視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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おまけの小話

ポッキーの日なので

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 今日も今日とて、ソファに座った男はポッキーを貪っている。



 伊藤から見えるその男の横顔は、すっと鼻が高く、肌も白く陶器のよう。まつ毛も長くて、不思議な色を宿した目は魅力的だ。同性である伊藤から見ても、そう思う。

 だが、髪は後頭部に寝癖がついているし、ソファに姿勢は悪くもたれ、テレビを眺めながらひたすら棒を齧り続けるその様は、ため息が出てしまいそうなほど、だらしない。

 伊藤はため息をついたが、九条は気にしていないようだった。伊藤がため息を漏らすのは、毎日のことである。

 見慣れたと言えば見慣れたけど、九条さんって本当にあのお菓子ばっかり食べてるなあ。彼の健康状態が心配だ。

 そう考えた伊藤はふと、九条に質問を投げかけた。

「九条さんって、健康診断の結果とかどうなんですか?」

 すると、テレビを見ていた九条がゆっくりとこちらに首を動かした。ポッキーを咥えたまま、九条は答える。

「ケンコウ、シンダン……?」

「なに日本に来て三ヵ月ですみたいな言い方してるんですか。あ! さては毎年ちゃんと受けてないんですね!?」

「毎年といいますか」

「健康診断はやっぱり年に一度はした方がいいらしいですよ」

「記憶上、一度もしたことがありません」

 九条の言葉に、伊藤は目を見開いた。九条は今年で二十六。彼はその間、ずっと健康診断を受けていなかった?

 普通の企業に勤めていれば、会社が簡単な健康診断をさせてくれることが多いだろう。なぜなら、労働安全衛生法により、事業者は労働者に健康診断を受けさせる義務があると決められているからだ。伊藤も、前の会社で年に一度、簡単な健康診断を受けていた。
 
 この事務所も男二人という小さな事務所だが、伊藤は今年、事務所経由で受けに行った。

「え、僕は受けたんですけど!?」

「あなたは従業者ですから」

「九条さんはずっと受けてなかったんですか!!」

 普通の二十六歳なら、健康診断を受けていない、と聞いても、伊藤はここまで焦らなかった。でも相手は普通ではない、放っておけば朝昼晩ポッキーで食事を終えるような男が、健康状態を一度も見たことがないのは、恐ろしいことだと思ったのだ。幽霊より怖い。

 伊藤はポケットからスマホを取り出す。

「どうせ面倒くさくて行ってなかったんでしょう! そんな食生活しといて! 僕が予約してあげます、今年は必ず受けてください!」

「体に異常はありません」

「異常があっていくのは病院! 健康診断は病気の早期発見のために行くんですよ。ただでさえ九条さん、食生活酷いでしょう。自覚ありますか?」

「はあ、最近は伊藤さんに口うるさく言われてるので、普通の食事もとってますから大丈夫です」

「すみませんね口うるさくて。いや全然普通じゃないですから、糖分取りすぎですから! 血糖値が心配ですよもう……他にも血液検査の値、大丈夫かな……」

 切ない声を出しながら、伊藤はスマホで予約を進めていく。九条は立ち上がり、伊藤の元まで歩いてくる。

「伊藤さん、大丈夫です。私は健康です」

「中身は分からないでしょう」

「最近野菜も食べてます」

「発言が三歳児なんですよ。なんでそんなに健康診断嫌なんですか? 引っ掛かってポッキーを制限されるのが怖いんでしょう」

 伊藤は眉を顰めた。間違いない、この男、それが怖くて行かないのだ。

 もし『ポッキーは一週間に一箱にしてください』なんて言われたら、彼はきっともう仕事も出来ない。泣いて夜を越える毎日になるだろう。でも、仕方ない。

 伊藤はしっかり九条の目を見て言った。

「いいですか、早死にしたらその分ポッキーを食べれなくなりますよ。だったら長く生きて適量を食べ続ける方が、生涯で消費するポッキー量は多い計算になると思います。健康で美味しい物を食べる、これが一番でしょう? 僕が来たからには、今年からは毎年健康診断を受けてもらいますからね!」

 伊藤は再度スマホに視線を落とし、予約を続ける。そこに、九条がポツリと言った。

「いえ、私は本当に自分が健康だと思ってるんです。ただ……」

「ただ?」



「注射が怖いんです」



「はい、今予約しました」

 伊藤はしっかり確定ボタンをタップし、九条は項垂れた。





 数日後。

 出勤してきた九条は、無表情ながらどこか意気揚々としているように見えた。彼は伊藤に向かって、紙を一枚差し出した。

「何ですかこれ?」

「どうぞ」

 首を傾げながら開いてみると、中を見て伊藤は目を見開いた。

 先日受けた九条の健康診断の結果だった。まさかのオールA判定、血液データも何もおかしなところはない。

「ええ!? そんな馬鹿な!」

「これで今まで通りの生活で大丈夫というわけです。まあ、思い切りポッキーを食べれるのは気持ちがいいので、注射を頑張った甲斐がありましたね」

 九条は少し口角を上げると、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で、戸棚のポッキーを漁りに行った。

「あの生活で……この結果って……」

 伊藤はため息を漏らした。



2023年、ポッキーの日記念でした!
九条シリーズ書籍化準備中&番外編連載準備中…
 



おまけ

「ねー! さっき来た人、めちゃくちゃイケメンじゃなかった!? 採血私がやりたかったんだけど!」

「いや、私もちょっと緊張しちゃったって! かっこいい人だったよねー。なんか採血中、じっと私の顔を見てきてさあ……もしかして連絡先とか渡される? ってドキドキしちゃった」

「渡されたの?」

「渡されなかったあ。でも本当に凄くまっすぐこっちを見てきて、その熱い視線にドキドキしちゃって……」

「あんたが好みだったんじゃない? こっちから聞けばよかったのに!」

「きゃー! 仕事中だもん、できないよー!」



 ※彼は採血をされている最中、あまりに怖いので失神寸前で、ただ固まっていただけです


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