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憧れの人

これは一体、何だ?

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(なんかおかしいところあったっけ? 顔を見たのは見間違い、じゃないよね。声は聞こえなかったよな)

 なんせ自分も精一杯だったので、見落としていることもありそうだ。必死に先ほどまでの出来事を思い出していると、九条さんがあっと思い出したように言った。

「光さん、踏切の音は?」

「あれ、そういえばさっきは聞こえませんでした」

「聞こえなかった?」

 彼の声が一段と低くなる。ずいっとこちらに顔を寄せた。

「今まではほとんど踏切の音が聞こえたのでは?」

「そうですね、ええっと……麗香さんの病室、除霊する時、入られた時、その時は踏切の音が聞こえました」

「今回だけ聞こえなかった? 室内に入ってきたというのに?」

 言われてみればそうじゃないか。日比谷と踏切の音は多くの場合セットだ。なぜさっきは聞こえなかったんだろう?

 そう思うも、私にとっては些細な疑問だと思った。宅配便が来たときは聞こえなかったし。

 けれどすぐ思い直す。九条さんが気にかけていることは、後々大きなヒントになることが多い。今まで一緒に調査をしてきた上でわかっていたことだ。この踏切の音についても、何かヒントが隠れているんだろうか?

 しばしそのまま黙り込んでいる。そして、彼はポツンと言った。

「まるで、答え合わせのようですね……」

「え?」

「踏切の音を散々鳴らして、さらには光さんにその映像を見せ、我々が霊の正体まで辿り着く。その途端、『正解だ』と言わんばかりに顔を現し、踏切の音も消える」

「……九条さん? その言い方だと、まるで日比谷が自分の正体を私たちに教えてくれたってことになります」

 おかしい話だ。除霊しようとした時は顔を隠していたくせに、その後自分で正体をバラしてくるなんて。九条さんも自分で言ったことを不思議に思ったのか頷く。

「そうですよね。おかしいです。でもまるで、日比谷に導かれているような気がしてならなくて」

「いろんな疑問は置いておいて、もしそうだとしたら私たちハメられてるってことですよ、危険なんじゃ」

 彼は大きくため息をついて天井を見上げる。

「ここに来て未だ疑問が多すぎる……。
 何か、何かが引っかかるんです。大きな勘違いをしていそうな、そんな気がしてならない」

 私たちはどちらともなく、白いカーテンに目をやった。仮眠室だ。静かなそこで、影山さんが一人頑張ってくれている。

 除霊は彼しか出来ない。そんな無力さが歯痒い。多分、九条さんたちも同じことを思っているんだろう。

 そのまま伊藤さんがパソコンを操作する音だけが響いた。九条さんが飲んでいるココアはだいぶ量が少なくなってきている。私もストローで甘みを補充する。

 九条さんが出してきた疑問、いずれも同意できる。

 もし、もし……今進んでいる道が、全て日比谷の思い通りだとしたら、鏡の準備が整ったところで、除霊なんて無理なのでは?

 前回間一髪のところで、影山さんが包丁で出血させ、日比谷を追い出した。九条さんもさっきしてくれた。もう次は使えない手だ。

 次は……使えない。

 不安に押しつぶされそうになる。ダメだ、

気を強く持たなきゃ。そう言い聞かせるけれど、ずっと付き纏ってきた『死』の恐怖が一番近くに迫ってきている気がする。

 もし万が一、自分に何かあったなら



「九条さん、光ちゃん」

 考え事をしている時、突然伊藤さんの低い声がした。はっとして隣を見る。九条さんもマグカップを一旦置いて伊藤さんを見た。

「どうしました?」

 隣に座る彼の横顔を見て、私は息を呑む。

 伊藤さんは鋭い視線でパソコンの画面を見ながら、青い顔をしていた。普段ニコニコしている彼とは別人のような表情。自分を落ち着かせようと、一旦息を吐いたのが分かる。

「色々調べていたんですけどね」

「何かわかりましたか」

「わかりましたけど、わかりません。
 これ、どう思いますか?」

 伊藤さんはそう戸惑いの声で、パソコンをくるりと私たちの方に向けた。二人で画面を覗き込む。一枚の写真があった。

 伊藤さんが一言、言葉を発する。

 途端、九条さんが勢いよく立ち上がった。目の前にあった写真に驚き、ついそうなってしまったようだった。置いてあったマグカップが倒れ、ココアが溢れる。でもそれを掃除する余裕すら、私たちはなかった。

 誰一人言葉がでず、瞬きすら忘れた。

「……どういう、こと、ですか?」

 私が震える声を絞り出す。

 九条さんを見上げた。彼は顔を真っ白にさせ、目を見開いて停止している。だが、その光景は、彼が脳内で必死に考えを巡らせているのだとわかっていた。

 正直、私は驚きで頭が回らない。

「これ、今回の件に関係あるんですか? 無関係でしょうか。でも、こんなこと」

 私の言葉に彼は答えなかった。じっと考え込み、瞬きすらしていないように見える。

 そのまま時間が経過し、突然その口があっ、と小さく開いた。それを否定するように小さく首を振り、だがすぐにまた頷く。

 ようやく動いたかと思えば、力無くソファに座り込んだ。

 がくっと頭を垂れ、小さな声を出す。

「一つ……考えられる結論があります。が、正直これが正しいのかどうか、私には分かりません」

「え……」

「試してみる価値はある、と思います」

 ゆっくりと顔を上げた九条さんの瞳は、強く光っていた。





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