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憧れの人
なぜ?
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「ああ、手が動く~!」
「はは、開放感凄いだろうね。おめでと。
さて九条さん、影山さんは僕が見ておくので、光ちゃん家に送ってあげてください。早くゆっくりさせて」
「それもそうですね」
九条さんも納得して立ち上がる。私は自然と頬が緩んでしまう。
ああやっと家に帰れる。お風呂に入って、着替えて、自分の手で食べたいものが食べられる……!
私も立ち上がり、九条さんに頭を下げた。
「すみません、よろしくお願いします」
「いいえ。ゆっくり家で休息を取ってください。しばらく仕事も休みにします、それぞれ落ち着きましょう」
「ええ、美味しいものをいっぱい食べていっぱい寝ますね!」
私は笑顔でそう声をかけた。九条さんも優しく微笑む。
終わった。ようやく終わったんだ、二人へのお礼はまたゆっくり考えよう。命を救われたんだからね。
そう考えていると、目の前の九条さんがふと私を見つめた。そして、微笑んでいた顔を徐々に戻す。
そして目を見開き、驚きの表情で言ったのだ。
「……光さん? その手は」
「え?」
私は小さく首を傾げる。そして九条さんの視線の先を見るために、少し俯いてみた。
自分の両手が、首を絞めていた。
「…………え?」
疑問の声が自分の口から漏れた。
しっかり首に巻きつく指たちは紛れもなく自分のものだ。何が起こったのかわからず、頭が追いついていない。私? 私が一体、何をしているというの。だって影山さんは。
すぐそばで気を失う彼を見る。やはり、眠ったまま変な様子はない。さっき自分の目でもみたはずだ、黒い影山さんは消滅していった。
「なん」
そう言いかけた途端、伊藤さんと九条さんが勢いよく飛んできて、引き離そうと腕を引っ張った。二人とも、いや、三人とも何が何だかわからないという状況だ。まだ手のひらに力は入っておらず、息は出来ていた。だが、しっかり首に張り付いている。
「離れない!」
「どうして!」
パニックだった。まるで一体化しているように、手は首から離れてはくれなかった。男性二人が力の限り引いているのに、この腕はまるで動いてくれないのだ。
なぜ。どうして。何が起こっているの。
言うことを聞いてくれない自分の両手に愕然とし、絶望を覚えた。二人が引く力に痛みは感じるのに、手先の感覚だけが何もない。自分の体温を感じることすらなかった。
九条さんが声を荒げて言う。
「なぜ! 影山さんの存在はもういなくなったはず!」
混乱しているように叫んだ後、すぐにハッとした顔になる。そして小さく首を振り、唇を震わせた。
「まさか…………」
そう呟いたときだった。
九条さんの背後、事務所の隅の方に影が見えた。それはゆらゆら揺れる陽炎のように蠢いている。こちらの様子を伺うように、離れた場所にいる。
はっとしてその一点を凝視する。耳に音など何も入ってこなかった。世界で自分と、その影二人きりになった感覚に陥る。
影は徐々に姿を変えた。ただの塊だったそれが、人型になる。随分背が高い人間だ。まず見えたのは素足だった。汚らしい、痩せほそった足だった。
白い服が見える。全体的に痩身だが、お腹だけ少し膨らんでいた。肩には長めの髪がかかっている。髪は痛み、ボサボサだった。
顔が露わになった時、全てを理解した。こちらをニヤニヤして見る白い肌。頬は痩け、そこには適当に剃られた不揃いの無精髭。窪んだ目元、くすんだ顔色。不健康そうなそれは、ニュースでみた顔とはまるで変わり果てた男。でも顔の造りに、昔の面影を感じる。
「はは、開放感凄いだろうね。おめでと。
さて九条さん、影山さんは僕が見ておくので、光ちゃん家に送ってあげてください。早くゆっくりさせて」
「それもそうですね」
九条さんも納得して立ち上がる。私は自然と頬が緩んでしまう。
ああやっと家に帰れる。お風呂に入って、着替えて、自分の手で食べたいものが食べられる……!
私も立ち上がり、九条さんに頭を下げた。
「すみません、よろしくお願いします」
「いいえ。ゆっくり家で休息を取ってください。しばらく仕事も休みにします、それぞれ落ち着きましょう」
「ええ、美味しいものをいっぱい食べていっぱい寝ますね!」
私は笑顔でそう声をかけた。九条さんも優しく微笑む。
終わった。ようやく終わったんだ、二人へのお礼はまたゆっくり考えよう。命を救われたんだからね。
そう考えていると、目の前の九条さんがふと私を見つめた。そして、微笑んでいた顔を徐々に戻す。
そして目を見開き、驚きの表情で言ったのだ。
「……光さん? その手は」
「え?」
私は小さく首を傾げる。そして九条さんの視線の先を見るために、少し俯いてみた。
自分の両手が、首を絞めていた。
「…………え?」
疑問の声が自分の口から漏れた。
しっかり首に巻きつく指たちは紛れもなく自分のものだ。何が起こったのかわからず、頭が追いついていない。私? 私が一体、何をしているというの。だって影山さんは。
すぐそばで気を失う彼を見る。やはり、眠ったまま変な様子はない。さっき自分の目でもみたはずだ、黒い影山さんは消滅していった。
「なん」
そう言いかけた途端、伊藤さんと九条さんが勢いよく飛んできて、引き離そうと腕を引っ張った。二人とも、いや、三人とも何が何だかわからないという状況だ。まだ手のひらに力は入っておらず、息は出来ていた。だが、しっかり首に張り付いている。
「離れない!」
「どうして!」
パニックだった。まるで一体化しているように、手は首から離れてはくれなかった。男性二人が力の限り引いているのに、この腕はまるで動いてくれないのだ。
なぜ。どうして。何が起こっているの。
言うことを聞いてくれない自分の両手に愕然とし、絶望を覚えた。二人が引く力に痛みは感じるのに、手先の感覚だけが何もない。自分の体温を感じることすらなかった。
九条さんが声を荒げて言う。
「なぜ! 影山さんの存在はもういなくなったはず!」
混乱しているように叫んだ後、すぐにハッとした顔になる。そして小さく首を振り、唇を震わせた。
「まさか…………」
そう呟いたときだった。
九条さんの背後、事務所の隅の方に影が見えた。それはゆらゆら揺れる陽炎のように蠢いている。こちらの様子を伺うように、離れた場所にいる。
はっとしてその一点を凝視する。耳に音など何も入ってこなかった。世界で自分と、その影二人きりになった感覚に陥る。
影は徐々に姿を変えた。ただの塊だったそれが、人型になる。随分背が高い人間だ。まず見えたのは素足だった。汚らしい、痩せほそった足だった。
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