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憧れの人
謝罪
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言われるがままフラフラと立ち上がり、仮眠室にある小さな流し台で口をすすいだ。吐き出すと、やはり真っ赤な血が多量に出てきて震え上がる。
血の味が無くなるまで繰り返した。何度かすすぎ、ようやく水の味がわかるようになってきて、私は伊藤さんに力無く聞いた。
「九条さん……大丈夫ですか」
「うん? 心配しないで」
自分が思い切り噛み付いたのが、彼の手だった。
多分、九条さんが故意に私の口に手を入れたのだ。気付かずそのまま噛んでしまった、あんなに血が出るほどに。
あんなに……
「光ちゃんとりあえず座ろう。落ち着かなきゃ」
呆然としている私に、伊藤さんが背中をさすってくれた。頷き仮眠室を出ると、九条さんの手に包帯を巻いている影山さんの姿があった。未だ髪が汗で額に張り付いている。
影山さん自身も、さっきの霊のせいなのか、顔色が悪くげっそりしている。私も力が入らないし、全員疲れ果ててしまっていた。
私はソファに座っている九条さんに駆け寄り、手を見つめる。
「九条さん……!」
「光さん大丈夫ですか」
「こっちのセリフです! 私、あ、あんな血が出るまであなたの手を……ごめんなさい、病院行ってください!」
「そこまで深い傷ではないから大丈夫ですよ」
そんなわけない、と思う。出血だってかなりしていた。人間が理性なく思い切り噛めば、どれほどの威力があるのか容易く想像つく。
泣きそうになっている私に九条さんが言った。
「噛んだのは一瞬だけです、あなたはすぐに正気に戻ってくれた。ですから、大した傷にはなりませんでした」
九条さんの手に包帯を巻きながら影山さんも言う。
「なかなか奴が出ていかなかった。前回も言いましたが、ああいう奴らは能力のある人間の血の匂いに敏感です。ですが、私はもう二度目になるので、その手は使えないと思っていました。
日比谷の気をひくことと、同時に黒島さんの正気にも呼びかけることができた、現にあなたは血の味に驚いて戻ってきたでしょう」
包帯を巻きおえ、影山さんがふうと息を吐く。
「九条さんの機転に助けられました、さすがです」
「いいえ、影山さんの力ありきです。光さん自身も、きっと戦ってくれていたから」
白くなった九条さんの手を見る。申し訳なくて、恥ずかしくて、たまらなかった。お母さんの声が本物じゃないなんて分かりきってるのに、自分を保てなくて。
ぐっと俯いていると、九条さんが私を見上げた。
「光さん、こんな方法しかなくてすみませんでした」
「謝るのはこっちです! こんな、怪我を負わせてしまうなんて……」
「大したものじゃないですよ、あなたが無事ならよかったです。
言いましたよね、あなたは腕を切り落としてでも生きてみせるって。私もそうです、あなたが助かるなら、腕の一本や二本構わないんですよ」
わずかに口元を緩めてそう言った彼に、何も返事を返せなかった。
ただ頭を下げて、お礼を言う。それしか今はできそうにない。
泣いてしまいそうだ。
血の味が無くなるまで繰り返した。何度かすすぎ、ようやく水の味がわかるようになってきて、私は伊藤さんに力無く聞いた。
「九条さん……大丈夫ですか」
「うん? 心配しないで」
自分が思い切り噛み付いたのが、彼の手だった。
多分、九条さんが故意に私の口に手を入れたのだ。気付かずそのまま噛んでしまった、あんなに血が出るほどに。
あんなに……
「光ちゃんとりあえず座ろう。落ち着かなきゃ」
呆然としている私に、伊藤さんが背中をさすってくれた。頷き仮眠室を出ると、九条さんの手に包帯を巻いている影山さんの姿があった。未だ髪が汗で額に張り付いている。
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「九条さん……!」
「光さん大丈夫ですか」
「こっちのセリフです! 私、あ、あんな血が出るまであなたの手を……ごめんなさい、病院行ってください!」
「そこまで深い傷ではないから大丈夫ですよ」
そんなわけない、と思う。出血だってかなりしていた。人間が理性なく思い切り噛めば、どれほどの威力があるのか容易く想像つく。
泣きそうになっている私に九条さんが言った。
「噛んだのは一瞬だけです、あなたはすぐに正気に戻ってくれた。ですから、大した傷にはなりませんでした」
九条さんの手に包帯を巻きながら影山さんも言う。
「なかなか奴が出ていかなかった。前回も言いましたが、ああいう奴らは能力のある人間の血の匂いに敏感です。ですが、私はもう二度目になるので、その手は使えないと思っていました。
日比谷の気をひくことと、同時に黒島さんの正気にも呼びかけることができた、現にあなたは血の味に驚いて戻ってきたでしょう」
包帯を巻きおえ、影山さんがふうと息を吐く。
「九条さんの機転に助けられました、さすがです」
「いいえ、影山さんの力ありきです。光さん自身も、きっと戦ってくれていたから」
白くなった九条さんの手を見る。申し訳なくて、恥ずかしくて、たまらなかった。お母さんの声が本物じゃないなんて分かりきってるのに、自分を保てなくて。
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「大したものじゃないですよ、あなたが無事ならよかったです。
言いましたよね、あなたは腕を切り落としてでも生きてみせるって。私もそうです、あなたが助かるなら、腕の一本や二本構わないんですよ」
わずかに口元を緩めてそう言った彼に、何も返事を返せなかった。
ただ頭を下げて、お礼を言う。それしか今はできそうにない。
泣いてしまいそうだ。
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