384 / 449
憧れの人
なぜ?
しおりを挟む
「ああ、手が動く~!」
「はは、開放感凄いだろうね。おめでと。
さて九条さん、影山さんは僕が見ておくので、光ちゃん家に送ってあげてください。早くゆっくりさせて」
「それもそうですね」
九条さんも納得して立ち上がる。私は自然と頬が緩んでしまう。
ああやっと家に帰れる。お風呂に入って、着替えて、自分の手で食べたいものが食べられる……!
私も立ち上がり、九条さんに頭を下げた。
「すみません、よろしくお願いします」
「いいえ。ゆっくり家で休息を取ってください。しばらく仕事も休みにします、それぞれ落ち着きましょう」
「ええ、美味しいものをいっぱい食べていっぱい寝ますね!」
私は笑顔でそう声をかけた。九条さんも優しく微笑む。
終わった。ようやく終わったんだ、二人へのお礼はまたゆっくり考えよう。命を救われたんだからね。
そう考えていると、目の前の九条さんがふと私を見つめた。そして、微笑んでいた顔を徐々に戻す。
そして目を見開き、驚きの表情で言ったのだ。
「……光さん? その手は」
「え?」
私は小さく首を傾げる。そして九条さんの視線の先を見るために、少し俯いてみた。
自分の両手が、首を絞めていた。
「…………え?」
疑問の声が自分の口から漏れた。
しっかり首に巻きつく指たちは紛れもなく自分のものだ。何が起こったのかわからず、頭が追いついていない。私? 私が一体、何をしているというの。だって影山さんは。
すぐそばで気を失う彼を見る。やはり、眠ったまま変な様子はない。さっき自分の目でもみたはずだ、黒い影山さんは消滅していった。
「なん」
そう言いかけた途端、伊藤さんと九条さんが勢いよく飛んできて、引き離そうと腕を引っ張った。二人とも、いや、三人とも何が何だかわからないという状況だ。まだ手のひらに力は入っておらず、息は出来ていた。だが、しっかり首に張り付いている。
「離れない!」
「どうして!」
パニックだった。まるで一体化しているように、手は首から離れてはくれなかった。男性二人が力の限り引いているのに、この腕はまるで動いてくれないのだ。
なぜ。どうして。何が起こっているの。
言うことを聞いてくれない自分の両手に愕然とし、絶望を覚えた。二人が引く力に痛みは感じるのに、手先の感覚だけが何もない。自分の体温を感じることすらなかった。
九条さんが声を荒げて言う。
「なぜ! 影山さんの存在はもういなくなったはず!」
混乱しているように叫んだ後、すぐにハッとした顔になる。そして小さく首を振り、唇を震わせた。
「まさか…………」
そう呟いたときだった。
九条さんの背後、事務所の隅の方に影が見えた。それはゆらゆら揺れる陽炎のように蠢いている。こちらの様子を伺うように、離れた場所にいる。
はっとしてその一点を凝視する。耳に音など何も入ってこなかった。世界で自分と、その影二人きりになった感覚に陥る。
影は徐々に姿を変えた。ただの塊だったそれが、人型になる。随分背が高い人間だ。まず見えたのは素足だった。汚らしい、痩せほそった足だった。
白い服が見える。全体的に痩身だが、お腹だけ少し膨らんでいた。肩には長めの髪がかかっている。髪は痛み、ボサボサだった。
顔が露わになった時、全てを理解した。こちらをニヤニヤして見る白い肌。頬は痩け、そこには適当に剃られた不揃いの無精髭。窪んだ目元、くすんだ顔色。不健康そうなそれは、ニュースでみた顔とはまるで変わり果てた男。でも顔の造りに、昔の面影を感じる。
「はは、開放感凄いだろうね。おめでと。
さて九条さん、影山さんは僕が見ておくので、光ちゃん家に送ってあげてください。早くゆっくりさせて」
「それもそうですね」
九条さんも納得して立ち上がる。私は自然と頬が緩んでしまう。
ああやっと家に帰れる。お風呂に入って、着替えて、自分の手で食べたいものが食べられる……!
私も立ち上がり、九条さんに頭を下げた。
「すみません、よろしくお願いします」
「いいえ。ゆっくり家で休息を取ってください。しばらく仕事も休みにします、それぞれ落ち着きましょう」
「ええ、美味しいものをいっぱい食べていっぱい寝ますね!」
私は笑顔でそう声をかけた。九条さんも優しく微笑む。
終わった。ようやく終わったんだ、二人へのお礼はまたゆっくり考えよう。命を救われたんだからね。
そう考えていると、目の前の九条さんがふと私を見つめた。そして、微笑んでいた顔を徐々に戻す。
そして目を見開き、驚きの表情で言ったのだ。
「……光さん? その手は」
「え?」
私は小さく首を傾げる。そして九条さんの視線の先を見るために、少し俯いてみた。
自分の両手が、首を絞めていた。
「…………え?」
疑問の声が自分の口から漏れた。
しっかり首に巻きつく指たちは紛れもなく自分のものだ。何が起こったのかわからず、頭が追いついていない。私? 私が一体、何をしているというの。だって影山さんは。
すぐそばで気を失う彼を見る。やはり、眠ったまま変な様子はない。さっき自分の目でもみたはずだ、黒い影山さんは消滅していった。
「なん」
そう言いかけた途端、伊藤さんと九条さんが勢いよく飛んできて、引き離そうと腕を引っ張った。二人とも、いや、三人とも何が何だかわからないという状況だ。まだ手のひらに力は入っておらず、息は出来ていた。だが、しっかり首に張り付いている。
「離れない!」
「どうして!」
パニックだった。まるで一体化しているように、手は首から離れてはくれなかった。男性二人が力の限り引いているのに、この腕はまるで動いてくれないのだ。
なぜ。どうして。何が起こっているの。
言うことを聞いてくれない自分の両手に愕然とし、絶望を覚えた。二人が引く力に痛みは感じるのに、手先の感覚だけが何もない。自分の体温を感じることすらなかった。
九条さんが声を荒げて言う。
「なぜ! 影山さんの存在はもういなくなったはず!」
混乱しているように叫んだ後、すぐにハッとした顔になる。そして小さく首を振り、唇を震わせた。
「まさか…………」
そう呟いたときだった。
九条さんの背後、事務所の隅の方に影が見えた。それはゆらゆら揺れる陽炎のように蠢いている。こちらの様子を伺うように、離れた場所にいる。
はっとしてその一点を凝視する。耳に音など何も入ってこなかった。世界で自分と、その影二人きりになった感覚に陥る。
影は徐々に姿を変えた。ただの塊だったそれが、人型になる。随分背が高い人間だ。まず見えたのは素足だった。汚らしい、痩せほそった足だった。
白い服が見える。全体的に痩身だが、お腹だけ少し膨らんでいた。肩には長めの髪がかかっている。髪は痛み、ボサボサだった。
顔が露わになった時、全てを理解した。こちらをニヤニヤして見る白い肌。頬は痩け、そこには適当に剃られた不揃いの無精髭。窪んだ目元、くすんだ顔色。不健康そうなそれは、ニュースでみた顔とはまるで変わり果てた男。でも顔の造りに、昔の面影を感じる。
53
お気に入りに追加
533
あなたにおすすめの小説
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
みえる彼らと浄化係
橘しづき
ホラー
井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。
そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。
驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。
そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~
7 HIRO 7
ホラー
ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。