」

 腕を組んで考え込む。人間は案外、自分の生活の流れを記憶していない。特に社会人ともなれば、忙しさに追われる毎日で必死になるため、いつ頃に何があったか、など中々思い出せない。

 考える伊藤に、九条は言う。

「あなたほど憑かれやすいタイプの人間なら、歩いているだけで色々背負ってしまいますけどね。ですが、その首の件は通りすがり、というわけではない気がします。多分結構強いものですよ、お札を持っていたとしても防げなかったかも」

「そんなにやばいものなんですか?」

「のような気がする、というだけです。例えば心霊スポットでバカ騒ぎしただとか、曰くのある何かを手に入れたとか、新たに引っ越ししただとか」

 伊藤は友人も多く色々遊びには出るが、心霊スポットで騒ぐほど愚かなことはしないし、何かを収集する癖もない。だが一つ心辺りがあり、あっ、と声を上げた。彼は丁度一か月前、一人暮らしを始めたばかりだったのだ。

「そうだった、今のマンションに引っ越してきたんでした!」

 すっと九条の目が細くなる。

「場所はどちらですか」

「A町です」

「築年数は」

「確か五年でした」

「部屋にいて何か感じることはないのですか、気分が悪いとか、聞こえるとか」

「まったく」

「それが原因かどうかまだわかりませんね……見に行きましょう」

 九条がすっと立ち上がったのに驚いた。まさかこれから自分の部屋へ行くということか? 予定にないことなのでやや戸惑ったが、同性でもあるし、見られてまずいものでもない。伊藤は素直に従った。

「分かりました。でも事故物件とかじゃなかったですよ? 家賃も他と同じ」

「知っていますか? 死因によっては前住民が亡くなっていたとしても告知義務はありませんし、あったとしても三年間を過ぎると義務ではなくなるんですよ」

「え!? そうなんですか? 死因によってとは?」

「例えば病死だとか、そう言った事件性がないものは告知されません。まあ、腐敗しまくってた、などの状態だったらまた別ですが」

「じゃあもしかして前の住民が遺体で発見された、ということも」

「なくはないです」

 賃貸の恐ろしさがここにある、と伊藤は思った。前の住民は今の自分の部屋で、一体何をしてどう過ごしていたのか。それを全く知ることができない。今までは気にしたこともなかったけれど、こう話を聞いてしまうと気になってくる。

「では、行ってみましょう。車出します」

「あ、ありがとうございます!」
しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

ドッペルゲンガー

宮田 歩
ホラー
世界に3人いるとされているドッペルゲンガー。愛菜の周りでは「あなたにそっくりな人を見た」と言う報告が相次ぐ。そしてついに——。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一ノ瀬一二三の怪奇譚

田熊
ホラー
一ノ瀬一二三(いちのせ ひふみ)はフリーのライターだ。 取材対象は怪談、都市伝説、奇妙な事件。どんなに不可解な話でも、彼にとっては「興味深いネタ」にすぎない。 彼にはひとつ、不思議な力がある。 ――写真の中に入ることができるのだ。 しかし、それがどういう理屈で起こるのか、なぜ自分だけに起こるのか、一二三自身にもわからない。 写真の中の世界は静かで、時に歪んでいる。 本来いるはずのない者たちが蠢いていることもある。 そして時折、そこに足を踏み入れたことで現実の世界に「何か」を持ち帰ってしまうことも……。 だが、一二三は考える。 「どれだけ異常な現象でも、理屈を突き詰めれば理解できるはずだ」と。 「この世に説明のつかないものなんて、きっとない」と。 そうして彼は今日も取材に向かう。 影のない女、消せない落書き、異能の子、透明な魚、8番目の曜日――。 それらの裏に隠された真実を、カメラのレンズ越しに探るために。 だが彼の知らぬところで、世界の歪みは広がっている。 写真の中で見たものは、果たして現実と無関係なのか? 彼が足を踏み入れることで、何かが目覚めてしまったのではないか? 怪異に魅入られた者の末路を、彼はまだ知らない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。